JUGEM 無料ブログ スマホからいつでもどこでもブログを更新★ジュゲムでブログを始めませんか?»
ブログをはじめる GMOペパボ株式会社

如月です…

2月1日

2月も激動…

もう2月です。よく「ニッパチ」と言われ、経済が停滞する月のようです。当たり前かぁ~。

 

たしかに1月は正月や成人式があり、その反動で2月は籠りがちになる、だから消費は進まない、そんなところでしょうか。

 

8月は夏休みということもあり、通常と消費の質は違ってきます。だからここでも停滞する。

 

と考えると、いずれも酷寒または激暑と気候変動のピークであり、さすがに寒すぎても暑すぎても消費は冷え込むっていうことなんだと思います。

 

今年の2月は例年以上に寒さが厳しくなると予想しています。また大雪が降り、交通機関は大混乱、都市機能はマヒ、そんなことを繰り返すんだろうなぁ~。

 

筆者のまわりでは、何もかもが大きく変わる月になるかもしれません。激動のここ数年ですが、その中でも今月は大きな動きが出てきそうです。

 

思い起こせば、昨年の2月5日が一つのターニングポイントだったのです。その日から身辺が一変し、大騒ぎの1年を送りました。そして、今年も…。

 

そんな予感のする月初1日です。

1月24日が節目に…

1月31日

振り返って…

早くも18年のひと月が過ぎ去ります。光陰矢の如し…とは。

 

2月も1日から大変です。お説教を聞きに行かなければなりません。早々から説教なんて…。

 

ということで、また激務の予感の2月を前に、1月の反省を。

 

今年は2日から高校サッカーを観に行ったりとアクティブに動き始めました。でも、その後が続きませんでした。

 

そうしたら再度電車拒否症が出てきて、加えて中盤からは身辺状況の変化があり、多忙のひと月でした。

 

で、24日にはこれも人生の節目になるような出来事が発生です。

 

3年前と2年前に立ち上げた組織が解散する(予定ですが)ことになりました。両方とも定款を作り、法務局に届け出て組織化したのですが、諸事情があり解散の予定です。

 

それも同じ日に解散の予定が決まるなんてドラマチックにもほどがあります。まぁショックでもありますが…。

 

ただし、筆者的には役割はそれ相応に果たしたと思っています。まわりの人や社会の評価はどうかわかりませんが、自分の中での納得はできてはいます。

 

社会もどんどん動いています。人も環境も変化しています。だから機動的にスクラップ&ビルドは必要でしょう。でも、自分で作ったものを自分で店仕舞するっていうのもイイ経験です。

 

まぁ作るより閉める方が時間も手間もかかりますが、経験値が増えるということで、また自前でコツコツ閉めていきたいと思っています。

 

そして、また時代に合ったものを作り上げる、その繰り返しが大事なんだろうなぁ~。

言ったことと違います…

1月30日

嘘つきって…

2018年も大変な年になりそうです。このひと月を見ればそれがわかっちゃいました。

 

忙しさからの脱却が今年のテーマの一つでしたが、性格なんでしょうか、なんでもかんでも背負い込んじゃいます。

 

でも、そこから大きなものにつながるヒントがありますので、ついつい可能性の追求をしちゃうんですが…。

 

そう言えば、昔、ある組織の立て直しをしたことがあります。前任者が海外の女性に貢いで組織をガタガタにしてしまったために、立て直しに入りました。

 

その時には複数の役員から依頼され「やりたいようにやります。暴君になります」と宣言し、それでもOKとなり引き受けたのですが、結果、やり過ぎた段で怒られちゃいました。

 

まぁそこまでやる必要はあったのですが、組織が元に戻ると対応はそんなもんです。

 

以前海外にいた時に、よく日本からお客さんが来ました。その際にアテンドをして、観光ではなかなか味わえないところに行ったり、精一杯おもてなしをしました。そうすると必ず言われました。「日本に来たら是非連絡してください、美味しいものをご馳走しますので…」と。

 

それを信じて日本に戻った際に連絡をするのですが、ほぼどの方も海外でのことは忘れてしまったようで、ぞんざいな扱いを受けたものです。ですから二度と「日本に戻ったら…」の言葉は信用しないことにしてました。

 

そうなんです。人は言ったことはすぐ忘れるんです。とくに恨みとか憎しみとかではない限り忘れてしまうんです。

 

