IoT、現実世界とインターネットを結んで新たな価値を作る試み ~その歴史から産業政策まで~

この記事では、IoT(Internet of Things)という用語の意味と背景、応用分野、要素技術について概観していきたい。

まず注意したいこととして、「IoT」は厳密な定義がある技術用語ではない。ざっくり説明するなら、現実世界/物理世界の「モノ」と、ネットワークを通り処理されていく「情報」を結び付け、新たな価値を作り出す試み全般を指す言葉が「IoT」だと考えていい。したがって、「IoT」はいくらでも広い範囲に解釈できる。

調査会社のIHS Technologyは「固有のIPアドレスを持ち、インターネットに接続可能な機器」を「IoTデバイス」と定義し、その総数は2016年時点で173億個と推定している(『平成29年版 情報通信白書』より)。この立場では、PC(パーソナルコンピュータ)やスマートフォンも、コネクテッドカー(通信機能を備えた自動車)もFA(ファクトリーオートメーション)機器も、すべてIoTデバイスに含まれるのである。

2011年の東日本大震災の後、被災地で自動車が通行可能な道路を可視化した「自動車・通行実績情報マップ」が公開されたことは記憶に新しい。

「Google災害情報特設サイト」自動車通行実績情報マップ(イメージ)。2011年04月28日付Hondaプレスリリースより
「Google災害情報特設サイト」自動車通行実績情報マップ(イメージ)。2011年04月28日付Hondaプレスリリースより

Google Japan Blog: 自動車・通行実績情報マップ の提供を開始します (2011年3月14日付、追記あり)
Honda | 被災地域の通行実績情報に加え、渋滞実績情報をGoogleおよびYahoo! JAPANと提供 (2011年04月28日付プレスリリース)

自動車・通行実績情報マップでは、本田技研工業が持っていた被災地域の通行実績情報データが、Googleマップ上で閲覧できるようになった。IoTデバイスとしての自動車(コネクテッドカー)、つまりインターネットと接続されていて位置情報をクラウドに送信する自動車が多数走行していたおかげで、走行実績データが取得され地図として可視化できた。これもIoTの概念を実現した取り組みといえる。

進化した地図が支援の道を切り開く – 東日本大震災と情報、インターネット、Google (2012年5月25日付)

RFID活用の文脈で用語を提案、オープンなセンサーネットに解釈広がる

IoTという言葉には20年近い歴史がある。その過程で過去に提唱されたさまざまな概念を吸収し、当初の意図をはるかに越えて意味が広がっている。

最初にこの言葉を使った人物は、米P&G社のKevin Ashton氏とされている。時期は1999年。最初に使われた時の意味づけはRFID(Radio Frequency Identificationの略称)の活用イメージを示すマーケティング用語だった。その後、インターネットやコンピュータサイエンスの研究開発のコミュニティで広く使われるようになる。筆者がはじめて「IoT」という用語を耳にしたのは2000年代初頭で、カリフォルニア大学バークレー校の研究プロジェクト「スマートダスト」(2001年5月の「WIRED.jp」記事)のようなセンサーネットワークを含むインターネット活用を指す言葉としてだった。

IoTが取り込んだ概念として、例えばMark Weiserが1991年に提唱した「ユビキタスコンピューティング」(Ubiquitous Computing)がある。計算機環境が遍在する世界を想定した概念だが、今ではIoTと範囲が重なっている。機械同士の通信を指す「M2M」(Machine-to-Machine)、物理的(フィジカル)な世界と情報を結びつけるサイバー・フィジカル・システム(Cyber-Physical Systems、CPS)といった用語についても同様だ。

坂村健氏(東洋大学情報連携学部 学部長、東京大学名誉教授。トロンフォーラム会長)が1984年に提唱した「TRONプロジェクト」では、組み込みシステムをネットワークで連携させた分散処理環境や、住環境と情報処理を一体化させた「電脳住宅」などのコンセプトを提唱している。これもIoTに先行する概念といえるだろう。書籍『角川インターネット講座14 コンピュータがネットと出会ったら』の中で、IoTという言葉が持つ意味、ニュアンスが広がってきていることに対して、坂村氏は次のように述べている。

インターネット的な「オープン」こそがこれからのIoTの課題であり、前述の(引用者注:従来の産業向けや研究開発向けの)「閉じたIoT」を越えて「インターネットのように」なることが、「世の中を大きく変える」にあたり重要なポイントなのである。そして、ユビキタスコンピューティングやCPSといった用語に比べて、IoTはより直接的に「インターネットのようにオープン」であることを意味する用語であり、注目されているのだ。

