じゃらんnet>じゃらんニュースTOPページ>エリア無し>もしも川端康成がシェイクシャックに行ったら(寄稿文:菊池良)
2018.02.01
地下鉄の長い出口を抜けるとそこは雪国……ではなくカサ・デ・アンジエラと書かれたチヤペルが道路を挟んで向かい側にあった。半蔵門線外苑前駅四A出口。エスカレエタアをあがって地上に出ると、私はチヤペルを横目に左折する。婚礼を挙げにきたのではない。私は一つの期待に胸をときめかせていた。アメリカ製のハンバアガアを食べに来たのだ。店の名を「シエイクシヤツク」という。
シエイクシヤツクはニユウヨウクが発祥のハンバアガア・シヨツプである。ニユウヨウクには私の小説を翻訳出版しているクノツプ社もある。鎖国から欧化した日本の食事は、西洋における発展を経ずして、一足飛びに私たちにもたらされた。そのことは日本人の精神面にも影響をおよぼしているであろう。私は日本風に消化されたハンバアガアというものを一度食べてみたかったのである。流行りのフアストフウド・シヨツプなんて、通俗の名所だと思われる向きもあろうが、こうみえて軽佻浮薄な私は心動いたのである。
出口を左にまがり、伊藤忠商事を素通りし、シイアイプラザの先をまた左にまがり、しいんと静かな並木道を抜けると、シエイクシヤツクはある。
五段ほどの階段をのぼり、ドアアを開くと、目前にレジスタアがあらわれた。ここで注文しろということである。
ドレエド・ヘアアの日焼け店員と、着流しの作家私とが、相対する。日焼け店員は黙って私を凝(じ)っと見ている。その視線を見返していると、どう注文したらいいのだろうか、という羞恥にも似た戸惑いが私に去来したのだった。
「なににいたしますか。」
「初めてなんだが……。」
店員はメニユウの見方を教えてくれ、私はシヤツクバアガアとクリンクルカツトフライを頼んだ。飲みものはフロオズンカスタアドのブラツクセサミである。ほんとうはコオヒを頼もうとしたのだが、見当たらないのでフロオズンカスタアドにした。
店員に渡されたお盆を持ち、レジスタアを離れてテエブルにつく。盆のうえには台形の端末が置かれていた。料理が仕上がれば、これが鳴るという。
席はレジスタアを背中にして十字の上下に二人席が、左右に四人席が配置されている。また、外にはテラス席があり、野外用のストオブが置かれていた。卓球台まである。私は寒さのことも考えて、室内の二人席についた。
店内を見回すと、二人組の女性客がテエブル席に二組いる。片方は立ち上がり、見下ろす角度でハンバアガアの写真を撮っていた。ほかに老年の夫婦と思われるカツプルもいた。時間は十一時。正午を前にして、店はすでに賑わっている。
1987年生まれ。ライター、詩人。2009年に「二代目水嶋ヒロ」を襲名。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(共著・神田桂一)、『世界一即戦力な男』がある。