4.トピック


 GW真っ直中の5月3日、「2010ピティナ・徹底研究シリーズ」が開催されました。ショパン生誕200年を迎えた今回は、再び「ショパン」をテーマに、「マズルカ」「ポロネーズ」「ワルツ」という、同じ3拍子系ながら、全く性格の異なる「舞曲」が取り上げられました。日本の音楽界の第一人者である小林仁先生による徹底解説と、ピティナ・トップ入賞者たちのすばらしい演奏で、熱心な指導者や学生とともに、「ショパンの舞曲」の研究に打ち込みました。約6時間にわたる講演のごく一部を、レポートいたします。

レポーター:財満和音、末松茂敏(演奏研究委員)


第1部 マズルカ

《基調講演》

 マズルカは、「マズール」「クヤヴィヤク」「オベレク」の3つに分かれる。(1曲の中に2つ入っていることもある。)マズルカを演奏するにあたって、下記の重要な3つのポイントを押さえるとよい。

(1)
リズム的な特徴
譜例 ・マズール:基本のリズムで、2拍目にアクセント
・クヤヴィヤク:憂いを含み、ゆったりとした3拍子 
・オベレク:はやく活発な舞曲、2拍目に重心
(2)
和声的な特徴
教会旋法(リディア旋法、フリギア旋法など)が使用されている。2拍目または3拍目で、和声が変化するのが特徴。和声は世界共通語で、ショパンはその和声の語法を使っている。作品を理解する際は、和声から入ると理解しやすい。
(3)
民族楽器的な特徴
舞曲の伴奏楽器として、バクパイプの保続音など。村の楽器を使用した素朴な伴奏を、ショパンが洗練されてあらわしている。ヘミオラのリズムも、民族音楽によく使われる。

《レッスン》

◆ 根津 理恵子 (特別出演)

アクセント記号、強調する音でも場所によって微妙に変わる。1拍目に強拍がくるというのは、当たり前すぎて見落としがちだが、舞曲の1拍目は重要なのであえて申し上げたい。「マズルカはさらってはいけない」といわれる真意は、即興的な要素があり型にはめすぎないように、ということではないか。
〔中間部〕 リディア旋法であるが、B-dur書き換えているがなぜか?Eの音にわざわざナチュラルを付けているが、44小節で転調で、ドミナントとして強調したかった。

マズールのリズムを持ちながらも、クヤヴィヤクに近い性格。左手の保続音が特徴。基本的な和声が多く、ショパンが若い頃、オルガンを弾いてバッハ以前の音楽に多くふれていたことを思わせる。古代様式に則って作曲しているが、好んだ半音階的な動きとの合わさりが見られる。ノクターンOp37-1(コラールの部分)や幻想曲((ロ長調の部分)なども基本形が使われている。どこの拍に重心を持ってくるかを考える際、ショパンの書いた別の作品からわかってくることが多い。一人で歌うような伴奏がないところはアカペラで演奏するように、即興的に。

難解な曲で、「幻想マズルカ」と名付けたい。対位法的な曲で、テーマと逆行形の同時的な動き、マズルカの特徴の保続音からメロディが発生するなど、バッハ的な手法が見られる。対位旋律をどうきかせるか、最終的に弾き手にかかっている。テーマ以外も歌って弾くことも大切。バスにバリエーションが見られる。コーダの部分をみても、どれだけバッハの技法を大事に思っているかわかる。ショパンを弾く時、バッハのフーガを勉強しておくこと。

◆ 矢野 雄太

tettei2010rp_004.jpg

微妙なハーモニーの変化に対応するために、もう少しゆっくり弾くこと。〔13~16小節〕バスが、半音でずり落ちてくる(H-E-B-Es)、ショパンのした表現「ザリガニがだんだん小川にずりおちてくるように」2,3拍目のハーモニーの変化が聴き手に伝わるように。〔37小節~〕Durで急がないで。ハーモニーが頻繁に変化するのが分かっていたら、そんなに速く弾けないはずで、変化ごとに意識するのが、ルバートの基本。〔57小節~〕左手1回目はいいが、2回目(61小節~)の左手は、もう少し強調してゆっくり弾くこと。〔77小節〕迷いながら進むように。Fisisは弦では高めにとる音。GなのかFisisなのか、楽譜の書かれている音を意識すること。〔79小節〕再現、半音下がって転調。ショパンの晩年の特徴的な転調の方法。バス、3拍目のハーモニーの変化を十分に注意する。

