なぜ製品仕様を合議制で決めてはいけないのか。

プロダクトマネジメントにおいて「製品仕様を合議制(多数決)で決めてはいけない」というルールがあるが、それは何故なのか。そして、だとしたらどのように人の意見を取り入れるのが良いのか、を考えてみた。

なぜ製品仕様を合議制で決めてはいけないのか。

合議に参加している人たちは、その問題の責任者ほど制約条件や問題の背景を深く理解をしていないから。

合議制や多数決で物事を決めると、必ずその結果に満足している人たちの方が満足していない人たちよりも多くなる。これは素晴らしい手法だ。
しかし、製品開発の目的は社内の人を満足させることではない。正しい製品をつくることだ。製品にとっての正しさとは、「その製品を顧客(市場)が求めていること」であり、これを満たすためには様々な調査や知識が必要だ。
製品仕様のように、問題の複雑さが一定を超えると、知識を持っている人と持っていない人の意見に違いが出始める。世の中(「社内」とも言いかえられる)には平均してその知識を持っていない人の方が多いので、むしろ多数決で決めることによって間違った方向に進んでしまうこともあり得る。

また、製品にはいろいろな制約条件が伴う。たとえば、「ユーザーはページAを見ながらフォームAを入力するので、両者は一緒に表示しなければいけない」といったものだ。時にこういった条件が複数生じて絡み合い、パズルのようになっていることもある。あるいはそれが、市場や競合製品から生まれることもある。「競合製品が顧客層Aに特化しているから、自社製品は顧客層Bが喜ぶ機能Aを尖らせなければいけない」といった具合だ。プロダクトマネージャーというのは、そういった複雑な要件も考慮に入れなければいけない。それを考慮した製品機能は、制約を満たすために別な部分の妥協をしていることがあるので、一見するとベストな選択ではないように見えることがある。そういうものが多数の圧力に晒された時、たいていは少数派になる。もし多数決で物事が決まれば、そういった真に満たさなければいけない要件が無視されてしまう。これはある意味、意思決定に単に時間がかかることよりも深刻なのだ。

合意形成には時間がかかるから。

当然のことながら、1人で決めるより、10人で合意形成をとりながら決めた方が時間がかかる。たしかに、意見が分かれたとしても、状況や制約をしっかり説明すれば、合意がとれるかもしれない。しかしそれには時間がかかる。その結果、製品開発のスピードが落ちる。
そのためにアジャイル開発(リーンな製品開発、とも言うかもしれない)という考え方がある。そもそも、仕様開発や議論の段階で完全に正しい物を見つけ出そうとすること自体を諦めて、そんなことに時間をかけるくらいならさっさと作って市場からフィードバックを貰ったほうが早い、というわけだ。

アジャイルに開発しているのならなおさらのこと、合議制でやることで大していい結果にならないのなら、当然スピードが上がる方法がよいはずだ。

一貫性が失われるから。

製品というものは、単なる機能の集合体ではない。ある意味では、一貫したストーリーのようなものだ。「機能Aがあるからこそ他の製品にはある機能Bが必要なくて、それによって機能Cがより有益なものになる」といった具合だ。多数決をすると、たいていは「他社製品にあるはずの機能Bが無いのはおかしい」といった局所的な議論が起こり、たとえ「機能Aがあるから大丈夫だ」と説得したとしても、そのストーリーが納得感のある形でプレゼンできないと 多数の同意を得ることは難しい。こういった複雑なストーリーや相互作用に限って、実際に動くものとならないとなかなか説得力を持つことができないのだ。おそらく大抵の場合、プロダクトマネージャーの頭のなかには一貫したストーリーが完成しているので、これは時にもどかしいと感じられる。
そういった局所的な議論によって製品のある部分が崩れると、ストーリーはたちまち崩壊する。それによって製品のフォーカスや尖りが失われると、差別化要因が失われ、最悪の場合、二兎を追って一兎も得られないピンとぼやけた製品が出来上がるのだ。

