カスタマーレビュー

2018年1月30日
登山趣味を題材としたアニメーション作品としての本作の本格的な取り組みの素晴らしさはその道の方も、私のような門外漢の人間も一見してわかると思うので
今回は物語論にのっとって「ヤマノススメ」をレビューしてみたいと思います。

「けいおん!」の大ヒット以降、女の子の何気ない日常を描いた「萌え日常系」と呼ばれるジャンルは大流行し
その中から更に、本来オッサン趣味であるものを女の子に変換したニッチ趣味系作品というものが派生しましたが
本作がそれらの作品と一線を画すのは、少女の成長を描いた普遍的な物語としての完成度の高さだと思います。
登山趣味に関して全くの門外漢かつ、萌え系は本来苦手な私が近年特に優れたテレビアニメ作品として挙げたいのが本作です。

「HSP」と呼ばれる概念はご存知でしょうか。「Highly sensitive person」の頭文字三つを取ってHSP
アメリカの心理学者エレイン・N・アーロンが1996年に提唱した概念。
要約すると「人一倍敏感な人」という意味。大雑把に言えばコミュ障などと言われる人がそれに当たります。
外界からの刺激(直接的な身体の痛み、騒音等)や他人からもたらされる感情に対して特に敏感、一人を好むといった傾向のある人のことです。
本作の主人公「雪村あおい」は典型的なHSP気質の人間だと言えます。
あるトラウマをきっかけに人との関わりを断ち、なにかと人を避け一人で行動するようになってしまった女の子。
作中であおいは、人が発する何気ない一言にも敏感に反応し、しなくてもいい心配までしてことあるごとに一喜一憂します。
かといって性格が捻くれてるとか根暗とかいうわけでもなく、美しい景色や他人の好感情に純粋に心打たれる清らかさも持ち合わせている。
本作はこの主人公あおいの造型が大変良い。よくある萌え日常系のテンプレキャラクターとは明らかに違うリアルで複雑な奥行きのある人格を持っている。

エンタメ作品の基本は「変化」です。全く変化のない物語など面白くない。
ある出来事を通じてキャラクターの中の何かが変化する。それが「ドラマ」の鉄則です。
よく出来た物語とは、時間を割いて観賞するに相応しい複雑な造型をしたキャラクターが、視聴者の興味を掻き立てる未知の出来事に遭遇し見せる、判断や行動から浮き彫りになる総体のことです。
物語論ではこの変化の軌道が大きければ大きいほど面白くなると言われています。
物語の開始地点と終点で、真逆の状態になる主人公。
神話学者ジョーゼフ・キャンベルが提唱した「英雄の旅」などが典型例です。
この種の物語の場合、主人公が遭遇する「出来事」=「解決すべき命題」は、主人公と縁が遠く苦手とするものであればあるほど面白いとされてます(平凡な田舎の男が世界の命運をかけた戦いに巻き込まれる、など)
本作の主人公あおいは、人付き合いが苦手なインドア趣味の女の子。そんな子がよりにもよって「登山」をすることになる。
これはあおいのキャラクターから考えうる最も大きな軌道といえます。当然道中に数々の「障害」が出てくる。
それを乗り越えるのを補助してくれるのがバディ(相棒)の「ひなた」です。

ハリウッドの脚本理論家のブレイク・スナイダーは著書のなかでバディムービー(ラブストーリ含む)の黄金パターンとして
「最初はいがみあっていた二人が衝突を繰り返すうちにやがて接近し、しかし一度離れてしまうが、やはり互いが必要だと再認識して結実する」という流れを提唱しています。
大抵のバディもの、恋愛ものならこの流れはまず間違いなく守っていますが、今作が秀逸なのはその描き方と流れの丁寧さです。
人物の変化やドラマの展開は早すぎても遅すぎてもいけないとされます。変化が急すぎると強引に感じられるし、遅すぎると退屈に感じる。
本作の「別離と再会」は1クール目のクライマックス、富士山登頂周辺で描かれていますが
あおいの心理の変遷に奥行きを与える段取りとして一役買っているのが第五話の「ゆるして、あげない!」です。
この回であおいとひなたは一度それなりにちゃんと「喧嘩」をします。
この回で似たような経験を一度描いているからこそ、あの時とは違って富士山登頂を失敗したあおいとひなたの関係の修復が容易でないということがわかる。
ただ単に怒りに任せてツンケンし互いに牽制しあっていた前回とは違い、あおいは富士山登頂の失敗で負った心の傷の修復を行わなければなりません。
HSPなどのメンタルヘルスケアでよく言われるのは「鬱状態の時はあえて何もしない、外界からの刺激を遮断する」ということです。
HSPは好感情だろうが悪感情だろうが感じ入すぎるという点が問題です。精神を疲弊した状態では、鬱である自分に嫌悪感や責任感を感じ、無理に行動したり娯楽に走ったりするのではなく、現状の自分をただ受け入れ、あえて何もせず回復を待つことが推奨されます。
今作は心理学的に推奨されているこの流れを忠実に沿っている。傷を負ったあおいは無気力で何をする気も起こらず、趣味の手芸をしても心が晴れない。ひなたも今は触れないほうがいいと判断して距離を置く。
ハリウッドの脚本理論やキャンベルの英雄の旅等でも、主人公が成長するための前段階として「主人公がどん底に陥る」というくだりは必須で、クライマックスの直前に位置するとされています。
そして第12話「Dear My Friend」富士山登頂からこの回までの脚本、演出は完璧としか言いようがない。
鬱状態のあおいが行動を起こすきっかけとなる、前話で張られていた伏線「ひなたの富士山からの手紙」
それを受けて行動を起こす時のまどろんだ眼が少し見開かれるさり気ないカット、そこから初めて登った山に行き少しずつ活力を取り戻していくくだり。
偶然ひなたと出会い、あえて富士山のことは何も言わず手を引くひなた。あおいは一人でもそれなりに回復しましたが、バディである二人は、やはり二人でこそようやく完璧な存在になれるのです。
このくだりの二人の気の遣い方、絆の深さが本当に感動的。何も語らず手を引き笑顔を取り戻し、そして最後にようやく謝罪と和解に至るという、萌えアニメとは思えないリアルで説得力のある丁寧な描写です。