インターネットの発展という成功パターンに学び、オープンな技術規格やオープンソースソフトウェアの力を借りることによって、ネットワーク接続された組み込みシステムの使い方を大きく拡大する試みも、IoTの中心的な考え方といえるだろう。

人間抜きに、コンピュータが世界を直接理解することがIoTの価値

IoTへ取り組む人々が作り出そうとしている新たな価値とは何だろうか。大きな枠組みでいえば、「人間を経由せず、機械が世界を理解する仕組みを提供すること」といえるだろう。コンピュータが直接世界と向き合う仕組みがIoTなのだ。

例えば、製造業の生産性向上にIoTを活用するやり方を考えてみよう。生産設備に多数設置されたセンサーが取得したデータを集約し、大量の生データ、つまりビッグデータを得ることができる。このデータに対して機械学習をはじめとする解析手法を適用することで、機械の故障時期の予測精度を大幅に向上できたとしよう。この予測を機械の整備計画にうまく反映できれば、設備の稼働率を上げることができる。製造業やインフラ分野(発電所など)は規模が大きく、「1%の改善が巨大な社会コストの節約になる」といわれる分野である。この観点から、故障予測はIoTおよびビッグデータ解析で大きく期待されている。例えば米製造業大手のGeneral Electric(GE)は、ビッグデータによる故障予測を同社のIoT向けクラウドサービス「Predix」の重要なユースケースとして挙げている。

産業界でのIoTの取り組みとして有名な事例に、ドイツが産官学連携の国家プロジェクトとして進める「インダストリー4.0」がある。「第4次産業革命」とも呼ばれるこの取り組みには、ドイツ最大のソフトウェア企業であるSAP、自動車メーカーのBMWやフォルクスワーゲン、製造業大手シーメンスなど、ドイツ産業界の主要企業が参加している。

「インダストリー4.0」は、産業機械設備、生産プロセスをデジタル化・ネットワーク化し、注文から出荷までをリアルタイム管理することで製造業の競争力を高める。例えば、製造現場を管理する情報システム、現場の情報を取得できるセンサー、それに個人用情報端末などを組み合わせ、大幅な効率化を図った「考える工場(スマートファクトリー)」を実現しつつある。

日本でも、第4次産業革命や、それを支える技術といえるIoTへの注目は高まっている。経済産業省がとりまとめ2017年5月に公表した「新産業構造ビジョン」は、IoT、ビッグデータ、人工知能(AI)、ロボットの4種について「技術のブレークスルー」を指摘し、産業構造や就業構造が劇的に変わる可能性を示唆。AI、IoT、ロボットを「共通基盤技術」と位置付けている。IoTの意義としては「実社会のあらゆる事業・情報が、データ化・ネットワークを通じて自由にやりとり可能に」なることを指摘している(「【全体版】新産業構造ビジョン」p7)

「【全体版】新産業構造ビジョン」p10より

総務省が発行した『平成29年版 情報通信白書』も、「IoT化で低コストによるビッグデータ収集が可能になり、さらにAIによる解析で新たな価値を創出できる」と提言する。日本を含む各国の産業政策の中で、機械学習へのインプットとなるビッグデータを収集する観点でIoTに大きな期待が寄せられていることが分かる。

IoTと関連する技術分野

産業政策のようなマクロな観点からのIoTへの期待を受けて、ITベンダー各社は要素技術や製品、サービスの開発に取り組んでいる。

興味深い動きとして、IoTを前提としたアーキテクチャへの取り組みがある。米Cisco Systems(Cisco)はIoT分野への適用を狙い「フォグコンピューティング」のコンセプトを提唱。その推進団体として、アメリカで2015年11月にOpenFog Consortiumが立ち上がっている(ARM、Cisco、Intel、Microsoft、プリンストン大学エッジ研究所が創立)

About Us - OpenFog コンソーシアムジャパン

フォグ(霧)はクラウド(雲)より地上に近い。フォグコンピューティングとは、センサーやデバイス、IoT機器などの「モノ」(エッジ)の近くに「フォグノード」という仮想化されたコンピューティングリソースを配置する考え方である。このフォグノードは仮想化された流動的な接続システムとして定義されていて、エッジ上で機能させる場合もあればクラウド上で機能させる場合もあり、エッジとクラウドの中間に位置するネットワーク機器の上で処理する場合も想定されている。SDN(Software Defined Networking)をさらに推し進めた概念といえる。

