2018年02月03日
センター試験「ムーミン事件」雑感
大学入試センターが平均点などの最終結果を発表した。つまり,出題ミスは一切認めない方向で意志を固めたようだ。状況を上手いことまとめてくれた人がいたことだし,,私も雑感を項目別にまとめておく。
・結局のところ,良問なのか,悪問なのか?
問題を成立していると見なし,かつバイキングを範囲内と見なせば良問と言えなくもないが,出題ミスと見なすなら質以前の問題。“問題の質”と“成立要件”は重なりつつも別の概念ということを示す,良い事例と言えるのかもしれない。なお,「思考力を問う問題としては,あまりにも単純では?」という向きについては,思考力というものを余りにも高く捉えすぎているのではないか,と反論しておきたい。「センター試験を受験する平均的な高校生」に求めていい思考力とは,ムーミンの舞台が問われていても動揺せずにすぐに消去法に切り替えてノルウェー側から素材を探す力と,見知らぬ単語を見たら語族から解答を導くことを着想する力くらいで妥当だと思われる。
・バイキングは地理Bの範囲内か,範囲外か?
これについては調べ直してみたところ,地理Bの教科書と用語集で触れているものは1冊も無かった。それでは範囲外ではないか,とすぐに行かないところが地理という科目の面倒なところで,教科書と用語集は薄すぎて&信頼度が低すぎて使い物にならない。教える方も教わる方も出題する方も学習の要はもっぱら副教材であり,すなわち資料集と地図帳等である。こちらに載っていればOKとすると,バイキングについて記載があるものがある。この点,私もてっきりバイキングは地理Bの用語集に載っているものと思って初報で「良問」と断じてしまったので,自省しておきたい。
なお,「中学の学習事項は範囲内と見なせるのと同様に,必修の世界史Aの学習内容も範囲内と見なせるのではないか? バイキングも世界史Aで出てくるのでは?」という指摘については,科目を飛び越えている以上無理があるし,世界史Aの教科書でバイキングを扱っているものは「無くはない」というレベルで,世界史Aをやっていれば必ずバイキングに触れているとは言えない状況である。したがって,バイキングを範囲外と見なす立場からは「問題が成立しているとみなしたとしても,センター試験としては過剰な難問」という見解も出せる。
・大学入試センター推奨の公的な解き方なら,バイキングについて知らなくても解答可能なのでは?
私が一番キレているのは実はこれで,大学入試センターの紹介した公的な解き方は非常に無理がある。「ノルウェーは暖流の北大西洋海流が流れるので,冬でも沿岸部が凍らない」のは地理Bで習うところだが,「よって,船のある方がノルウェーと推測できる」とは論理的につながらない。フィンランドだって内陸国というわけではないのだから海に面しているし,「船のあるアニメだから,一年中凍らない海が舞台なのだろう」という発想は跳躍がひどすぎる。
あるいは「フィンランドは森と湖に覆われた国である」というのも,確かに地理Bで習うところである。しかし,「画中に森と湖が描かれているから,こちらがフィンランド」というのは必ずしも成り立たない。フィンランドはどこの場所を切り取ってもこういう風景にしかならないのなら成り立つが,当然現実はそうではない。加えて言えば,上掲記事の地理学者の指摘の通りノルウェーにも森と湖はある以上,選択の手がかりにはならない。大学入試センターが本気で「アニメの背景の画像で推測の当てをつける」のが優れた思考力だと考えているなら,その思考力には反対する。加えて,万が一,高校地理の「思考力」としてこれが正しい発想というのが一般的な通念になっているのなら,もはや高校地理は小学校算数の魔窟に片足突っ込んでいる。専門家に指摘されていることだし,どうにかした方がいい。
・本質的には何が問題なのか?
