拡大する 1977年4月13日の朝日新聞朝刊社会面は「川崎バス闘争」の様子を大きく報じた。同月12日午後に、車いすに乗った約40人が川崎駅東口に集まり、市営バスや臨港バスに分散して乗車。バス側は「危険だ」として運転を見合わせ、35台が運休したとしている。
なぜ障害者が殺されなければならないのか。なぜ人里離れた施設で生涯を送らなければならないのか。今から50年近くも前に神奈川で、社会に鋭く問いかけた人たちがいた。脳性まひで重い障害を抱えた当事者で作る「青い芝の会神奈川県連合会」。彼らの問いは今もなお、生きている。
「なぜ、障害者児は街で生きてはいけないのだろう。ナゼ、私が生きてはいけないのだろう。社会の人々は障害者児の存在がそれほど邪魔なのだろうか」
「はっきり言おう。障害者児は生きてはいけないのである。障害者児は殺されなければならないのである」
中心メンバーの1人で横浜在住だった横田弘氏(故人)が、1970年代に書いた文章だ。
横浜市金沢区で70年、脳性まひの女の子(当時2歳)が母親に殺害される事件が起きた。施設入所を申し込んだが満員で断られ、悲観しての犯行だったとされた。
福祉が乏しい時代。追い詰められた親による障害児殺しが他にも起きていた。地域住民や障害者の親の団体は福祉の貧困が生んだ悲劇だとして、母親の減刑を求める運動を始めた。
だが横田氏らはこうした動きに「殺す側の論理」を感じ取った。どんな理由があろうと命の重みは変わらない。他の一般の殺人事件と同じように裁くべきだと、横田氏らは訴えた。
彼らが告発したのは、福祉の乏しさではなく、その背景にある、障害者に対する根深い差別意識だった。
殺傷事件が起きた津久井やまゆり園ができたのは1964年。青い芝の会が活発に活動した時代は、障害者の大規模な入所施設が増えていった時期に重なる。
障害者を抱えた家族にとって施設建設は朗報だったはずだ。だが障害者自身にとってはどうだったのか。
横田氏は当時書いた。
「看護することに疲れ切っている家族たちの悲劇を防ぐためだけに、収容施設は必要なのだ。それがどんなに障害者の意志を無視し、主体性を無視したものであろうとも」。鮮烈な言葉の数々は、当事者による本格的な社会運動の誕生として多くの人に影響を与えた。
77年には障害者が車いすに乗ったままでの路線バスへの乗車を断られたことに抗議し、会の呼びかけで障害者が川崎駅前に集結。市営バスや臨港バスの車内に座り込み、バスが運行を止める騒ぎになった。「川崎バス闘争」として知られる出来事だ。
バスに夜通し座り込むことも辞さない姿勢は、やがて社会を動かした。県が全国に先駆け鉄道駅へのエレベーター設置補助制度を始めるなど、街のバリアフリー化に取り組む契機となった。今では全国に広がった駅のエレベーターや低床バスの源流には、青い芝の会の活動があった。
こうした活動は、過激な社会運動のイメージで語られることもあったという。
だが県障害福祉課の職員として彼らと向き合い、今は県立保健福祉大教授の臼井正樹氏(63)は「障害者が困っていることを聞いてくれ、一緒になって考えてくれという運動だった。極端な要求ではなく、合理的な対応を求めていた」と印象を語る。障害者の地域生活を支える仕組みは、少しずつ増えていった。
障害者施設の多くは街から遠く、敷地内で生活が完結する。時に100人を超える集団生活で、家庭での暮らしと比べれば制約も多い。
近年は、当事者の立場で考えれば、施設よりも、介護を受けながら一人暮らしをしたり、グループホームで暮らしたりすることのほうがよいはずだとの意識が高まってきた。
2002年には国も「施設から地域へ」を掲げた。障害者の生活の場をできる限り、津久井やまゆり園のような大規模施設から地域へ移していこうとするものだ。障害当事者が訴え続けた視点にやっと、時代が追いついたともいえる。
臼井教授は、横田氏が2013年に80歳で死去するまで意見交換を重ね、親交を深めた。
津久井やまゆり園の殺傷事件から半年。黒岩祐治知事が早々と、同じ場所での園の建て替えと存続を決めたことに、当事者団体などから批判が上がっている。
横田氏の思想は、この点を考える上での補助線の役割を果たすと、臼井教授は言う。
健常者が障害者を理解することは容易ではない。まして、やまゆり園の利用者には言葉での意思疎通が困難な人も多く含まれる。
一般論としては、施設より地域が望ましいと言える。だが障害の重さや内容によっては、施設のほうが当事者にとっても暮らしやすい場合だってあるだろう。地域で暮らすほうがよいはずだと決めつけることもまた、できない。
横田氏は「われらは愛と正義を否定する」とも書いた。健常者による善意の押しつけを拒否する言葉だと理解されている。この言葉は、「ともに生きる」ことの意味を深く掘り下げることにつながると、臼井教授は言う。
「当事者の立場で考えるとはどういうことか。健常者でも親でもない、客観的に眺めるのでもない、障害者の立場で物を考えるとはどういうことか。その困難さと大切さを、彼は訴えていたのです」
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