BBC前中国編集長、BBCの男女賃金格差は「侮辱」 英議会で証言
男女の賃金格差に抗議してBBC中国編集長を辞任したキャリー・グレイシー氏は31日、英下院委員会に出席し、一部の女性従業員に対するBBCの扱いに「とても怒っている」と証言した。
下院デジタル・文化・メディア・スポーツ(DCMS)特別委員会に出席したグレイシー氏は、BBC記者歴30年以上の自分が中国編集長として、北米編集長や中東編集長の男性同僚よりも大幅に少ない給料を得ていたのは、経営陣に自分がまだ「発展途上」だとみなされていたからだと知り、「侮辱」だと感じたと証言した。
55歳のグレイシー氏は、中国語を流暢(りゅうちょう)に話す中国の専門家。自分の給料が同僚よりも低かった理由をそのように正当化されたのは、「侮辱の上塗り」で、「女性幹部にそのような物言いをするなど、許されない」と主張した。
「そのような前提があったなら、最初から中国に赴任しなかった。私は最初から、賃金の平等を要求していた」
同じ委員会に出席したBBCのトニー・ホール会長は、BBCが「間違いをいくつか犯した」と認めた上で、グレイシー氏の「勇気を尊敬する」と述べた。
ホール会長は、給与の苦情申し立てに対するBBC内の仕組みは「機能している」と強調し、平等は「我々が体現するものの根幹」にあると述べた。しかし、一部の議員からはこの問題をめぐりBBCが「メルトダウン状態」にあると批判された。
グレイシー氏は、時にこみ上げる感情をこらえながら、苦情申し立ての手続きは「とても苦痛だった」と話した。組織と「対立していることは負担」で、苦情申し立ての過程で上司たちは「自分の仕事ぶりについて、こちらの自尊心を押しつぶそうとする」とも述べた。
30日に公表された外部監査報告は、「給与決定過程において性差別の証拠はみられなかった」と結論している。しかし、監査法人PwCによるこの報告について、女性従業員約200人を代表する組織「BBC Women」は、事実と異なると反発した。
BBCの給与については昨年7月、年間15万ポンド(約2300万円)以上の給与を得ている3人に2人が男性だと発覚し、格差が問題になっていた。
グレイシー氏は議会でさらに
複数の女性従業員から同じような話を聞いたとグレイシー氏は言い、「(BBCが)他の人にどういう思いをさせたか知って、とても怒っている。一部の女性がどのように苦しめられたか、見聞きした内容に、本当に怒っている」と述べた。
グレイシー氏は2013年に中国編集長に就任したが、中国、欧州、北米、中東の国際編集長4人のうち、自分と欧州編集長の女性2人より、北米と中東を担当する男性編集長2人が「少なくとも5割は多い」給与を得ていたことを知り、1月7日に編集長職を辞任した。
BBCは10万ポンド(約1500万円)を未払い分として支払うと提示してきたが、「賃金格差を暗黙に認めている」ような気がしたとグレイシー氏は話した。
「何より受け入れがたいのは、2014年と2015年と2016年の3年間の自分について、(BBCは)要するに私が『発展途上』段階にあると言っていたことだ」
グレイシー氏はさらに、経営陣の対応は「BBCの評判をまったく容認しがたい形で傷つけている」と強く批判した。
「私たちはBBCで歯磨き粉やタイヤを作っているわけではない。私たちは真実を扱う仕事をしている。真実がなくては機能できない」
「自分たちを正直に見つめる覚悟がないなら、他のことを正直に報道すると、どうやって信頼してもらえるのか」
グレイシー氏は中国を離れて、ロンドンの編集局の仕事に戻る。
「私は明日にもBBCを辞めて、もっと高収入の仕事に就くことができる。けれども、この状態では辞めたくない。BBCは大変な状態に陥っているので、みんなで何とかしなくてはならない。BBCの素晴らしい女性たちと一緒になって、BBCがきちんと対応するよう私も協力しなくてはならない」とグレイシー氏は強調した。
経営陣の反応
ホール会長をはじめ、複数のBBC幹部も下院委員会で発言した。
会長は、「(グレイシー氏が)皆さんに説明した苦情申し立ての結果から、確かに我々が間違いをいくつか犯したのは明らかです。そうでなかったら良かったのにとは思うが、確かに間違いがあった」と認めた。
会長はさらに、グレイシー氏が「BBCのために一級品の働き」をしてくれたと述べ、「彼女の仕事ぶりを否定するつもりはまったくない」と強調した。
BBC内の高給ポストが「男性に独占」されているのは間違いで、問題の解消に努めているとも述べた。
ホール会長は、給与は「性別によって決まるものであってはならない」と同意し、「もしそうだったなら、とんでもないことだ」と話した。
ただし、編集長同士の間に給与の順列があること自体は、問題ではないと述べた。