問題文の日本語の選択。「舞台」なんて言葉を不用意に使うから,こういうことになってしまった。「関連が深いと考えられている国」とか「国民的な作品として受容されている国」といった文言にしておけば,これほど問題にはならなかったはずである。特に後者の文言にしておけば,ムーミンはフィンランド以外考えられないし,地理Bという科目の地誌分野の本質から言えば,この文言の方が適切だったはずである。これは出題者が本問を地誌としても出題できるのに,あくまで地形の問題とみなして出題してしまったことによる作問上の思い込みが,文言の選択を狭めたのではないか。あるいはアニメの選択ミス。もっとはっきりと舞台がわかっているアニメにしておけばこんなことにはならなかった。無論のことながら,作品が書かれた言語についても注意を払いながら問題文の文言は練られるべきだ。
いずれにせよ,思考力を試す問題を作るのは工夫が必要で,作問は労力がかかる。つまりこれはそのまま来るべき2021年以降の新センター試験への不安につながる。既存のセンター試験のような問題は7~8割にして,残り2~3割は思考力を問うものとする,2024年以降は加えて記述(論述)を課すとぶち上げているからである。すでに昨年11月,新センター試験のプレテストが実施されており,ここにも危うい問題が出ているというのは,先日書いた通り。既存の大学入試センターの体力で改革が続くかどうかは,どうしたって不安視される。
なお,今回のセンター試験については,そのプレテストと並走して作成されたので,尚更問題を検討する時間に不足し,出題ミスが誘発された可能性はある。本末転倒感がある。
・波及的影響
センター試験は全教科・全科目的に信頼性が高く,50万人超が受ける,国が威信をかけて行っている試験という評価であった。だからこそ私も「大学入試センターの作問者は,『ムーミン』も『ちいさなバイキングビッケ』もきっちりと典拠を押さえて出題しているのだろう」と信頼して,当初は「良問」と断じた。しかし,存外にアバウトな作問をしているということが露見してしまった。今思えば,一昨年の世界史Bのこれも,調べが甘い作問であった。
今回の件で出題ミスを一切認めず突っぱねたことで,大部分の科目は無関係としても,少なくとも地理(地歴公民)は信頼性は大きく下がった。事実に反していても,高校の範囲を厳密には逸脱していても,公的な解法が危うくても,高校教科の独自の論理の解法で成立していると見なされれば出題ミスではないと言い張れる前例を作ってしまったのである。確かにこれを悪用させてくれれば,“出題ミススレスレの良問”は作成しやすくなる。新センター試験に向けての視界も良好になろう。しかし,私大の地歴公民の入試でこれだけ悪問・出題ミスが跋扈しており,世界史については微力ながら私も努力して少しは改善に向かっている中,当の大学入試センター(=国)の公式見解がこれでは,やるせなさしかない。私大に対して「大学入試センターでもこの杜撰さで作問しているのだから」「大学入試センターだって,出題ミスとは認めなかったのだから」として,悪いメッセージになってしまい,私大の入試がさらに悪くなることだって考えられる。
・結局のところ,良問なのか,悪問なのか?
問題を成立していると見なし,かつバイキングを範囲内と見なせば良問と言えなくもないが,出題ミスと見なすなら質以前の問題。“問題の質”と“成立要件”は重なりつつも別の概念ということを示す,良い事例と言えるのかもしれない。なお,「思考力を問う問題としては,あまりにも単純では?」という向きについては,思考力というものを余りにも高く捉えすぎているのではないか,と反論しておきたい。「センター試験を受験する平均的な高校生」に求めていい思考力とは,ムーミンの舞台が問われていても動揺せずにすぐに消去法に切り替えてノルウェー側から素材を探す力と,見知らぬ単語を見たら語族から解答を導くことを着想する力くらいで妥当だと思われる。
・バイキングは地理Bの範囲内か,範囲外か?
これについては調べ直してみたところ,地理Bの教科書と用語集で触れているものは1冊も無かった。それでは範囲外ではないか,とすぐに行かないところが地理という科目の面倒なところで,教科書と用語集は薄すぎて&信頼度が低すぎて使い物にならない。教える方も教わる方も出題する方も学習の要はもっぱら副教材であり,すなわち資料集と地図帳等である。こちらに載っていればOKとすると,バイキングについて記載があるものがある。この点,私もてっきりバイキングは地理Bの用語集に載っているものと思って初報で「良問」と断じてしまったので,自省しておきたい。
なお,「中学の学習事項は範囲内と見なせるのと同様に,必修の世界史Aの学習内容も範囲内と見なせるのではないか? バイキングも世界史Aで出てくるのでは?」という指摘については,科目を飛び越えている以上無理があるし,世界史Aの教科書でバイキングを扱っているものは「無くはない」というレベルで,世界史Aをやっていれば必ずバイキングに触れているとは言えない状況である。したがって,バイキングを範囲外と見なす立場からは「問題が成立しているとみなしたとしても,センター試験としては過剰な難問」という見解も出せる。
・大学入試センター推奨の公的な解き方なら,バイキングについて知らなくても解答可能なのでは?