他にも富士山での「同じものを見てるのに捉え方の違う二人のクロスカット」は人間の体験、感情や健康状態による認識の妙、群像劇としての奥行きと広がりを感じさせますし
第三話の「山に登るということ」での、『挑戦する前は大変と思われたことでもやってみれば意外とどうにかなる』といった描写は
スタジオジブリの魔女の宅急便や千と千尋の神隠しに似た普遍的なテーマ性を感じさせます(高所を難関に見立てているのは千尋のオンボロ階段のシーンと同じ)
本作は登場人物の配置もジブリ作品を彷彿とさせるものがある。萌え日常系は男キャラクターや両親が出てこないといった不自然な人物関係であるものが多く、それ故にドラマの幅が限定されてるものが多いのですが
本作は両親がちゃんと「子の成長を見守る親」として出てくるのがいい。
実はセカンドシーズンでようやく初登場するあおいのお母さんは「乗り越えるべき壁」としての役割を持って、新一合目で真っ先に登場している。
(このシーズンでは母親を乗り越えなければならない、という表明。そもそも新一合目の最初のエピソードが母親の反対から端を発している)
女性を主人公とした神話やおとぎ話では「継母」や「母」はヒロインの成長を妬み阻害する存在として出てくるのが定番です。
セカンドシーズンでは母親の反対に合い、ちゃんと一人の人間として向き合い説得し、親もまた子の成長を認めるというくだりがあります。
こういう何気ない手続きも本作のドラマの骨太さに一役買っています。女性主人公もののジブリ作品でもこうしたシーンは必ず仕込まれている(魔女宅、耳すま、千尋など)

以上のように本作は、心理学的見地から見ても説得力のある人物造型、丁寧な心理描写で、エンタメ創作論的に見ても正しい構築の仕方をされ、
誰もが理解と共感が出来る普遍的な少女の成長の物語を実現しています。
新しいことに挑戦することへの期待と不安、成功と失敗、挫折、そして復活。誰しもが人生で経験するこのプロセスを、登山という題材を用いて肯定的に描いている。
安易にただ女の子に変換しただけの作品が氾濫するなか、本作は主人公が少女であるが故に描ける繊細な心の機微と成長、人間賛歌をテーマとしています。
絵柄こそやたら可愛い本作ですが、描かれているドラマは非常に本格的です。

とまあここまではベタ褒めなのですが、駄目なところも少し触れておきます。
1クール目は物語として完璧に近い出来なのですが、2クール目がどうもいただけない。
1クール目であおいが抱える克服すべき命題やひなたとの友情は描ききってしまったので、2クール目の蛇足感がどうしても拭えない。
主人公に克服すべき命題を抱かせ、友達の力を借りて成長するというテーマ性は同じなのですが
いかんせん「高所恐怖症」だとか「約束を叶えるとどうなるのか」といった具体性に欠けるクエスチョンが弱い
高所恐怖症は今更?という感じだし約束を叶える云々も、もはや日常的に公私を共にする親友となった二人の前に立ちはだかる障害として機能していない。
(『ひと夏だけの関係』など、最初から限定的な関係性であれば機能しただろうが)
終盤登場する「ほのか」も、原作通りなのでしょうけど正直存在意義を感じないし
前半の登場人物の無駄のなさ、ドラマの奥深さ、説得力に比べると正直後半はあまり評価出来ません。
物語論に沿えば、今度はあおいとひなたの立場が逆転し、ひなたにも克服すべき命題が出現する、といった展開が良いのでしょうが
そうなるとより一層激しいあおいとの一時的な衝突や別離が必要になり、そこまでいくとどうなのかな・・・という気もしないでもない。
まあ前半部分がこの種の萌え系にしては出来すぎた感があり、この作品がそこまで本格的なドラマを継続的に展開する類のものでもないというのもわかっているので、後半からが萌え系としてこの作品のあるべき姿なのかな、と思います。

この度めでたくサードシーズンの制作、放送も決定した今作ですが。個人的には期待と不安半々といったところです。
(いっそのこと、理想的な映画脚本に近い1クール目を完全新作映画として作り直して欲しい気も。エイトビットさんどうですか?)
ともあれ「ヤマノススメ セカンドシーズン」が傑作であることにかわりはないので、お求めやすくなったこのBOX、一家にひとつオススメです。
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