「……ミッション、お願いします!」
「うん! では、ミッションを出すね。
ミッションその① すべてを『自分のせい』にすること」
「自分のせいにする……?!」
「うん。これから、自分の身に起きることは、どんなこともひとまず『自分のせい』にしてみよう」
「……???」
「自分のせいにするってことはね、自分がどういう行動をとっていたら、そうならないですんだか、それを見つけることなの」
自分がどういう行動をとっていたら、そうならないですんだか……。
「それを見つけることで、その時に味わった嫌な思いは二度としないですむようにできるから。どんなこともね、それが自分のせいであれば、改善することができる。自分のせいで起きたことは、二度と起きないように対策を打てるんだよ」
「自分のせいであれば、改善できる……」
「うん。人のせいや、運のせいにしてしまったら、その現実はどうすることもできないけど、自分のせいなら、自分が行動を変えれば、未来は変えられるから。自分のせいにすることができれば、そこからどうにかできる。だからね、自分のせいにする習慣をつけよう」
「やったことがないから、ちゃんと自分のせいにできるかわからないけど、やってみます……!」
「いいね! じゃあ、今日鳩のフンをくらったのは、どうして?」
「私があの道を日傘もささずに通ったせいです」
「ご名答」
ハナコは楽しそうにニコッと笑った。
「訓練のために、私も出題していいですか?」
「出題(笑)。どうぞ!」
「私、よく誤解されるんです。私のせいだと思うんですけど、私の何がいけないんですかね?」
「説明不足なんじゃないかな。人から誤解された時は『私が言葉足らずだったせい』と考えてみるのはどうかな。そうすれば、あとどんな言葉を足していればわかってもらうことができたのかって考えることができる」
「なるほど……!」
「うん! じゃあ、次のミッションね。
ミッションその② どうすれば、そうじゃなくなれるのか考えて、努力してみること。
これもぜひ、念頭に置いてほしい!」
「どうすれば、そうじゃなくなれるのか……考えたことなかった……嫌なことがあったら嘆いたり文句を言ったりしているだけだった……」
「あのね、光恵ちゃんが『この人は生まれつき恵まれている』って思っている人の中には、努力をしてそうなっている人もたくさんいると思うよ」
「そうなんですかね……? にわかには信じがたいですけど……ハナコさんは、そういうのありますか?」
「努力で克服したこと?」
「はい」
そう言うとハナコは、大きな瞳で大げさに斜め上を見上げ、考えるような仕草をした。可愛い。優しくて可愛い人は最強だ。光恵は素直にそう思った。
「光恵ちゃん、私の髪質って、どう思う?」
「え? ツルツルというかサラサラというか、天使の輪があって綺麗だなって。私はくせ毛だから、ああいいなぁって、顔やスタイルだけじゃなく髪質までよく生まれていて恵まれているよなぁ羨ましいなぁって」
「これ、スタイリングテクニックの賜物だよ。アイロンの力だから。ヘアアイロンで、髪質を殺しているだけだから」
「え?」
「元の髪質、鬼のくせ毛だから」
「え……?!」
「光恵ちゃん、ノーセットでその程度のくせ毛でしょ。私よりだいぶマシだから(笑)」
「そ、そうなんだ……!」
「うん。だからね、他人が裏でどんな努力をしているのかなんてわからないし、大人になって出会った相手の何が生まれつきで、何が努力で克服したことかなんて、全然わからないものなんだよ」
「そうですね……」
「羨ましがっている対象は実在しないものかもしれない。光恵ちゃんが思うほど、恵まれている人はいないのかもしれない。だから私としては、その気持ちから自分を解放してあげてほしいよ。妬むのってすんごいエネルギーを使うし、ストレスになるし、疲れるからね」
「たしかに……妬むのって、すごくイライラするから、身体に悪そうだなぁとは思いますね……」
「自分と向き合って、自分をどうにかする。それしかないよ」
「……はい!!」
小学校低学年でブスを自覚したあの時から、自分の中には、ありとあらゆる他人への嫉み妬み僻みが渦巻いていたように思う。そしてそれはそのまま『運が悪い』ことへの苛立ちになっていた。
こんな風に私を産みやがって。とんだ災難だ。ずっとそう思っていた。そしてこれから先もずっと、こんな人生を生きていくしかない運命なのだと思っていた。
