「将来への不安」を感じている人は全体の77%、さらに30歳代から60歳代までの不安内容のトップは「老後の生活」だという(連合「日本の社会と労働組合に関する調査」2017年4月)。そんな不安を払拭するためには、どうキャリアアップしていけばよいのか。転職が当たり前の時代には、「長く会社にいて何でもできる気がするけど、実は何もできない」という飼い殺し社員にならないことが肝要だ。社外でも通用する力を身につけ、求人が急減する「35歳の壁」を超えていく方法とは――。
■会社に飼い殺しにされる4つのパターン
大学を卒業した新入社員の時点では豊かな可能性を秘めていた人が、5年、10年、20年と会社員生活を送っていくにつれ、後天的に才能を変形させてしまい、結果的に本人が持っていたポテンシャルを生かしきれないまま定年を迎えてしまう。また、本来なら30歳代や40歳代からでも「多様な仕事にチャレンジ」できていたはずの「キャリアの流動性」を損なってしまっている。転職活動中の方と日々お会いしていると、そういう実態を驚くほどたくさん目にします。
本人もうすうす感じてはいたものの、いざ転職活動を開始してみると、会社に飼い殺しにされてしまっていた事実を、「何社応募しても不採用」という残酷な結果で思い知らされるケースもよくあります。
長い時間をかけて、知らないうちに会社に飼い殺しにされてしまうのは、どういうメカニズムによるものなのでしょうか。まじめに働けば働くほど、徐々に可能性を削り落とされる4つの落とし穴をまとめてみました。
(1)ジョブローテーションによるいびつなキャリア形成
「総合職」という名称で、文字通り「会社員」として働き始める日本の働き方は、社員一人ひとりにとっては、きわめて専門スキルを高めにくい環境となっています。特にジョブローテーションという組織の都合を優先させた人事異動は、「なんでもできる気もするが、実は何もできない」人材を大量に生み出す温床となっています。
「組織全体の中の多様なファンクション(機能)を経験することで、会社の全体像を理解し、将来の幹部候補としての視野・視座を育てる」。経営側にはそのような大義名分があるかもしれませんが、実際にはその企業独自のカルチャーに染まるだけで、社外で通用する流動性を大きく損ないかねません。
「総合職という前提と『○銀マン』というプライドのようなものがあったので、人事異動に異を唱えるなんて考えたこともありませんでした。結果的に6つの支店で中小企業向けの営業を12年、人事採用2年、教育研修を2年と、振り返るとこれといって胸を張れる経験がないままにここまで来てしまいました。転職することになるのなら、もう少し早く自分のキャリアを考えて、担当業務に関係なく、資格をとるなり、ネットワークを広げるなりしておいたほうが、中途半端な状況にならずに済んだかもしれません」(Aさん・39歳・地方銀行・営業)
勤務先である銀行の業績不振によって転職を検討しているAさんは、いざ転職を考えるタイミングになって、自分のキャリアが分散して強みと呼べるスキルがないこと、そして社外でどんな仕事をしていけばよいかという選択肢が思い浮かばないことに、悔いを感じていました。
(2)クローズドコミュニティーによる外部情報との断絶
企業規模が大きくなればなるほど、日々接する情報のほとんどが社内に閉じたコミュニケーションになってしまう傾向があります。社外の情報は、新聞の朝刊やニュースサイト、SNS(交流サイト)、深夜のニュース番組だけで、会議や打ち合わせから、仕事帰りの飲み会、ゴルフ接待や冠婚葬祭まで、社内の会話に終始している人は珍しくありません。この状態が5年、10年と続いたら、たいていの場合、気づかないうちに「会社人間」になってしまっていても無理はありません。
「今回、初めて転職してみて、つくづく自分が世間知らずだったことを思い知らされました。仕事の進め方や、上下関係の慣習、人材育成や人事評価の考え方も、ぬるま湯につかっていたのだとよくわかりました。たった半年で辞めることになり、中途採用を受け入れてくれた会社には申し訳ない結果になりましたが、私にとっては大きな学びの機会となりました。次の転職先では、同じ失敗は絶対に繰り返しません」(Bさん・44歳・専門学習塾・経営企画)
半年前、20年以上勤めた家電メーカーを早期退職制度で辞め、学習塾チェーンに飛び込んだBさんは、あまりの価値観や考え方の違いで、6カ月で再び転職することになりましたが、「自社の常識が世間の常識」と思い違いしてしまうことの恐ろしさを、身をもって体感されたようでした。
(3)指示待ちの常態化でスポイルされる自立性