BBCでは男性同士の個人的なつながりで昇進などが決まるのかと聞かれると、会長は「そうは思わない。BBCはそうあってはならないし、そうではないと信じている」と答えた。
「私は機会平等を重視している。適切に可能な限り、BBCの重要ポストに女性を登用しようとしてきた。ニュースにおける重要ポスト、特派員や記者としても」と話した。
委員会の質疑の途中で、BBC理事長のサー・デイビッド・クレメンティは隣に座っていたグレイシー氏に向かって姿勢をただし、組織による過ちを謝罪した。
クレメンティ理事長は後に、保守党のジュリアン・ナイト議員に対して、苦情審査過程でBBCが「いくつかミスを犯した」のは明らかだと話した。
「彼女が経験したことについて謝罪する。関係当事者にとって、そういう申し立ての場がどれほどストレスだらけの不快なものか、承知している。私たちにとってもそうだが、本人にとってははるかにそうだろう。本当に申し訳なく思っている」と理事長は述べた。
なぜ中国と北米で編集長給与に差が
BBCのニュース責任者、フラン・アンズワース氏は、グレイシー氏が中国編集長に選ばれた際、その給与は実は中東や北米の編集長より高かったと説明した。
「その時点でキャリーの給与額を決めた際、性別に関する問題は何もなかった」
ただし、グレイシー氏の就任後にソープル氏が北米編集長に就任し、給与が逆転した。
「ジョン・ソープルの経歴と、それまでの給与が理由だった。(テレビチャンネル)BBC Oneやワールドニュースのキャスターを経験していた。BBCニュースの元政治編集長で元パリ特派員だった。キャリーがBBCニュースでキャスターだった当時よりも、ジョンははるかに高い給与を得ていた。その彼に北米に行ってもらいたいと要請した際に、給与を減らしたりしなかった」とアンズワース氏は説明した。
さらにアンズワース氏は、「中国のニュースが多い時期でも」ソープル氏はピークの放送時間帯にグレイシー氏の「2倍は出演していた」と指摘。「中国のポストはそれとは性質が違う。中国編集長の仕事はもっと、解説や特集を中心とした報道で、北米編集長のように容赦ないトレッドミルで絶え間なく走り続けるような仕事とは異なる」と話した。
アンズワース氏は、グレイシー氏の職務を「パートタイム」などと呼んだことはないが、もし自分の「軽率」な物言いでそのような印象を与えたなら謝ると、グレイシー氏には伝えたと話した。
ホール会長も、ソープル氏が新しい北米編集長になった時点でグレイシー氏の給与を再検討しなかったのは、「間違いだった」と付け足した。
グレイシー氏を支援するのは
この日はケイト・エイディー、マリエラ・フロストラップ、ケイト・シルバートン、ルイーズ・ミンチン、ナガ・ムンチェッティなど、多くのBBC女性記者が議事堂に集まり、グレイシー氏を応援していた。
グレイシー氏が証言するなか、野党・労働党のハリエット・ハーマン副党首はツイッターで、「下院特別委でBBCのキャリーが思いをこめて、大事な話をしている。キャリー、賃金格差についてこれほどはっきり話をしてくれてありがとう。BBCだけでなく働く女性すべてのため、変化のきっかけになる」と書いた。
グレイシー氏は、辞任発表からこれまでに一般市民500人とBBCスタッフ300人から応援のメールを受け取ったと話した。
<分析> BBCメディア担当編集長、アモル・ラジャン
下院DCMS特別委へのグレイシー氏の証言から、新たに分かったことがいくつかある。未払い金として10万ポンドの受け取りを拒否したことや、BBCが賃金格差の理由として本人が「発展途上」だからと手紙で返信したことなどだ。全文を確認しなければ文脈は完全には分からないが、不用意な表現に思える。
グレイシー氏は委員会で、自分が2度にわたり乳がんになったことや、最近になって身内に不幸があったこと、娘が白血病にかかったことなど、近年の自分の個人的な状況が非常に辛いものだったことも明らかにした。
昨年1年の間に中国と香港と台湾で計214日を過ごしたという証言は、一部報道を覆すものだった。自分に対する否定的な報道は非常に残念だとグレイシー氏は述べ、否定的報道のもととなる情報の出所はBBCだったはずだと主張した。
グレイシー氏は数回にわたり、BBCで働く自分は幸運だと思うと述べた。その上で、「BBC経営陣」は、BBCで働くスタッフの利益を損なう「要塞」のようなものだと話した。
女性スタッフを代表する組織、「BBC Women」にはすでに190人が参加していると述べたほか、すでにソーシャルメディアで広く取り上げられている印象深いキャッチフレーズをいくつか口にした。
その中でも特に印象的だったのは、「BBCは歯磨き粉を扱っていない。私たちは真実を扱っている」というものだったかもしれない。公共放送、公共への奉仕という原理原則を基礎にしている組織が、必ずしも正直ではなかったという告発は、BBCに打撃を与えるだけの力がある。