私が一番キレているのは実はこれで,大学入試センターの紹介した公的な解き方は非常に無理がある。「ノルウェーは暖流の北大西洋海流が流れるので,冬でも沿岸部が凍らない」のは地理Bで習うところだが,「よって,船のある方がノルウェーと推測できる」とは論理的につながらない。フィンランドだって内陸国というわけではないのだから海に面しているし,「船のあるアニメだから,一年中凍らない海が舞台なのだろう」という発想は跳躍がひどすぎる。
あるいは「フィンランドは森と湖に覆われた国である」というのも,確かに地理Bで習うところである。しかし,「画中に森と湖が描かれているから,こちらがフィンランド」というのは必ずしも成り立たない。フィンランドはどこの場所を切り取ってもこういう風景にしかならないのなら成り立つが,当然現実はそうではない。加えて言えば,上掲記事の地理学者の指摘の通りノルウェーにも森と湖はある以上,選択の手がかりにはならない。大学入試センターが本気で「アニメの背景の画像で推測の当てをつける」のが優れた思考力だと考えているなら,その思考力には反対する。加えて,万が一,高校地理の「思考力」としてこれが正しい発想というのが一般的な通念になっているのなら,もはや高校地理は小学校算数の魔窟に片足突っ込んでいる。専門家に指摘されていることだし,どうにかした方がいい。
・本質的には何が問題なのか?
問題文の日本語の選択。「舞台」なんて言葉を不用意に使うから,こういうことになってしまった。「関連が深いと考えられている国」とか「国民的な作品として受容されている国」といった文言にしておけば,これほど問題にはならなかったはずである。特に後者の文言にしておけば,ムーミンはフィンランド以外考えられないし,地理Bという科目の地誌分野の本質から言えば,この文言の方が適切だったはずである。これは出題者が本問を地誌としても出題できるのに,あくまで地形の問題とみなして出題してしまったことによる作問上の思い込みが,文言の選択を狭めたのではないか。あるいはアニメの選択ミス。もっとはっきりと舞台がわかっているアニメにしておけばこんなことにはならなかった。無論のことながら,作品が書かれた言語についても注意を払いながら問題文の文言は練られるべきだ。
いずれにせよ,思考力を試す問題を作るのは工夫が必要で,作問は労力がかかる。つまりこれはそのまま来るべき2021年以降の新センター試験への不安につながる。既存のセンター試験のような問題は7~8割にして,残り2~3割は思考力を問うものとする,2024年以降は加えて記述(論述)を課すとぶち上げているからである。すでに昨年11月,新センター試験のプレテストが実施されており,ここにも危うい問題が出ているというのは,先日書いた通り。既存の大学入試センターの体力で改革が続くかどうかは,どうしたって不安視される。
なお,今回のセンター試験については,そのプレテストと並走して作成されたので,尚更問題を検討する時間に不足し,出題ミスが誘発された可能性はある。本末転倒感がある。
・波及的影響
センター試験は全教科・全科目的に信頼性が高く,50万人超が受ける,国が威信をかけて行っている試験という評価であった。だからこそ私も「大学入試センターの作問者は,『ムーミン』も『ちいさなバイキングビッケ』もきっちりと典拠を押さえて出題しているのだろう」と信頼して,当初は「良問」と断じた。しかし,存外にアバウトな作問をしているということが露見してしまった。今思えば,一昨年の世界史Bのこれも,調べが甘い作問であった。
今回の件で出題ミスを一切認めず突っぱねたことで,大部分の科目は無関係としても,少なくとも地理(地歴公民)は信頼性は大きく下がった。事実に反していても,高校の範囲を厳密には逸脱していても,公的な解法が危うくても,高校教科の独自の論理の解法で成立していると見なされれば出題ミスではないと言い張れる前例を作ってしまったのである。確かにこれを悪用させてくれれば,“出題ミススレスレの良問”は作成しやすくなる。新センター試験に向けての視界も良好になろう。しかし,私大の地歴公民の入試でこれだけ悪問・出題ミスが跋扈しており,世界史については微力ながら私も努力して少しは改善に向かっている中,当の大学入試センター(=国)の公式見解がこれでは,やるせなさしかない。私大に対して「大学入試センターでもこの杜撰さで作問しているのだから」「大学入試センターだって,出題ミスとは認めなかったのだから」として,悪いメッセージになってしまい,私大の入試がさらに悪くなることだって考えられる。
Posted by dg_law at 07:30│Comments(0)