今朝、人工知能や統計的処理の界隈で話題になっていた記事はこちら。

(魚拓)採用選考に「AI」を導入しようとしたが、断念した会社の話が面白かった。
https://megalodon.jp/2018-0208-1612-38/blog.tinect.jp/?p=48905

 結論から言うと、こんな馬鹿な導入事例は存在しないだろう(少なくとも人工知能を生業にしている業者の周辺では)ということで、あっさりガセネタ判定というか与太話だろうで終わったんですけれども、問題は「人工知能に対するありがちな誤解が詰まっているよなあ」ということでありまして。

 先に結論を言うと、人工知能はそもそも何かを判断しません。出すのはおおよそのスコア(点数)であって、その点数に足りる人か足りない人か、採用の可否を判断するのは「このスコア以上は合格」と決める企業の人事の側です。

 また、記事中では「なぜその人を採用するに至ったか人工知能は説明できない」ことになっていますが、そのスコアを導き出したベクトルの大きさは、どのような経過であれ検証可能です。もちろん数式が読めないとか、そもそも教師データから導き出された(かもしれない)スコアが理解できない人はいるかもしれませんが、そういう人はそもそも採用選考にAIを導入することはできても運用することができませんから、断念することもあり得ません。もしも数式が分からない役員に説明しなければならないなら、その数式を自然言語に翻訳処理してくればいいだけなので、むしろ馬鹿が説明するよりも合理的かもしれません。

 例えば、その会社の面接までもっていく基準がスコア70点だったとして、そのスコアというのはその会社が「うちの組織で働くのにふさわしいと思われる基準」だと最初に人間による”決め”があります。むしろ、”決め”がない会社はそもそも人工知能による採用システムが導入できません。いちから決めるためには、高額のコンサルさんを雇ったり、たくさんのおカネをリクルートやNECその他の人工知能ベンダーに支払う必要があります。

 また、人工知能を構築する上での教師データは、たいてい過去の採用状況を食わせることになるわけですが、不幸にして早々にして退職してしまったとか、会社内で問題を起こして損害を与えた人というものも混ざってきます。そして、スコアリングすると女性のほうが大抵圧倒的に早く退職するので、人力でスコアに下駄を履かせたり、そもそも男性採用と女声採用で総量を決めて工数にかけます。しかし、それでもさらに体育会系出身者は今度は「キャリアが終わって辞めてほしいときに限って辞めてくれない」というジレンマをもったり、同業他社に転職して揉める可能性の高い某大学湘南藤沢キャンパスの塾員はスコアにマイナスがかかるなどの個別事情がどんどん出てきます。

 したがって、そういう「うちの会社にとって、欲しい人材ってそもそもどういう人なんだっけ?」という組織内の暗黙知を人材採用時の効用として掘り起こす作業がどうしても人工知能導入の前捌きとして必要になるのが実際で、人工知能による足切りを導入する企業は増えてもその運用は概ねテンプレ的なものにちょっとした「自社の風味」を加えた程度で回しているので、エントリーから面接まで辿り着けない人は何社受けても辿り着けないことになりかねないし、中途採用でもスコアが低くなる転職者をたくさん輩出している企業が経歴に書いてあると弾かれることになります。それは本人の適性というよりも、本人の出身校や経歴に書いてある企業の過去の面々が盛大にやらかしていると「ああ、こいつも同類なのだな」と人工知能に勝手に判断されて、人事担当者から活躍をお祈りされることになるのです。

 また、どこの人工知能ベンダーが提供しているサービスも、書類選考においてさえ、しっかりと基本設計された「その会社が欲しい人材」の定義づけがされていると、やはり運用2年程度でもはっきりと短期離職率が下がったり、事前に性格特性がきちんと把握されることが多いように見受けられるのも特徴です。逆に言うと、会社勤めが経歴的にも性格的にも向いていない人は、真の意味で歴戦の敗者になる可能性はあります。個人的には、人工知能がどんどん使われてほしいという気持ちもある一方、そういう人工知能に門前払いされるぐらい本格的にダメな人が会社に潜り込める可能性が低くなることで、性格による差別が起き得るよなあという危惧は持ちます。性差を除けば、圧倒的に勤続年数や会社に対する貢献の予測にマイナスのスコアリングになるのは双極性障害などの精神疾患やギャンブル依存症の可能性が高くなるエゴグラムの形(ビッグファイブなどで計測される)です。

 「能力はありそうだけど、問題を起こす可能性の高い奴は要らない」というのが組織にとっては当たり前ですが、まだ問題を起こしているわけでもない個人が「起こす可能性が高いから」といって就職で不利になるのはどうなのかなと思うのと、そういうのはそれなりにちゃんと運用すればスコアに出てきてしまうので、そう遠くない将来、これは就業における差別だという話はどっかで出てくるかもしれません。

 なお、前述の記事で書かれていた人工知能関連の与太話というのは非常に多く、先日もNHKで「人工知能にきいてみた」と称して、ヤバい内容が放送されていました。

NHKドキュメンタリー - NHKスペシャル「AIに聞いてみたどうすんのよ!?ニッポン」(前編)
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586960/
『AIに聞いてみた』の疑問点を「NHKに聞いてみた」 “AI”から受ける印象と実態の「ちぐはぐさ」
(1/2) - ITmedia NEWS http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1708/02/news035.html

 人工知能研究の最前線を自称する人でさえ、その監修した番組で「健康になりたければ病院を減らせ」とか「40代一人暮らしが日本を滅ぼす」などと平然とご宣託を出してしまうのが実情でありまして、データサイエンスという言葉は流行ってもなかなか地に足の着いた利活用の方法は広まらないのだなあと憂慮するのでありました。


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