上記の記事で書いた通り、私は「結婚」というものを心から嫌っており、「独身主義」を公言していた。私がそこまで結婚を嫌がるようになったのには理由がある。今回は、その理由を書いてみようと思う。
私が好きな男性と結婚しなかった理由
結論からいうと
・父、祖母からの肉体的・精神的暴力
・徹底した男尊女卑の家庭環境
・養ってもらうということは奴隷になること
・相手の男性を尊敬しすぎていた
これらが、私が極端に結婚を嫌っていた大まかな理由である。
父、祖母からの肉体的・精神的暴力
私は同居していた父や祖母に激しい肉体的、精神的暴力を受けていて、その暴力はケンカをしたなどの理由があって振るわれるものではなく、突然に襲い掛かってくるものだった。簡単にいえば、下記の「怒り発作」、もっと分かりやすく言えば「虫のいどころが悪い」というやつだ。
これが、怒り発作。
だから、夜、寝ていても寝込みに親が殴りにくる、馬乗りになって首を絞めてくるということが起こっていた。「家=住居」は、いつ殴られるか、殺されるか分からない恐怖の場所だった。だから、暴力から逃れるために公園のベンチや神社の境内で寝ることもしばしばだった。家より外のほうが安全に眠れる場所だったのだ。
家の中にいても、人に会わないようにする努力が必要だった。「家=自分の居住する場所」は、いつ怒鳴られるか、いつ殺されるか分からない場所であり、常に臨戦態勢でいなければいけない「戦場」だったのだ。
徹底した男尊女卑の家庭環境
男兄弟もいたが、ウチは徹底した男尊女卑の家庭だったので「女はバカにしていい存在」だった。だから、その男兄弟からもバカにされていて、家に中に居場所はなかった。今思えば、その男兄弟も、貧しさや父や祖母からの暴言、育児放棄によるストレスから私をバカにしていたのだと思う。
ちなみに、父親は女家族を憎んでいたので、女である祖母、母、私はボコボコに殴ったが、男兄弟には暴言は吐くものの殴りはしなかった。父親にとって息子は「男=弱者=同類」であって、哀れみ・庇護の対象であったのではないかと考えられる。
社会(心理)学者の加藤諦三は自著に機能不全家庭では必ず「一人の生贄(いけにえ)が出る。」と書いている。その通りで私は、あの家族の生贄だったと思う。
この体験が、私を独身主義にした。人と一緒に住むことは恐怖だ、男は「関係が近い女=女家族」のことをバカにし、力でねじ伏せるものだと学習してしまったからだ。私は家族全員と18歳で縁を切り、家族という共同体に憎悪しか持たなくなった。
養ってもらうということは奴隷になること
上記の通り、我が家では徹底した男尊女卑による虐待が行われていた。私が父親に「学校に給食費を持っていかなければならないので、給食費をください。」というと、「お前は、何の役にも立たないのに金ばかりかかる。」という憎まれ口を言わないと、お金を渡してくれないのだ。運がわるければ、殴られる。みたいなことで、怖くて「給食費をください。」と言えなくて、学校に給食費を持っていかず、「給食費は?」と先生に聞かれるたびに「忘れました。」と言ったりしていた。さすがに払わなければいけないと思ったけど、暴言がいやで父親の財布から黙って給食費を取ったのがバレて、ボコボコに殴られたこともある。
一番印象に残っているのは、学校の体育館で500円で映画が見られる映画鑑賞会という催しがあって、どうしても行きたくて父親に「映画に行きたいのでお金をください。」と言った時のことだ。父親は床にお金を投げつけて、「欲しかったら拾え!」と言ったのだ。どうしても映画を見たかった私は、そのお金を拾った。あの時のくやしさは一生忘れられないものとなった。
それと同時に、私は「人からお金をもらうということは、こういうことなんだ。」「人に養ってもらうということは、その人の奴隷になるということなんだ。」という、間違った家族観、夫婦観を学んだ。
過去の恋人達はのどかで温容な人が多かった。性格もよく、収入も安定していて、結婚相手の条件としては申し分ない相手も何人かいた。そして、何年か付き合うと求婚される、求婚され続けるということもあった。だが私は求婚を断り続けた。
上記の経験のせいで、「(女)家族になる=家庭の中で一番下の身分になる」という強い思い込みをしていたからだ。女が結婚するということは家父長制の奴隷になり、男家族に何をされても仕方のない立場になることだという漠然と思い込んでいた、つまりは呪いがかかっていたのだ。
相手の男性を尊敬しすぎていた
自分で言うのも変だが、私は結構「男を見る目」がある方だと思う。基本的に、人の気持ちを大切に考える人ばかり好きになったから、いい人が多かった。人格的に尊敬していた。だからこそ、足を引っ張りたくなかった。今でこそ、自分が若干ADHDの可能性があって精神病になりやすいタイプでと分かって、それに対する自分なりの対処法を見つけたので、ずいぶん楽になった。しかし、当時は「自分は何かおかしい。」という感覚しかなかった。
疲れやすく仕事以外は寝ていることが多いし、掃除・片づけは苦手だし、気まぐれだし、不注意だし、協調性がないし、とか色々。その「何かおかしい」自分が、こんなにも尊敬する男性を支えることができるのだろうか?と考えた時に、とてもじゃないけど無理だと感じた。世の中には私なんかより健康で優秀でメンタルの強い女性はたくさんいるから、そういう女性と結婚したほうが相手のためになると思っていたのだ。
よく言えば、「身を引く」という形だが、悪く言えば「強烈な劣等感」によって、相手の男性の気持ちも考えず、自分の気持ちを押し通した形になったと言えるだろう。
結婚を断り続けた過去
私が何年付き合っても、どんなに好きな相手でも結婚しなかった理由は、結婚してしまったら関係性が変わってしまう、という恐怖心が一番大きかったと思う。相手のことが好きでも相手の家族とうまくいかなかったら地獄だ。今の恋人関係が最高に幸せだから、この関係を崩したくない、この関係を変えたら不幸になるという頑なな思いだった。
今思えば、「柿の実を盗まれたくないから、柿の木ごと切り倒してしまう。」というくらい乱暴な考えだったと思う。もっと、相手の男性が、全てのことから、男性の家族からも私を守ってくれるだろうと信じることができれば結婚していたのかもしれない。
だが、私にかかった呪いは、どんなに優しく誠実な男性に対しても「男性不信」を抱かせるほどに強烈だった。相手がしびれを切らして、結婚か別れるかの二択を迫ってきた時に、「別れ」を選んでしまうほどに、私にかかった呪いは強かったのだ。
もっと言えば「男性不信」というより、「男家族不信」だった。好きな男性のことは信用できるが、それが結婚して男家族に変わるとなると、とたんに信用できない相手になると思い込んでいた。
まとめ
「同居はいいけど、結婚はイヤ」だった私が、うっかり結婚してしまった今思うことは、結婚したら関係性が変わるという考えは正しかったということだ。今の夫とは、付き合っている時、同居した時、結婚した時に確かに関係性は変わった。
夫も私もメンタルが弱く、夫は弱ると攻撃的になり、私は弱ると破滅的になる。もし、これから経済的に困窮したりして、どちらか、またはお互いのメンタルが弱った時に傷つけ合って耐えられなくて別れるということもあり得る。
だけど、そうなったとしても、「結婚してみた」「家族愛みたいなものを感じることができた」という体験は私にとっては非常に面白い体験だったと思えるような気がする。
あー、過去の恨みつらみを書き出すと、すっごいスッキリするー。えぐい話ですみませんでした。