こと歴史、特に近代史に関する限り、wikipediaが当てにならないのは今に始まったことではないのだが。
反中バカが、中国人犠牲者数が年々増えている、と主張している根拠(らしきもの)がこれ。
発表年 犠牲者数 調査・出典 補足
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E4%B8%AD%E6%88%A6%E4%BA%89#.E4.B8.AD.E5.9B.BD.E5.8B.A2.E5.8A.9B.E3.81.AE.E7.8A.A0.E7.89.B2.E8.80.85.E6.95.B0
終戦時 132万 GHQ調査・発表 国民革命軍のみ
終戦時 132万 国民党政府調査・発表 国民革命軍のみ
1948年 438万 国民党政府報告書 1948年までの確認数(【注意!】この時加算された犠牲者数の中には日中戦争終戦後に勃発した国共内戦などでの犠牲者数が含まれていることに注意)
1950年代 1000万 共産党政権発表
1970年 1800万 共産党政権発表
1985年 2100万 共産党政権発表(抗日勝利40周年) これ以後 博物館や教科書で公式数字となる
1998年 3500万 江沢民発表 江沢民氏の演説で発言後、南京大虐殺記念館での公式数字となる
2005年 5000万 卞修躍博士発表(抗日勝利60周年)
まあ、132万人が「国民革命軍のみ」と書いてるだけまだ良心的と言えるかも知れない*1。
しかし、それ以外は、出典すら明らかでないものもあり、死者なのか死傷者なのか犠牲者なのかすら不明瞭という比較以前の問題というひどいものである。
そこで、出典などをこちらで調べてみた。
まず、一般人レベルで手軽に入手できる資料のうち、最も詳しく書かれているのは、臼井勝美の「日中戦争 (中公新書)」(2000年、旧版は1967年)だと思う。
P208-209に書かれている内容をまとめると以下のようになる。
国民党関連1947年5月21日
(東三省、台湾、解放区の死傷者を含まず)
- | 国民党軍 | 民間人 |
---|---|---|
戦死者(死亡) | 132万8501人 | 439万7504人 |
戦傷(負傷) | 176万9299人 | 473万9065人 |
失踪 | 13万0126人 | - |
死傷者計 | 322万7926人 | 913万6569人 |
病死 | 42万2479人 | - |
共産党関連
- | 中共軍 | 民間人 |
---|---|---|
死亡 | 16万0603人 | 317万6123人 |
負傷 | 29万0467人 | - |
捕虜 | 4万5989人 | - |
失踪 | 8万7208人 | - |
強制連行 | - | 276万0277人 |
寡婦、孤児、身障者 | - | 296万3582人 |
難民 | - | 2600万人 |
計 | 58万4267人 | - |
(「中共抗日部隊発展史略」1990年)
と言うか、これらで上記、年々増加のデマはほとんど説明できてしまう。
まず、「終戦時 132万 GHQ調査・発表 国民革命軍のみ」*2は、「国民党関連1947年5月21日」の国民党軍戦死者の数132万8501人を指していると見てよいだろう。
次に「1948年 438万 国民党政府報告書 1948年までの確認数」は、同じく「国民党関連1947年5月21日」の民間人死者数439万7504人だと思われる。
で、「(【注意!】この時加算された犠牲者数の中には日中戦争終戦後に勃発した国共内戦などでの犠牲者数が含まれていることに注意) 」については、まるっきり根拠がない。民間人死者数439万7504人は、1947年5月時点で出ている数字であり、この時点では国共内戦は国民党軍が中共軍を圧倒している。そのため国民党支配地域で民間人犠牲者が増えたとは考えにくい。また、(東三省、台湾、解放区の死傷者を含まず)というのも無視出来ない。
「国共内戦などでの犠牲者数が含まれている」というのは、かなり高い確率でデマと言ってよいだろう。
次に国共内戦が中共の勝利で終結した後の調査結果であろう「1950年代 1000万 共産党政権発表」であるが、「中共抗日部隊発展史略」によると中共支配地域での死者数は約330万人。これに国民党軍戦死者・病死者・国民党支配地域の民間人死者を加算すれば、死者数で約950万人。東三省での死者を除いていることを考慮すれば、1950年代において、中共政府が日中戦争の死者を1000万人と発表したとしても、別に何もおかしな話ではない。
国民党政府の調査から漏れていたデータを加算しただけに過ぎない。これのどこが問題なのだろう。
ちなみに、国民党政府のデータだけでも「死傷者」とするなら軍民合計1230万人に達する。
さて、次は反中バカが示す2度目の中共発表なる「1970年 1800万 共産党政権発表」であるが、これも国府・中共双方の軍民死傷者数*3を指すのであれば、合計約1860万人である。
1970年になって増やしたのではなく、単に負傷者・病死者・寡婦、孤児、身障者を含めるかどうかの解釈の違いに過ぎないで説明できる。
では「1985年 2100万 共産党政権発表(抗日勝利40周年)」はどうか?