光恵は、自分の中にあるそういう黒い気持ちがまるで浄化されていくような、そんな解放感を感じていた。心が軽い。こんな気分ははじめてだ。
「光恵ちゃん、次が最後のミッションね」
最後のミッション。一体なんだろう。ドキドキする。ワクワクもするし、少しだけ緊張もする。
「ミッションその③ 『幸せになる』って決意をすること」
「……!」
「光恵ちゃん、幸せになりたがろう。その意志がないと、幸せな人生って手に入らないんだよ」
*
帰り道で、光恵は早速日傘を買った。そして、さっき鳩のフンを落とされた場所を無事に通り過ぎると、少し離れたところで立ち止まり、振り返ってみた。
「めっちゃ鳥だらけ……。そりゃフン落ちるわ……」
光恵はそこが、多くの鳥たちが休息所として活用している電線の真下であることに気がついたのだった。
光恵ちゃん、幸せになりたがろう。ハナコの言葉が蘇る。
私の幸せってなんだろう。何が手に入れば、そして何を手放すことができれば、私は『幸せだ』と思えるのだろう。
日傘を買った雑貨屋でピンク色のノートも買った。家についたらこのノートに、私の幸せの定義について書き出してみようと思う。光恵はワクワクしていた。
*
その日、佐藤はいつもよりも30分早く出勤した。雨の日はハナコが30分前に来るので、それに合わせて佐藤も早く入るのだ。ハナコが来る15分前に鍵を開ける。エアコンをつけ、空調を整える。そして5分前にヘアアイロンのスイッチも入れておく。
「先生、おはようございます。アイロン温まってますよ」
「お、ありがとうー! いやー、雨の日はね、ここに来てからセットしないと、家でどんだけキメても、外に出たら一発で終わるからね、アホ毛大爆発」
「ですね。どんなスタイリングも、湿気には勝てないですよね」
「そういうこと」
「今日の予約リスト、ここに置いておきますね」
「ありがとうー」
「今日は男性の相談者の方が多いですよ。あと、けっこうご年配の方もいらっしゃるかも。名前から推測するに」
「そうなの? なんて名前?」
「彦三郎さん」
「たしかに、渋いね。親世代より上そうな気もするね」
私の仕事は、人の悩みを解決することだ。年齢も性別もさまざまな相談者たちがいろんな悩みを持って、毎日ここにやってくる。
「先生、僕、いつも思うんですけど」
「ん? なに?」
「相談されて、返す言葉に困ることってないんですか? 毎日これだけいろんな人が来ていると、どう答えたらいいかわからないような相談もさすがにありそうなものだけど。先生が言葉に詰まっているの見たことないなぁって。あ、いつも盗み聞きしているので」
「ないよ!」
「ないんですか」
「うん、だって、その場で考えて答えを出しているわけじゃないから」
「え?」
「もう、とーっくの昔に、私自身が悩み倒して解決した悩みしか、出てこないから。どれも過去に作戦を立てて解決したことがあって、すでに解決策を見つけ終わっているから、パッと答えられるの」
ハナコは思う。私こそがきっと、この世で一番、悩みやすい人間だと。物心ついた頃からずっとそう。そして悩んだ数だけ作戦を立てて、生きてきた。
「はー、さすがですね、先生。やっぱり僕の想像を絶してます」
「ねえ、佐藤くん」
「はい」
「人生って、どんな人が勝ち組だと思う?」
「え? 勝ち? えー……お金も愛も手に入れている人とか、ですか?」
「常に今を『幸せだ』って思えていて、今日ちゃんと笑っている人」
世の中には、勝ち組と呼ばれる人と、負け組と呼ばれる人がいる。
勝ち組にあって、負け組にないもの。それは、「幸せになる」ことへの決意であり、「幸せでいる」ことへの執着だ。
「絶対に幸せがいい! 幸せじゃなきゃ嫌!」という気持ちが固まった時、どんな人でも勝ち組への一歩を踏み出せる。
「なるほど。じゃあ僕は勝ち組です」
「うん」
「なんで、って訊いてください」
「なんで(笑)」
「先生の助手になれたから。先生が僕の人生の登場人物でいてくれる限り、僕は勝ち組です。毎日楽しいですから」
「そっか、それはよかった」
作戦を立てて実行することは、その悩みから自分を解放することだ。悩みにつきまとわれて生きていくことに私は耐えられない。だから必ず、解決したい。
イラスト:もりちか
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