〔37小節~〕3回の変化をだすこと。センスというより、楽譜の読みが重要。ハーモニーがかわっていく次の行方にポイントをおかないとどんなに美しいメロディでも死んでしまう。
ショパンの書いたペダルは、まず大切に尊重すること。昔のピアノとは違うけれど、9割方今でも通用する。これは深い意味がある。

tettei2010rp_005.jpg

アウフタクトを十分に。3連符は速過ぎないように。2拍目に重心を置くこと。基本のリズムを知ることは大事だが、ショパンの楽譜をよく読み、アクセントの変化、メロディーの動き、舞曲的要素もハーモニーに含まれている。基本的なことに立脚していれば、ポーランド人にも理解される音楽になる。

第2部 ポロネーズ

《基調講演》

 ショパンの初めの作品は、ポロネーズで、最後はマズルカだった。ポーランドで流行していたものが、ヨーロッパ中に地続きに伝わっていった。ポロネーズは、実際には踊らず、ただ歩くのみで、行進のときに使われた。各国の作曲家の作品に見られる。ショパンコンクールを聴いていてポロネーズを上手く弾く人は少ない。ポロネーズの難しさがあるのかもしれない。


《レッスン》

◆ 佐藤 嘉春

14歳のときの作品で、3拍目(左手)におもしろさがある。3拍目を丁寧に少し長めに(各所)。3拍目の最後をはしょると、演奏全体がせっかちに聴こえてしまう。管楽器の人は、3拍目はゆっくり演奏する。前奏の下降に特徴。トリルは、ひとつ上の音からはじめた方が美しい。拍の頭の不協和音こそ、ていねいに入る。原則的には前打音は拍の頭で弾き、次の音を震わせる。同音連打は、溜息のように。ベートーヴェンにも出てくる弾き方(ソナタ作品110の3楽章)で、次の音を鳴らさない。

◆ 水野 貴文

ポロネーズの固定したリズムが、中間部にくると、幻想的で自由になり、ポロネーズのリズムから外れていく。どちらかというとノクターンに近い。ポロネーズをきちんと勉強していくと、バラード、ソナタ、ピアノ協奏曲の中に、ポロネーズのリズムを見つけることができる。〔7小節~〕3連符、5連符は、ピアノや弦楽器は少し縮む傾向にあり。管楽器のように、少し伸びるようにいっぱいいっぱいに弾くとよい。〔48小節〕ナポリの六、特殊な響きに注意。

◆ 水谷 桃子

ポロネーズは統一感のあるテンポ設定が大切。83小節~テンポを守り、120小節~は多少自由でもよいが、違いすぎるので、全体のテンポのバランスを考慮すること。一番なおざりにしてはいけないのは、ペダル。迷った時は、楽譜の通りに。当時の楽器と異なるが、たとえば、14小節~ペダルを踏みっぱなしにするところなど、その指示どおりに一度弾いてみるとよい。65小節の2拍目でペダルを上げるところは、ポロネーズのリズムの根幹に関わる。ポロネーズは、複付点のリズムにならないように。符点のリズムで厳密に弾くと、効果がある。

第3部 ワルツ

《基調講演》

ワルツは、マズルカよりも早く、ヨーロッパに親しまれていた。マズルカが2拍目または3拍目に重心がきて、和声が変わるのに対し、ワルツは、1小節が1単位で、1小節内は同じ和声となる曲が多い。ショパンのワルツは、ウィンナワルツのように、2拍目に重心がくるというものではない。


《レッスン》

◆ 翁 康介

「アウフタクト」は、西洋独特なもの。弱拍から出るのは、言葉の違い、つまり、「前置詞+冠詞」のリズムからきている。日本語にはない。さらに、「アウフタクト」は踊りからもきており、男性が女性に合図をする部分を示している。
ショパンは、1拍に不協和な音がくる場合、意識的に重心をかけ強調する。強拍、スフォルツァンドなど、意味のある大事な音は、長めに弾くこと。

◆ 平間 今日志郎

「レント」は、マズルカにも多い。ショパンのレントは、それほど遅くなく、モデラートに比べ、カンタービレの要素が強い。そのための工夫が必要になる。8分音符の動きを、丁寧に。 〔17小節~〕左手を短めに、右手はレガートにすると、絶妙な効果がある。〔38、40、42小節目〕それぞれ3拍目に、いくぶん重心がくるように。〔68小節〕3拍目から、ショパンはクラリネットで吹かせると思う。〔136小節〕3拍目から、左のペダルを使う時は、少しメロディの音をはっきり弾く。クラリネットの音にだいぶ近くなってきた。

