仮想通貨を巡る話題が連日のように世間を騒がせている。取引所のコインチェック(東京・渋谷)から580億円分もの通貨が不正流出した事件は大きな衝撃を与えた。仮想通貨は次世代の決済手段として注目される一方、価格変動の大きさなどから将来性について懐疑的な見方もある。普及の条件を探った。
代表的な仮想通貨であるビットコイン。この通貨に関し2017年暮れ、知り合いの若手在日外国人から相談を受けた。
彼はビットコインにテクノロジーの側面から興味を持ち、数年間保有。その時価総額は億円単位になる。そろそろ売却を考えているが、税金が仮に利益の半分ぐらいの額だとすれば受け入れがたい。「どうすればいいか」という内容であった。
仮想通貨は有価証券ではない。国税庁によると、仮想通貨で生じた売却益は「雑所得」である。会社員などの給与所得者は、給与以外に20万円超の所得があった場合に確定申告しなければならない。総合課税となるため給与などと合わせた全体の所得額に応じて課税され、最高税率は55%(地方税を含む)と高い。
■売却のために他国への移住を検討
私はこう答えた。「自分は税の専門家ではないが、日本に居住しているのであれば税金を支払うしか選択肢がない。それが嫌なら、税金が安いシンガポールなど外国へ居住を移すしかないのではないか」(この場合も『国外転出時課税制度』の対象になるかもしれないが……)と。
彼は「そうか、引っ越すしかないか」と寂しげに語った。スタートアップ企業の経営者であり、一家には幼い子供もいる。「日本が好きだから離れたくない」との彼の悩みは尽きない。
そのとき、彼が明かしてくれた別のエピソードにも興味が引かれた。「自分は大したことない。ビットコインを初期から保有していて数千億円の含み益があって、課税対策として世界を放浪して生活を送っている連中もいる」というのだ。このような「漂流富豪」の存在に、ちょっとした驚きを感じた。
話を本題に戻そう。仮想通貨が普及する条件は何か。通貨の役割に「決済の手段」がある。仮想通貨は「ブロックチェーン」という基幹技術を使い、送金や決済手数料の低さをメリットとしてきた。だが、ブームで取引が急増し、ブロックチェーンによる取引の承認スピードが遅くなっている。しかも、価格急騰で手数料も膨らんでいるのが実態だ。
■普及には信頼性と安定性が必要
何より、決済手段として機能するには通貨に信頼性や安定性がなくてはならない。米国への信用が揺るがない時代が続いたからこそ、ドルが世界の基軸通貨となったのだ。
仮想通貨は国の信用の裏付けがなく、価格変動が激しい。こうした通貨は投機の対象にはなるかもしれないが、決済の手段としては機能しにくいであろう。決済が1日違っただけで大損するような通貨を日常的に使うには無理がある。決済の手段という役目を果たすのであれば、少なくとも通貨の変動率は低い方がいい。現在のような高い変動率では通貨の重要な役割の一つである「資産の保全」も果たせない。
電力供給のボトルネックもある。仮想通貨はマイニング(採掘)という作業で新たな通貨を供給するが、このためには極めて高い処理能力を備えたコンピューターによる膨大な演算が必要となり、消費電力が大きくなる。また、コンピューターは発熱するため、安定的に稼働させるために冷却する必要もある。
例えば、ベネズエラでは最近、停電に悩ませられるという。その理由は、ハイパーインフレで自国通貨ボリバルの価値が著しく下落する中、需要が高まっているビットコインのマイニングであるとされる。
英メディアが昨年、専門家の話として報じたところによると、ビットコインのマイニングによる電力消費は年31テラ(テラは1兆)ワット時に相当するという。これはアイルランドにおける電量消費の23テラワット時を上回るとされる。19年までには米国を、20年までには世界を上回るという予測もある。
コインチェック事件のようにすでにたびたび起こっているが、仮想通貨は取引所へのサイバー攻撃などのリスクもある。
■諸問題をクリアすれば将来性
とはいえ、技術の進歩で省エネ型の通貨が登場するなど、こうした諸問題をクリアすれば将来性はあるだろう。今起きている数々のトラブルを奇貨として、価格が安定し、犯罪にも強いタイプの仮想通貨が生まれる可能性はある。
銀行経由の決済はネット時代にもかかわらず実に不便だ。政情不安の国では資産保全のための需要は根強い。別に国という発行体でなくても、信用さえ維持できれば通貨は発行できる。
かつては国の信用の土台の上に企業の信用が存在している構造であったが、今は異なる。仮想通貨の担い手の本命を探ると、グローバルな経済圏を築いている米アマゾン・ドット・コムが浮かび上がる。自分たちの政府への信用より、アマゾンへの信用の方が高いと感じる人々は世界で少なくないはずだ。
筆者の想像ではあるが、アマゾンは自ら発行する仮想通貨の可能性を研究しているに違いない。価格が安定した仮想通貨が登場してグローバル経済圏を実現できるとき、それは世界の人々にとってメリットになる。ひょっとしたら「アマゾン・コイン」が基軸通貨になる日が来るかもしれない。
渋沢健
コモンズ投信会長。1961年生まれ。83年米テキサス大工学部卒。87年カリフォルニア大学ロサンゼルス校MBA経営大学院卒。JPモルガンなどを経て、2001年に独立し、07年コモンズ株式会社(現コモンズ投信)を創業、08年会長就任。著書に『渋沢栄一 100の金言』(日経ビジネス人文庫、2016年)など。
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