護るために殺す?――アフリカにおけるトロフィー・ハンティングと地域社会

シリーズ「等身大のアフリカ/最前線のアフリカ」では、マスメディアが伝えてこなかったアフリカ、とくに等身大の日常生活や最前線の現地情報を気鋭の研究者、 熟練のフィールドワーカーがお伝えします。今月は「等身大のアフリカ」(協力:NPO法人アフリック・アフリカ)です。

 

 

トロフィー・ハンティングと地域社会

 

2015年夏、アフリカから届いたあるニュースが世間を賑わせた。それは、ジンバブエで「セシル」という名前がつけられて観光客に人気だった1頭の雄ライオンが殺されたというものだった。

 

特徴的な黒いたてがみを持つ13歳のセシルを狩ったのは、アメリカからやってきた1人の歯科医師だった。彼は、約660万円のツアー代金を業者に支払い、プロのガイドの案内によって、弓矢と銃で狩猟した。そして、トロフィー(狩猟記念品)にするために、頭を切り落とし、皮を剥ぎ、残りを藪のなかに捨てた。

 

これに対して、世界中で非難の声が高まり、彼が経営する歯科医院の前には、「Killer(殺し屋)」と書かれたプラカードをもった人びとが殺到した。

 

彼が大枚をはたいておこなったトロフィー・ハンティング(娯楽観光とトロフィーの獲得を目的とした狩猟)は、日本人にとって馴染みのないものであろう。このニュースを聞いて、「何が楽しいのか?」「食べないのに殺したのか?」などの疑問をもった人もいただろう。また、野生動物の保護が叫ばれるようになって久しい現代において、そのような狩猟がまかり通っていることに腹を立てた人もいるかもしれない。

 

私は、2004年からカメルーン共和国、2016年から南アフリカ共和国で、トロフィー・ハンティングについて調査をおこなってきた。それは、「トロフィー・ハンティングとはなにか」について純粋に興味をもったことに加え、「そのような娯楽観光が地域に住む人びととどのような関係を築いているのか」について明らかにしたいと考えたからである。

 

先行研究によると、「トロフィー・ハンティングは、野生動物保全と地域発展の両立を実現させる有効なツール」と評価されている(Lindsey et al. 2006)。それは、図1のように、トロフィー・ハンティングと地域社会の「理想的な」関係モデルが成り立ちうるとされているためである。

 

つまり、ハンターは、規則を遵守し、生態的に持続的なかたちで野生動物を狩猟する。狩猟した動物に対しては、現地政府に税金が支払われる。その税金は、政府がおこなう野生動物保全の活動費に充てられるとともに、地域住民に分配される。また、ハンティング観光をおこなう事業者は、地域住民を従業員として雇用し、村に学校や病院を建てる。これらがインセンティブとなり、地域住民は政府がおこなう保護活動に参画する。この結果、野生動物保全と地域発展が進められる。

 

 

アフリカ01

図1 トロフィー・ハンティングと地域社会の「理想」とされる関係

 

 

これが、「理想」とされるトロフィー・ハンティングと地域社会の関係である。これは、8月号(https://synodos.jp/international/20205)で西崎伸子氏が解説したように、観光による収益を地域社会に分配し、野生動物や自然環境の保全への理解や参画につなげようとする「住民参加型保全」の典型的なモデルである。

 

しかし私は、このようなユートピア的なシナリオがどこまで実現されており、どれほどの地域住民が共有しているのかという点に疑問をもった。トロフィー・ハンティングが地域社会にもたらす影響とは、はたして肯定的なものだけであろうか。このような問いを出発点として、私は現地でフィールドワークをおこなってきた。本稿では、その成果をもとに、野生動物の利用と保全、そして地域社会との関係について考えたい。

 

 

アフリカにおけるトロフィー・ハンティングの現状

 

そもそもトロフィー・ハンティングのイメージがわかないという読者もいると思うので、まずはその実態を紹介したいと思う。

 

サハラ以南のアフリカ諸国で、トロフィー・ハンティングを公式に認めている国は、24カ国にのぼる(図2)。こうした国に、毎年18,000人以上のハンターが主に欧米諸国からやってくる(ちなみに、日本人のハンターは、間違いなくマイノリティである。現地のハンティングガイドには、「日本人は金持ちなのに、なぜ撃ちに来ないんだ?」とよく聞かれた)。

 

とくに、植民地支配をおこなっていた旧宗主国からのハンターが多い。たとえば、カメルーンは現在の国土の大部分を1960年までフランスに支配されていた。独立後も、カメルーンとフランスは政治や経済、観光など、あらゆる分野で関係が依然として深く、2010年にカメルーン北部を訪れたハンターのうち約42%がフランスからであった。

 

 

アフリカ02

(Roulet 2004; Lindsey et al. 2007; Mbaiwa 2017)を改変

 

 

