しかし、有業人員二人の世帯の方が所得水準は高く消費全体の金額も多いために、エンゲル係数は有業人員一人の世帯では24.1%であるのに対して、二人の世帯では23.5%と低い。有業人員二人の世帯の方が、持ち家率が高く家賃・地代への支出が少ない。有業人員二人の世帯では消費支出の一部である家賃・地代の代わりに、消費支出には表れない住宅ローンの返済支出があって住居関連消費支出が少なく見えることを考慮すると、エンゲル係数で見る以上に食料への支出割合は低いと言えるだろう。女性の社会進出が進んだことで食費は増加したが、これがエンゲル係数の上昇要因となったとは言えないと考える。
3――近年の急上昇の理由
第二次世界大戦直後に生まれた団塊の世代は、2012年に65歳に達し始めて労働市場から引退しつつあり、このため労働市場では需給がひっ迫し、有効求人倍率の上昇と失業率の低下が起こっている。しかし、家計調査の世帯分布では無職世帯は2012年の32.0%から2016年に34.1%に上昇したものの、2012年以降に構成比の上昇が加速しているようには見えない(前出図表3)。
家計調査(農林漁家世帯を除く)の平均世帯人員数は、1963年の4.33から2016年には2.99人に低下しており(前出図表6)、世帯規模の縮小が著しい。世帯人員の減少は子供の数が少なくなったということだけではなく、世帯主年齢の上昇によって子供が独立した後に高齢の夫婦のみとなった世帯の増加も原因であるため、これによってエンゲル係数がどちらの方向に影響を受けているのかは、はっきりしない。
人口構造面の要因がエンゲル係数を急速に上昇させたとは考えにくく他の要因が大きいと考えられる。このことは、エンゲル係数の2010年前後から2016年の間の動きを見ると、世帯主年齢層が30歳台、40歳台、50歳台でも上昇していることからも裏付けられる。世帯主の年齢構成がより高齢者側にシフトしていることによる影響という長期的な変化に加えて、全ての年齢層でエンゲル係数の上昇が起こったことが全体としての上昇を加速した。
世帯規模が縮小傾向にあるために2000年以降家計の消費支出全体が減少傾向を辿っている。世帯人員の変化を補正するため、ここでは一人当たりの支出額を見てみた(図表8)。2013年以降、消費支出全体はほぼ横ばいの水準に留まっているのに対して、食料への支出金額が急速に増加しており、食料への支出の急速な増加が近年のエンゲル係数の上昇をもたらした原因であることが分かる。
2014年4月に消費税率が5%から8%に引き上げられたことはこの一つの原因だ。食料品には消費税が課税されるが、消費支出全体には医療費や地代・家賃、学校の授業料など消費税の非課税品目が含まれている。このため、消費税率の引き上げによる消費者物価(帰属家賃を除く総合)への影響は食料への影響を下回ることになったからだ。
エンゲル係数が上昇していることには、食料以外の費目への支出に関する様々な要因も影響している。
教育に対する支出は、世帯全体の規模ではなく「世帯人員数マイナス2」を子供数とみなして人数の修正を行なうと実質で増加しており、家計はむしろ支出を増やしていると見ることができる。被服及び履物の減少は大幅だが、世帯主年齢が60歳以上の世帯では消費支出に占める被服及び履物の割合が低く、世帯主年齢の高い世帯の割合が高まっていることが原因だ。
2012年以降短期的には住居がやや大きな減少を示しているが、持ち家世帯の割合は、2000年の78.1%から2016年には84.9%に高まっている。2012年以降は持ち家率の上昇速度が若干速まったことも、ここ数年の住居の支出が世帯人員や物価上昇率を考慮しても縮小したことの原因とみられる。
おわりに
一方、最近の短期的なエンゲル係数の上昇は、食料と消費支出全体の物価上昇速度の差によるものだ。日本経済がデフレから脱却する過程で、賃金上昇よりも先に食料などの生活必需品の価格上昇が起こる場合には、エンゲル係数の上昇が続く可能性が高い。過去はこうした状況は長期間は続かずエンゲル係数の持続的上昇の要因にはならなかったが、今後賃金上昇率が高まらなければ消費の足かせとなる恐れがあるだろう。