コミックス販売額の減少は海賊版が要因なのか?
今月の「出版業界如実争論」は、日本経済新聞で2018年1月25日に配信された“出版、最後の砦マンガ沈む 海賊版横行で販売2ケタ減 ”をピックアップする。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO26157560V20C18A1TI1000/
減っているのは紙だけ
この記事では冒頭、出版科学研究所から発表された2017年の出版市場推計を受け、「最後の砦(とりで)の漫画単行本(コミックス)販売が13%減と初めて2ケタの減少に沈んだ」点に焦点を当てている。ところが、この13%減というのは、紙のコミックスだけの話なのだ。
そもそも出版科学研究所からは、紙市場も電子市場も同時に発表されている。電子コミック市場は17.2%増の1711億円。紙のコミックスは13%減なので、2016年実績から逆算すると1687億円。紙+電子でコミックス市場を捉えると、2016年が3400億円、2017年は3398億円で、微減程度にとどまっているのだ。
もう1つ申し添えるなら、コミックス市場ではついに電子の売上が紙を超えた、ということのほうが大きなトピックスだろう(ただしコミック誌の数字を含めるとまだ紙の市場のほうが大きい)。もちろんこれは、物理メディアを扱う取次や書店にとって、厳しい状況であるのは間違いない。
しかし、出版社の立場で見れば、売上は横ばいだ。内訳が、紙から電子にシフトしているわけだ。電子コンテンツは複製コストがほとんどかからないため、ひとたび収益分岐点を超えると利益率が非常に高くなる。コミックの電子化を積極的に取り組んできた出版社は、そろそろ収益構造が激変しているはずだ(ただし、製造原価をちゃんと按分しないと真の収益構造は見えない、という点も念のため指摘しておく)。
にも関わらずこの日経の記事では、電子コミック市場の拡大には一言も触れていない。紙のコミックス市場失速要因の一つとして「出版社が漫画の電子化を進める影響もあるが」と述べるに留まる。そして、海賊版の悪影響についての説明に、大きな紙幅を割いている。
海賊版による被害が急増ってホント?
その「海賊版サイトによる被害が急増」という話に、エビデンスはあるのだろうか? 海賊版サイトを擁護する気はまったくないが、その「被害」というのはどうやって算定したものなのだろう? なにしろ、紙のコミックスが急減しているとはいえ、電子コミックはまだ成長し続けているのだ。2016年より少し成長が鈍化しているとはいえ、17.2%増というのは立派な急成長だ。
なお、前回の当コラムで「海賊版の賠償金配分はなぜ正規版の印税より多かったのか?」という解説も行っている。「500円の本が書店で100人に立ち読みされたから損害額5万円」という机上の計算はできるが、シュリンクをかけて立ち読みできなくしたら売上が5万円増えるか? という話だ。
もう1つ、別の角度から。慶應義塾大学経済研究所の田中辰雄氏が2016年12月29日に発表した論文(PDF)によると、海賊版は「連載中の作品」に関してはとくに最新版の売上を減少させる効果があるいっぽう、「すでに完結した作品」については読者に思い出させる効果によって売上を増加させる効果があるという。
これらを踏まえた上でコミックス市場を捉えるとき、紙の市場は在庫スペースの問題から新刊の売上比率が必然的に高くなるのに対し、電子の市場は見事なまでにロングテールで既刊の売上比率が高くなる、という点には留意する必要がある。つまり、恐らく全体では「新刊販売が減少」し「既刊販売が増加」しているのだ。
仮説は検証してから対策を。
前述の田中氏の論文からさらに仮説を立てると、海賊版サイトが新刊中心の紙市場へ悪影響を及ぼし、既刊中心の電子市場には好影響を与えているのかもしれない。この仮説の検証ができるのは、紙も電子も新刊も既刊もすべての売上データを持っている出版社か、紙も電子も扱っているハイブリッド型のネット書店くらいだ。ぜひ、データを元に語って欲しい。
検証せず短絡的に海賊版を要因としてしまうのは、「立ち読み」や「図書館」に要因を求めてしまった過去の愚をくり返すことになる。もしかしたら、もっと他に大きな要因があるかもしれないのに、そこへの対策がなにもなされない、という可能性もあるのだ。
もちろん海賊版サイトを潰す労力は惜しむべきではない。が、たとえば「違法ダウンロードの適用範囲を映像と音楽以外にも拡大を!」というロビー活動に力を注ぐといったことは、ちょっと違うのではないかと主張しておきたい。
なお、出版科学研究所の発表では、紙のコミックスの低迷要因として真っ先に「人気作品の完結」を挙げ、「映像化作品の不振」「新規ヒット不足」ときて、次に「電子コミックへの移行」という順になっている。「違法海賊版サイトの問題が表出」というのは、電子市場のセクションで触れており、紙のコミックスの減速要因とはしていない。
つまり、この日経の記事は、冒頭の数字以外は出版科学研究所の発表とは無関係なのだ。実は、出版科学研究所から1月25日に発売された『出版月報』1月号の巻頭には、こんな一文が載っている。
年末年始のこの時期は年間動向に関する各マスコミからの問い合わせが多くなるが、現在の出版界の苦境を執拗に深刻化して記事にする内容もあり、苦々しい気分になることもある。
この日経の記事を読んだ出版科学研究所の方々はいまごろ、苦々しい気分になっているのではなかろうか。
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