◆ 小塩 真優

かなり難しい部類の曲。左手が難しいので、ペダルなしで左手だけ弾いてみる。名曲というのは、左手だけで美しい。〔9小節〕左手の親指がきちんと鳴っているように。3拍目の和声をきちんと弾く。右手の上の音を良く響かせて。下のDes E Fの8分音符は、できるだけ弱く。〔41小節〕ペダルは現代のピアノだと少し長すぎるかもしれない。3拍目でペダル上げて。〔121小節〕メロディは出だしはゆっくりでいいがその後はテンポを戻して。フォルテ、ピアノは強い弱いでなく、遠近感を表している。

特別企画 (舞曲デモンストレーション)





江崎昌子(ピアノ)、吉本真由美(踊り)
ショパンのピアノ曲を使用した唯一のバレエ「レ・シルフィード」は、3人の妖精が、少年ショパンとともに踊るというお話。バレエは、軽やかさが基本。マズルカは「跳ぶ」、ポロネーズは「歩く」、ワルツは「舞う」というイメージで踊る。

マズルカ:動と静をあらわすような、オベレック、はやいリズムが使われているところは駆け抜けるような踊り。体重を感じさせない。 キャラクターダンスの場合、床に踏みしめて、2拍目に重心がくる。元の部分が出てきた時も踊りの変化がある。

ポロネーズ:宮廷舞踏、フォーメイションを組んで男女が手先を触れるくらい離れて踊る。スカートが大きい。舞踏会はポロネーズから始まる。シルフィードも軍隊ポロネーズから始まる。ポーランドの人は嬉しい事があると手を取り合って一列に並んでぐるっと回る。フレーズの最後が舞踊会のようで男性と女性が挨拶するような感じ。

ワルツ:ポーランドの結婚式は新郎、新婦がワルツを踊る。寄り添う感じ、優雅で途切れない感じ。

全体を通しての感想

印象に残ったのは「根本を理解する」「日本人がマズルカを理解する上で和声、リズム、踊りの中からであれば和声から入るといいという事」でした。和声の変わり目を、聴いている人が分かるように時間をかける、細かい音をよく歌って丁寧に、フレーズの最後をきちんと歌うという事は、何度も言われていました。管楽器の人は3拍目の終わりをすこしゆっくり演奏するとおっしゃった時、あらゆる音楽を聴かれ演奏している小林先生ならではのご指摘と思いました。また、ショパンが書いたペダルをよく見て迷ったら楽譜に立ち返るというのは今後、より一層気をつけなくてはと思います。各受講者の年齢によって言葉を選び、要求度も違っていたと思いますが、今回受講された方にとっては、本当に貴重なレッスンだった事と思います。小林先生に高校から大学院までお世話になった私は今回の講座を聴いて、先生のご注意がよみがえると共に新たな発見も沢山ある一日となりました。先生に接していつも思うのですが、先生の博学な事と、謙虚なお人柄を感じました。(末松茂敏)

小林先生の講座は、特にピアニストの根津さんを起用したこともあり、日本では普段あまり見られることのない対話式の公開講座を目の当たりにでき大変新鮮で有意義でした。小林先生の持っていらっしゃる柔軟で多面的な指導力を感じました。ショパンのマズルカが特に印象深く、ほかの作品と比べると難しいと思われていたマズルカが、音楽の基本を大切にしていれば怖くない・・・私たち日本人でも楽しめるのだ・・・と垣根を取り払っていただけた気がいたしました。他の方たちの質の高い演奏も楽しめ、これからのピアノ界もますます楽しみだなと感じました。バレエも江崎先生と吉本先生の対話が大変分かりやすく、本当に解説本だけではまったく分かりえない内容のお勉強ができ、本当に素晴らしかったです。今回は全体を通して先生がた「対話」がわかりやすく、普段のレッスンでも大事なことだな、と感じました。一方通行ではない講座が大変満足できる、ショパンが身近になった一日となりました。(財満和音)

出演者からのコメント

あらためて、小林仁先生の豊富な知識に基づく「読譜術」に感服いたしました。「舞曲」という枠を超えて、普遍的なショパン音楽の読み解き方を学ばせて頂いた思いです。受講&聴講している身としてはあっという間に感じられた 充実のひとときでしたが、朝から7時間にわたり講座を展開してくださった小 林先生に、心から感謝申し上げます。さらに、最後の江崎昌子先生と吉本真由美先生による舞曲デモンストレーションでは、舞曲の本質を垣間見せて頂き、大変説得力に満ちた感動の一日となり ました。(根津理恵子)

【GoogleAdsense】