エッジ(例えばセンサーノード)に処理能力を持たせた「エッジコンピューティング」という用語もある。例えばカメラで撮影した画像をカメラデバイスそのものの内部で解析するようなアプローチがすでに登場している。

IoTの力を引き出すフォグコンピューティングとは | TechCrunch Japan

要素技術に眼を向けると、IBMは自社が開発したプロトコル「MQTT(Message Queue Telemetry Transport)をIoT向けプロトコルとして公開、推進している。TCP/IP上で大量高頻度の通信を非同期に処理できるプロトコルである。センサーのデータをネットワークでサーバーに集めるために使うなどの用途に向くとされている。

IBMはハードウェアデバイスとオンラインサービスを接続できるツールおよびプログラム開発環境である「Node-RED」も開発しており、オープンソースとして公開している。Node-REDはサーバーサイドJavaScript環境であるNode.js上に構築されていて、イベント駆動型/ノンブロッキングモデルとビジュアルプログラミングの環境をサポートする。

IoTを意識したワイヤレス通信サービスも需要が高まっている。SORACOMはIoT向けの携帯電話データ通信サービス「SORACOM Air」を提供する。例えば、山中に置かれたセンサーノードにインターネット接続機能を持たせることは大変だ。そこにSORACOMのサービスを使うと通信料に応じた課金が可能で、大量のSIMもコンソールから一括して管理できる。通常のインターネット経由の通信だけでなく、VPNや専用線を併用することもできる。

また同社のサービス「SORACOM Air for LoRaWAN」は、IoT向けのワイヤレス通信手段の一つとして期待が高まっている「LoRaWAN」を活用するサービスである。LoRaWANは、データ転送レートが低い(1回の送信可能なペイロードは最大11バイト)ことと引き換えに機器の消費電力が非常に小さく、バッテリー交換なしに数カ月も通信し続けるデバイスに応用できる。また携帯電話基地局よりも広い範囲(最大10km程度)に届く利点がある。この利点を生かして、農業、畜産などの分野でも応用が考えられている。

IoTの課題はセキュリティとビジネスモデル

「IoT」の用語が広まると共に、その課題も浮上している。異なる分野の機器、ネットワーク、サービスを組み合わせて使うシステムでは、ガバナンスが問題になるとの指摘もある。またセキュリティ、プライバシーへの懸念も指摘されている。

特に、IoTデバイスがセキュリティ上の問題の発生源となりやすいことがよく話題となる。低価格のネットワーク接続組み込み機器に古いバージョンのソフトウェアが搭載されていたり、セキュリティ対策の水準が低い場合があるためだ。IoTの概念に基づくシステムを新たに設計する場合、初期段階から末端のデバイス(エッジ)へのセキュリティ対策を考慮した方がいいだろう。

また、IoTを活用するビジネスモデルの構築は簡単ではないことも頻繁に指摘される。製造業などを対象としたIoT向けクラウドサービスへの取り組みで有名なGEのCEO、Jeff Immeltは、業績不調を受け2017年10月に退陣している。

筆者はある大手ベンダーのIoT担当者から「IoT系のシステム企画は、まずビジネスアイデアの段階から支援する」との話を聞いたことがある。要素技術のインテグレーションを支援するだけでは不十分で、システムの企画の段階でも知恵を絞る必要があるというのだ。例えば製造現場の効率化を狙ってIoTの概念を取り入れる場合、要素技術を積み上げるだけでは目的は達成できず、問題の所在とその解決方法の仮説を立ててIoTを活用するサイクルがうまく回らなければ、成果に結びつかない。もっとも、これはIoT特有の話ではなく、ITに関する取り組み全般についてもいえることだ。

IoTという言葉が指し示す範囲が広いということは、さまざまな技術分野を横断的に組み合わせることが求められることを意味する。その分、課題もより複雑となってくる。IoTを使いこなす試行錯誤の時期はしばらく続く。しかしエンジニアにとっては、広大なフロンティア──新たな挑戦の余地が広がっている分野といえるだろう。


執筆者プロフィール

星暁雄(ほし・あきお) AkioHoshi

星暁雄

ITジャーナリスト。日経BP社で『日経Javaレビュー』編集長などの経験を積み、2006年に独立。IT分野全般にまたがる幅広い取材経験を持つ。最近は仮想通貨/ブロックチェーン分野に強い関心を持っている。
ITジャーナリスト星暁雄の"情報論"ノート