まぁ筆者もよく忘れてしまいますんで、人のことはあまり言えないんですが、悪気はないんです。勢いがついてついつい耳障りのイイことを言ってしまいます。そしてすぐ忘れちゃう。

 

でも、言われた方からすれば、覚えていることが多いのです。覚えているから相手のことを「嘘つき」と思っちゃうんです。

 

そんなことを思いながら、言ったことは忘れないように書いておこうと決めます。でも、今度はそれをどこに書いたか忘れてしまう。それでまた「嘘つき」となる、何かそんな循環だなぁ~。

 

ということで、少なくとも今日からは言ったことはやり遂げよう、言ったことは守ろう、そう誓いたいのですが、どこか自信はありません。またやっちゃうんだろうなぁ。

有名人に…

1月29日

突き抜ける…

以前のブログで書いたことがありますが、ネット上で筆者の悪評を書いている人がいます。

 

その人との接点はほとんどなく、その人がアルバイトしていた法人に行っていた際、喫煙所等で話した程度です。

 

若い人に頑張って欲しいので励ましたつもりが、どう誤解されたのか、悪評に繋がっているようです。これじゃなにも喋れなくなっちゃいます。あ~コワッ。

 

仕事をしていて少し出過ぎると、叩かれることが多いことがわかりました。叩かれないためには、出過ぎないこと、または出過ぎて突き抜けてしまうこと、選択肢はその二つしかありません。

 

だから「責任取りたくない症候群」の若手が増えているんでしょうか。言われたことを言われた通りにしかやらない。それ以上は決して手を出さない。それが生きる上での処世術のような。

 

たしかに、突き抜けてしまうのには大変な労力が必要です。成功する可能性も低い、つまり中途半端で終わることが多いとも考えられます。だからそこまで突っ込んでいかない。

 

そうすれば叩かれることはなくなります。そちらの方が安全ですしストレスもかかりません。

 

でも、って考えます。

それで果たして生きているっていう実感が湧くんだろうかと。

 

自分が正しいと思った道を突き進むこと、これには大きな軋轢や摩擦や障害が伴います。だってそもそも、これまでの生きてきた道も考え方も価値観もすべてが他の人と異なるからです。

 

それぞれが他者との折り合いをつけ、また社会との折り合いをつけ共生しているんです。だから自分の正義に囚われていては、叩かれることもありますし、非難されることもあるでしょう。

 

それを調整しながら軌道修正をしていくために、教育とか勉強とかがあるんだと思います。

 

でも、良かれと思って折り合いをつけた会話の言葉尻だけを捉えて、非難されるって如何なもんでしょうか。最近、この手の問題って多くなってきたように思います。決して有名人でも何でもない市井人の筆者ですが、ネット上で非難されるっていうことは、有名人の仲間入りってことなんでしょうかねぇ。

 

そんな有名人にはなりたくないよなぁ。ということで、行く道を絞って突き抜けるまで走ってみようかと思っている今日この頃です。

やり尽くす…

1月28日

たまっています…

どこか満たされないことがあります。原因はわからないのですが、どうも思い通りに行かない時とか、小さなフラストレーションが発生してしまいます。

 

そんな小さな積み重ねが、気が付いた時には大きな不満となって爆発するんだと思います。

 

人間関係も、業務上の取引関係も、社会生活上も、そんな積み重ねが大きな問題となります。

 

最近あった3000年に一度の火山の爆発もそうなんだと思います。小さなマグマの積み重ねが、たまりにたまって、何かの拍子に大爆発を起こす。まだまだ自然界から学ぶことはたくさんあるなぁと感じます。

 

日々の積み重ねで言えば、やるべきことをきちっと毎日しっかりやっていれば、結果は間違いなく追いて来ます。目に見えない信用もその積み重ねの上に成り立ちます。

 

反対に、つまらない些事の蓄積も、必ずどこかに影響してきます。身体を蝕んでいたリ、心を病んでいたリ…。それが積もり積もればどこかで爆発する。

 

そのキャパシティーは誰もほとんど変わらないんじゃないかと思っています。それをためる人とためない人の差、ためたものを払拭できる技を持っている人といない人の差、そんなちょっとした事の違いによるんだと思っています。

 

結局は、毎日の積み重ねが、一瞬一瞬の積み重ねが、幸を呼び不幸を呼ぶ。その条件は誰もが同じで、運・不運の連鎖が起きる。

 