上記の国共軍民死傷者数1860万人に強制連行犠牲者を含めると2100万人を超える。犠牲者というくくりであり得る解釈であり、これも初期のデータから説明できる数字に過ぎない。
さて「1998年 3500万 江沢民発表」であるが、肝心の江沢民演説なるものがWEBでは見つからない。一応産経新聞が、2007年12月17日の社説で参照しているくらいなので*4、全くの捏造ではなかろうが、3500万人の死者なのか、死傷者なのか、犠牲者なのか。その辺がさっぱりわからない。
ちなみに、上記中共の集計にある、難民2600万人を考慮すれば、「中共抗日部隊発展史略」における死者数330万人、負傷・強制連行・寡婦、孤児、身障者約600万人を含めて、約3500万人になる。
江沢民の演説内容が、難民も犠牲者とみなすような内容であったなら、3500万人の犠牲者数というのもただの解釈問題に過ぎなくなる。
最後の「2005年 5000万 卞修躍博士発表(抗日勝利60周年) 」であるが、これだけは毛色が異なる。
簡単に中国の公式見解とは言えない一研究員の論文であって、これを比較に用いる意味がわからない*5。
それに、これはそもそも、死者数ではない。
(中国通信=東京)中国人民抗日戦争記念館のウェブサイトは、「抗日戦争期の中国の人口損失〈人的被害〉分布」と題する中国社会科学院近代史研究所副研究員の卞修躍氏の論文概要を載せた。卞氏はその中で、抗日戦争による直接の死者を2062万人、死傷者を最低3480万人と見積もっている。以下論文の内容を紹介する。
1953年の第1回全国人口調査の主要データを利用し、民国時代の人口増加関連指数と合わせて、1937年と45年に中国に実際にいた可能性のある人口数を逆算し、それによって抗戦時代の人口損失の全体的見積もりを行った。これらの基礎研究作業を通して、抗戦期の人口損失の初歩的結論が得られた。つまり中国の抗戦による直接人口損失の累計可能な見積もり数は2062万人で、累計可能な戦争の直接負傷障害人口を合わせると、軍民の死傷は最低3480万人となる。同時に、中国の抗戦による直接の死傷人口は計4100万以上になるはずで、戦時中の行方不明・捕虜などの数字を合わせると、戦争が直接中国にもたらした死亡、負傷障害、失踪などの人口損失は4500万人を超えると考える。さらに人口損失の見地からは、抗日戦争期の中国の人口損失総数は5000万人以上にのぼるはずである。
http://www.china-news.co.jp/society/2005/08/socl05080804.htm
つまり、死亡、負傷障害、失踪などの人口損失を人口学的に推定した結果として5000万人と言っている。個別の用語に対する定義が記事だけでは判然としないのでこれ以上の評価はできないが、推計手法が異なっている以上、それまでと違う結果が出るのは別に不思議なことではなく、一々「捏造」とはしゃぐ方がどうかしていると言わざるを得ない。
似たような例としては、秦郁彦による従軍慰安婦の数の推計がある。兵士の数と回転率から概算した結果が最大20万人程度となっているが、これを公文書などからの累計で推定すればまた違った結果になるだろう。推計とはそういうものである。
まとめ
さて、反中バカが、中国人犠牲者数が年々増えている、と主張している根拠だが、国民党・中共からそれぞれ1冊の資料を見れば全て解釈の違いで説明できてしまう。
「新版日中戦争」(2000年)をちらりとでも見て考える頭があれば、バカ騒ぎする必要などなかったわけだ。
出典・資料を調べるという最も基本的なことをやらずに「犠牲者数が130万から3500万に変わる中共発表など信用できない」とほざいているバカには、もうつける薬がない。