時代の正体〈407〉差別の否定を呼び掛ける ヘイトスピーチ考
【カナロコ・オピニオン】(10)デジタル編集部兼報道部・石橋学
- 神奈川新聞|
- 公開:2016/10/22 12:59 更新:2017/04/02 09:53
川崎市川崎区の崔(チェ)江以子(カンイヂャ)さん(43)に浴びせられているのは単なる罵詈(ばり)雑言ではない。在日コリアンというマイノリティーに対する歴史的、構造的差別を前提にした攻撃ゆえ、与える打撃は大きい。
沈黙と諦めを強い、それは差別され、傷つけられることへの諦めにとどまらない。出自を隠し、ありのままを生きられなくなる。そうした苦しみを、かつて自分のルーツに否定的なイメージしか持てなかった過去から知る崔さんはヘイトデモに抗議の声を上げ、実名での報道を自ら願い出た。
「生きること自体を諦めてしまわないよう、私が声を上げることで希望を示したかった」
そうして差別をやめようと口にした途端、さらなる差別が襲う。邪魔をするな、これまで通り自由気ままに差別をさせろという叫びがそこから聞こえる。
バーチャルな世界での書き込みだ。気にしなければよい。見なければ済むではないか。そんな声が聞こえてくる。
だが殺害までを想起させる「原因菌は元から断たないとダメ」「あなた方に消えてほしいと願っている」という書き込みまでが続いているのに、どうして気にせずにいられるだろう。長男の中根寧生(ネオ)さん(14)が毎朝、スマートフォンをチェックするのが日課になって久しい。それは母親を守るため、自身への差別書き込みが削除されているかを確かめるため、だ。
差別と向き合う。それは自分が差別されている存在であることを確かめる作業でもある。崔さんは言う。
「数の多さに驚くことはなくなっても、慣れるということはない。毎朝新しい書き込みがなされるたび、書き込みが消されていないことを確かめるたび、一件一件にしっかりと傷つく」
自宅の表札を外した。インターホンの電源を切り、居間の固定電話には出ないことにした。子どもに近所のコンビニへ連れて行ってとねだられても一緒に行けない。「私にはネットで書き込みをしている人を知りようがない。一緒のところを襲われたら守りようがない」。小学4年生の次男は「知らない人に声を掛けられたら、お母さんの名前は『みさえ』といいます、と答えるよ」と言った。
被害は現実の生活に深く刻みつけられている。
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