できることがあるとすれば、やるべきことをしっかりとやり尽くす、それしかないのかもしれません。しかし凡人はなかなかできない、そこがまたフラストレーションとなる、その連鎖を断ち切った時に、また違った景色が見えるのでしょう。

 

一体その景色っていつ見えるんだぁ~。

知識、見識、常識…

1月27日

Twitter

業務に関係するツイッターを見ていて思うのは、これこそ不毛を生み出す産物ではないかということです。あまりに下品な言い回しに辟易です。

 

というのも、1対1でしゃべっているようなやり取りを万人が見ることができることで、まぁ人様の喧嘩を大勢が見守っているっていう感じでしょうか。それはプライベートでやってよ、そう思うのですが…。

 

たしかに瞬時の情報共有ができたりして、便利なツールなんだと思います。でも、そもそもみんなが見られるということは公共物のはずです。私的な空間ではないのです。

 

にもかかわらず、私的な中傷や攻撃がそこかしこにあり、いい加減にしなよ、と言いたくなってしまいます。

 

だったら読んだり見たりしなければイイじゃないか、と言われそうですが、業務上必要とあれば見に行きます。でも、プライベートでは決して見には行きません。心が荒んじゃいますので。

 

ということで、まだまだ文明の機器としては練れていないのでしょう。ニュースではトランプ大統領のツイッターがいつも話題になりますが、話題になるツイッターって「品」がないよなぁ。

 

一方で、この便利なツールを使いこなし、影響力を行使している人や組織もいるんだと思います。これだけ多くの人が触れているツイッターです。上手く使えば影響力、大です。

 

便利な道具を有効に使うこと、これが使用者の義務ではないかと思う今日この頃です。それを支えるのが人々の「倫理観」であるのかもしれません。

 

リテラシーという言葉が流行りました。その能力を高めること即ち「倫理観」を養うこと、と理解しています。少なくとも知識と見識のあるみなさんの見苦しいツイッター上のやり取りは見たくありません。いやそんな見苦しい発言をする人は、少なくとも「見識」はないわなぁ~。

労働創出…

1月26日

残雪に想う…

まだ道路に雪が残っています。ですので、歩いていて時々危険を感じます。この雪の処理は一体誰がするんでしょうか。

 

雪の処理は初動が肝心だと考えています。雪が止んだらすぐに処理をする、そうすれば早い時期に雪がなくなると思います。

 

今回の雪で思ったことは、火曜日の朝方の除雪のバラツキです。やっている所と全く手つかずの所がはっきり分かれました。

 

その時思ったのですが、この時にこそ、中高年のリタイア組の出番だったのではないか、と。

 

行き場のない中高年の方々に行政が主導して道具を用意し、除雪を手伝ってもらう。そして薄謝を支払う。これは地域貢献、労働創出、承認欲求充足など多くのメリットがあると思います。

 

行き場がなくて喫茶店で時間を潰すのであれば、毎日の習慣としてジムや病院に通うのであれば、地域の一大事に少しは貢献することの方が、どれほど精神衛生上イイことなのか…。

 

ということで「あなたの力が必要なのです」とまだまだ働ける中高年を組織化し、有事に備えることは今後の地域社会では必要なのかもしれません。

 

まだまだ動ける中高年の方々は、いい仕事をすると思うのですが如何でしょうか。最後に感謝の言葉を伝えれば、薄謝さえ要らないような気がします。

 

そんな仕組みを作ることが今後の老齢化社会の一助になると思っているのですが…。

早期帰宅は可だったか…

1月25日

雪がまだ…

災害に弱い大都会の一面を月曜日は再び炙り出したようです。

 

たしかにあれだけ雪が降り続くと、早期帰宅を促すことは必要でしょう。それが重なり、各ターミナル駅では予想外の大混雑。もっと他に方法はなかったか考えさせられてしまいました。

 

鉄道会社もバス会社も運送会社も、こうなることは予想できたのではないかと思います。

 

だったらあらゆる手立てを尽くして、人を増やして対応するとかの方法もあったのではと思ってしまいます。大きな組織だと動きも鈍いので、こういう時こそトップダウンでガンガンとやれば、多くの人に愛される会社になるんじゃないかなぁ。

 

やっぱり危機感を持っている会社って強いと思うのです。常に市場のニーズを把握して、臨機応変にすぐに対応する。結果的にこういう会社が業績を伸ばしていきます。

 