会社のビジョンやミッション、経営方針の中で「当事者意識を持って自立して働くこと」を奨励していない会社はないといってよいと思います。特に経営者は、期初の方針発表や社内研修などの機会に、ことあるごとにそのようなメッセージを発信しているのではないでしょうか。しかし、組織が大きくなればなるほど、この理想が形骸化し、末端では、指示待ち族やことなかれ主義がまん延するリスクをはらんでいます。
特に、タテ社会のマネジメントが厳しく、結果による評価が明確に実施される会社では、経営トップや発言力のある幹部に対する忖度(そんたく)が日常的に行われ、結果を出すことより上司の意思に従うことが目的化する場合が多々あります。
能力があればあるほど、上司の意思を正確に体現する「ミッション戦士」と化し、方針や戦略に欠陥を見つけても指摘することなく、粛々と会社にマイナスを背負わせていくことになりかねません。
「私の強みは、与えられたミッションがどれだけ難易度が高いものでも、あきらめずにやりきることです。結果につながることを信じて全力で取り組みます」
「組織間の利害対立を調整することが得意です。企画部門にいて、これといった専門スキルはありませんが、調整役が求められる職場があれば活躍できると思います」
タテの指揮命令系統が強い会社に長くいる方は、このような自己PRをすることが多くなります。それ自体が悪いわけではありませんが、35歳を超えてもこのPRを続けていると、「結果を出すことにコミットできない人材ではないか」という疑問を持たれて、特に中堅以下の成長企業では選考突破が難しくなります。
(4)好待遇漬けによる相場観のかい離
恵まれた年収や福利厚生、企業年金などの好待遇も大企業になるほど顕著な傾向ですが、中堅企業でも社歴が長くなると待遇が手厚くなるケースは珍しくありません。
40歳以降の転職では、前職企業より大規模の企業に転職することはまれで、中堅・中小企業に転職するケースが多くなりますが、その際に最大の壁になるのが、この好条件漬けによる条件のギャップです。その人の力量が必要とされ、「三顧の礼」で迎えられるような場合であっても、提示される初年度の年収は希望年収とギャップがあることが多く、熱烈なオファーを辞退してしまう残念なケースは日常茶飯事です。(転職後の年収の増減、転職初年度の年収の注意事項は「『転職すると年収が下がる』は本当か? データで検証」参照)
そのオファーを辞退した後に、より好条件の転職先が見つかればよいのですが、たいていの場合、簡単には見つかりません。結局、時間切れとなってしまい、辞退した企業よりも低い条件の転職先で妥協することも多いので、なおさら残念さがつのります。
■「自分にしかできない仕事」をどう育てるか?
長い期間をかけて、静かに少しずつはまっていく落とし穴を回避するには、具体的に何をすればよいのでしょうか。
これまで転職をお手伝いした中で、この落とし穴をクリアしている方の共通点には、
●世の中の情報を常に仕入れ、ギャップが少ない状態を維持している
●そのために社外の友人や異業種の知人と幅広く付き合っている
●仕事以外の趣味や活動を重視している
●自社の中で、「その人にしかできない仕事がある」と評価されている
という要素があります。
「その人にしかできない仕事」というのは、決してノウハウを隠しているとか、後継者を育てていないわけではなく、同じことを任せるなら圧倒的にその人が高い成果を生み出せると衆目が一致しているような状態を指しています。
上位者も一目置く影響力をつけているからこそ、社内の論理だけにのみ込まれず、間違った戦略や方針を抑止することができ、結果的に社外での通用度の高い普遍的なスキルを磨いていけるのかもしれません。そして、そういう状態を本気で目指したいと思う人であれば、年齢がいくつであっても決して遅すぎることはないと信じています。
※「次世代リーダーの転職学」は金曜更新です。次回は2月9日の予定です。この連載は3人が交代で執筆します。
黒田真行 ルーセントドアーズ代表取締役。日本初の35歳以上専門の転職支援サービス「Career Release40」を運営。1989年リクルート入社。2006~13年まで転職サイト「リクナビNEXT」編集長。14年ルーセントドアーズを設立。著書に本連載を書籍化した「転職に向いている人 転職してはいけない人」(【関連情報】参照)など。「Career Release40」http://lucentdoors.co.jp/cr40/ 本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。