アフリカにおけるトロフィー・ハンティングの規模を地域別に見てみる。もっとも活発におこなわれているのが、南部アフリカである(南部アフリカのなかで、現在トロフィー・ハンティングを認めていない国は、レソト、スワジランド、そして2014年から禁止しているボツワナである)。なかでも南アフリカ共和国は、アフリカ最大のトロフィー・ハンティング産業を持つ国である。アフリカを訪れるハンターの約88%がこの国を選び、もっとも多くの野生動物が狩猟されている。

 

つぎに規模が大きいのが、東アフリカである。ケニアは、文豪ヘミングウェイも狩猟旅行に訪れた、ハンターにとっての「故郷」であった。しかし、1977年から大型動物を対象とするトロフィー・ハンティングは禁止とされ、小動物を対象とした狩猟のみが認められている。東アフリカでトロフィー・ハンティング産業の規模が大きく、成長している国はタンザニアである。他のどの地域に比べても、より多くのバッファロー、ヒョウ、ライオンが狩猟されており、これらの動物種は、この地域にハンター客を呼び込む目玉として使われている。

 

一方、中央・西アフリカを訪れるハンターは東や南アフリカに比べて多くはなく、トロフィー・ハンティングは活発におこなわれていない。これには、狩猟の対象となる野生動物の種類や数が十分にいないことに加え、政情不安が大きく関係している。しかし、そのようななかでも、カメルーンは毎年200人以上のハンターを呼び込んでいる。ここでは、ヒョウなどの猛獣ではなく、レイヨウ類であるダービーズエランドやボンゴなど、地域固有の野生動物を売りにしている。

 

 

ハンターの一日

 

つぎに、アフリカを訪れるハンター客たちがどのようにトロフィー・ハンティングをおこなっているのか、見てみよう。

 

ハンター客は、インターネットや友人の紹介を通じて、トロフィー・ハンティングを斡旋する観光事業者にコンタクトをとる。どのくらいの日程で、どのような動物を狩猟したいのかを伝え、予約を確定させる。ハンター客の多くは、バカンスを利用して2週間ほどの旅程を組み、個人で、あるいは友人や家族とともにやってくる。彼らは、空路で入国したのち、観光事業者が用意した四輪駆動車や小型セスナ機で猟場に向かう。

 

後述するが、トロフィー・ハンティングは、観光事業者が所有する私有地や、国から賃借した狩猟区でおこなわれる。カメルーン東部やコンゴのように、鬱蒼とした森林地帯にもあるが、そのほとんどは、広大で見通しのよいサバンナに設定されている。

 

猟場に到着したハンターは、サバンナの真ん中に建設されたキャンプに投宿する。そこには、自家発電機や、川の水を利用した上水設備が備えられ、客室にはエアコンもある。キャンプには、料理人、ウェイター、車の整備工、洗濯や掃除をおこなう雑用係などの従業員がいる。

 

ハンター客は、早朝と遅い午後の1日2回、狩猟に出かける。酷暑となる日中は、冷房の効いた客室で昼寝をしたり、読書をしたりして過ごす。狩猟に行く際には必ず、観光事業者が本国で雇ったガイド(客に指示やアドバイスをおこなうプロフェッショナル・ハンター)のほかに、現地で雇ったトラッカー(足跡や糞から動物を追跡する従業員)とポーター(客の銃や飲食物を運ぶ従業員)が同行する。ハンター客は、ピックアップトラックの荷台にそなえたベンチに座り、ガイドとともに獲物を探す。

 

首尾良く目的の動物を仕留めることができたら、まずは倒れた動物の体勢を整え、その後ろに座り、記念撮影をおこなう。この写真は、自分の国に帰り、友人たちに自慢話をするために必要となる。その後、獲物が小型の場合はそのままトラックの荷台に載せて持ち帰るが、大型の場合は従業員たちがその場で手際よくさばき、客が必要な部分を切り出す。

 

その部分とは、ハンター客の一番の目的でありトロフィーとなる頭と、滞在中のディナーとなるヒレ肉などである。ただし、肉を持ち帰るかどうかは仕留めた動物の種類に左右され、獲物の肉をまったく食べない客もいる。従業員たちは、客の許可をもらったうえで自分たちの食料にする分を切り取り、持てるだけ持って、頭とヒレ肉とともにキャンプに持ち帰る。キャンプでは、別の従業員が、持ち帰られた頭の皮を剥ぎ、肉を落とし、トロフィーを作る。

 

アフリカを訪れるハンターのほとんどが富裕層である。なぜならば、トロフィー・ハンティングの旅行代金は、他の観光とは比べものにならないぐらい高額だからである。たとえば、カメルーン北部のあるキャンプでは、2週間のトロフィー・ハンティングをおこなうために、宿泊費、飲食費、送迎費、ガイドなどの人件費、狩猟ライセンス代、そして仕留めた動物1頭あたりにかかる税金など、合わせて400万円以上の費用が必要となる。この費用は、ハンティングをおこなう国の物価や税額、施設、サービス内容などによって金額は異なり、1000万円以上になるところもある。【次ページにつづく】

 

 

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(左から)ハンター客、ガイド、仕留めたバッファローの頭を運ぶ従業員

 

 

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