大企業病とまでは行かなくても、組織が大きくなると、どうも保守的になりがちです。当たり前と言っちゃ当たり前なんですが、そこをいかに打破するか、それが経営者のみならず、マネージメント層に求められていることだと思うのですが…。

 

まぁ小さい組織でも人が増えることで大企業病になっているところはありますが、それはマネージメントの問題でしょう。

 

常に危機感をもって臨む、責任の所在を明確にして一身で負う、決して責任転嫁しない、そんな意気込みのマネージャーが出て来ないとなかなか抜け出せないんだろうなぁ。

またNHKのお話しですが…

1月24日

もう一度NHKを考える…

一昨日NHKの受信料のことを書きましたが、昨日、某郊外の駅のロータリーで「NHKから国民を守る党」なるのぼりを見ました。

 

どうもこの駅だけに立てているようで、他の場所では見たことありません。パンフも配っていて、もらったのですが、NHKの集金を拒否するステッカーが付いていました。

 

どういう経緯でこの政党を立ち上げ、どういう主張をしているのかはわかりませんが、NHKに対する視聴者の一つの声として、NHKも素直に受け取って欲しいなぁと思っています。

 

そう言えば、月曜日には朝日新聞と日経新聞が社説でNHKのことを取り上げていました。

 

やはり「一度値下げすれば、今度値上げするのが大変だ」というお偉いさんの発言には皆さん疑問を呈しているようです。

 

たしかに現実問題として値上げする時には反対の嵐となります。だから値下げしないという理由にはならないのは当たり前です。

 

それをつい本音の部分が出てしまったんでしょう。これこそが視聴者無視の姿勢に他ならないんだと思います。

 

番組に対する批判もあろうと思います。何をやっても批判する層はいるんです。それを超えて素晴らしい映像作品づくりに邁進する、政治に対して媚びることなく公正中立な報道をする、権力に媚びた恣意的報道をしない、などなどやること満載のはずなんですが如何でしょう。

 

まずは、コネ等による情実採用は断固やめるべきです。厳正なる入社試験を通ったものだけが職員になれる、そんな公平性からスタートじゃないかと思っています。それでこそ開かれた組織になるんじゃないでしょうか。

邂逅、ふたたび…

1月23日

出会いは偶然…

年に数回、考えられないような邂逅があります。どうしてこの人とこんな場所で遭遇するんだ、というようなものです。その出会いが他の人に比べて、筆者は多いようなんです。

 

ちょうど1週間前のことです。かつて昔一緒に働いていた女性と本当に偶然、大都会の真ん中の細い街角で出くわしたのです。

 

あまりの懐かしさに数秒間互いに声も出なかったんです。それくらい驚きの遭遇でした。

 

その日は、大きな駅に向かって、地下鉄に乗らずに歩いて行きました。道は気分次第で選ぶんで、こっちかなぁとかあっちかなぁと考えながら、適当に駅に向かっていました。途中には信号もあります。覗いて見たい店もあります。でも、その日は…。

 

もし、信号待ちがあれば遭遇はしませんでした。もしコンビニに立ち寄れば、もし訪問先の事務所を出るのが遅ければ、もし電話がかかって来ていたら…。

 

そんな出会うはずのない偶然の産物をこれまでも大事にしてきました。これはコントロールできないことの一つだからです。

 

ひとはそれを「運命」とか言いますが、本当に国内、海外においてもそんな出会いが多いなぁ~。

 

人生って、ほんの少しのことで運命が変わります。もし入学試験のマークシートの記入が一つズレていたら、それだけで大きく人生もズレてしまいます。

 

もし、出会いの場に行かなかったら、それも大きな理由があるわけでなく、なんとなく気分で行かなかったら、その出会いは存在しません。

 

そんな積み重ねで人生ができているんです。あることがあって、そこからどうも曲がってしまった、なんていうこともあります。当たり前です、思い通りに行くことなんか皆無ですんで。

 

ということで、入学試験シーズン真っ盛りの昨今です。受験生のみなさん、運はどこかに委ねた方がイイのかもしれません。

 

たった一つの不正解が、人生を大きく変えてしまいます。その不正解があったことで、華やかな人生、豊かな人生になることもあるんです。だから焦らず、迷わず、緊張せず、自分の思う通りに臨んでください。