「合議制で決めない」ことはとても難しい。

実は、「経営や製品開発のような重要なことを合議制で決めるのはイケてない」という考え方は、広く浸透している。「スティーブ・ジョブスのようなカリスマがリーダーシップを取って作る製品が良いに決まってる」ということは、いまや皆が承知しているのだ。しかし、そう思っている人でも、特に意識しなければ合議制でものごとを決めてしまう。
合議制というのはなにも10人の製品委員会のようなものでしか発生しないわけではない。開発チームが2人のときだって当てはまる。無意識に話していたらコンセンサスを取るまで話すのが普通だし、意見が割れている中で意思決定を下すことには普通かなりの抵抗が伴う。他にも、製品の初期段階では3人の創業メンバーで製品仕様を決めるといったことがよく起こるが、たとえ自分が意思決定者であっても自分以外の2人が合意してしまえば、経験上それを覆すのは非常に難しい。

では、どのように周りの意見を製品に取り込めば良いのか?

製品仕様は合議制で決まるべきではないが、これは何も製品開発においてプロダクトマネージャー以外の人の議論や意見は必要ないということを意味しているのではない。良い製品を作るには周りの人(社内のエンジニア・マーケティング部門・営業・顧客・同僚)の意見は必要だ。顧客の詳しい生態や実は役に立つ最新の技術など、プロダクトマネージャーも知らないこともあるし、それゆえ間違いを犯すからだ。

周りの意見を製品に取り入れる良い方法は、プロダクトマネージャーとその周りの人でブレーンストーミングをするというものだ。製品構想あるいは製品プロトタイプを見せて意見を出し合ってもらう。ここで出る意見に関しては、ソリューションの提案でも強い主張でも良いが、あくまで目的はプロダクトマネージャーの考慮漏れを指摘することで、その場で仕様のあり方をあれこれ議論することではない。ここでの議論は意図を確認する程度の最小限に留め、それを加味した最終決定はプロダクトマネージャーが持ち帰って下す。
先に意見内容は「ソリューション提案でも良い」と書いたが、実際のところ、プロダクトマネージャーが優秀であればあるほど、意見より情報を提案したほうが良い。優秀なプロダクトマネージャーは一つの課題に対して複数のソリューションを考えているものなので、「ソリューションBの方が良いと思う」といった意見はすでに承知済のはずなので、情報量はほとんど無いに等しい。
逆に、プロダクトマネージャーは自分の持っている仮説が社員や顧客からもたらされた新しい情報によって覆された場合は、その仮説を無かったことにできるくらいの頭の柔らかさを持たなければいけない。そういう時は、いままで作ったものを全部捨てて、また1から作り直さなければいけない。本当に良い製品を作るには、それくらいの柔軟性が必要だ。

もし、プロダクトマネージャーが明らかに独断や個人的な好みに陥って、明らかに正しく無さそうな仮説を信じている場合は、おそらくその仮説を反証しようと試みるよりは、客観的な方法でその仮説を検証することを提案してみよう。たとえば顧客に聞いてみたり、その点だけはプロトタイプを作って検証してみる、といった具合だ。製品仕様は多数決で決められないが、「検証をすべき」ということは多数派工作をしてでも認めさせて良いだろう。

これは製品仕様に限った話ではない。

「合議制で決めるべきではない」ことは製品仕様に限った話ではない。その場の人を多く満足させることより、正しい解を出すことが重要視される場面ではすべて当てはまる。特に、問題が一定の複雑さを超えると正しい解を持った人が少数派になる可能性があるので、そういう時はなおさらである。たとえば、経営などがよく当てはまるだろう。
逆に、その場の人を多く満足させることが重要な問題(たとえば、オフィスに冷蔵庫を置くべきかどうか、等)に関しては合議制はうまく働き、それをトップダウンで決めると、逆にその場の人の反感を買うことになるだろう。
これらの方法はうまく使い分ける必要があるが、日頃見ている限り、合議制で決めてはいけない問題を気づかぬうちに合議制で決めているケースの方が多いように思える。