今春、東京都心で珍しい白いタンポポを見て、約30年前の大阪城公園の情景を思い出した。満開の桜とそれ以上に印象的な白いタンポポ。しかし、その後見た記憶はないし、周囲に聞いても「タンポポは黄色」という。本当に大阪城に白いタンポポはあったのだろうか。
4月中旬、まず大阪城公園を管理する大阪市の東部方面公園事務所に電話してみた。「白いタンポポ? 職員に確認したが、聞いたことがない」と素っ気ない。
気を取り直して現地に向かう。日本眼鏡技術専門学校(大阪府吹田市)で教べんを執る傍ら植物の観察・研究を続けてきた梅岡宏史さん(78)にお願いして一緒に歩いてもらった。すると、京橋口手前に数株の白いタンポポを発見。その後も次々に「シロバナタンポポ」が見つかった。
二の丸地区の外堀沿いや西の丸庭園入り口付近の内堀沿いには群生している。「こんなに見るのは初めてや。今年は運がいい」と梅岡さん。白いタンポポに気づいたのは、米軍の爆撃で倒壊した石垣を眺めながら通った小学校時代に遡るという。
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シロバナは中四国や北九州でよく見られ、関西では比較的珍しい。確かに、大阪城の白いタンポポは一般には知られていないようだ。公園を行き交う人の多くが「見たことがない」と話す。バードウオッチング中の男性(67)は「岡山で過ごした子供の頃、タンポポいうたら白やった」と振り返るが、「上ばっかり見てるから気づかへんなあ」。除草作業中の作業員は「白かったらタンポポやて分からんわ」。
一方、「私らの間では『シロバナが見たければ大阪城に行け』いいます」と話すのは大阪自然環境保全協会(大阪市北区)の木村進さん(60)。木村さんらは長年、タンポポの分布を調査してきた。
タンポポには在来種と外来種があり、シロバナは在来種に当たる。1970年代から全国の都市部で外来種が急増し、問題となった。もっとも大阪のシロバナはこうした傾向とあまり関係なく、全体に占める割合は20年来、1~3%。長年少数派のままだ。
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大阪で少数派のシロバナが、なぜ大阪城公園には群生しているのか。
タンポポの分布に関する著作がある新潟大学の森田竜義名誉教授が「大阪城の詳しい状況は分からないが」と前置きした上で、「シロバナタンポポは里山など人が住む場所に多く生える傾向がある」とヒントをくれた。
シロバナタンポポは黄花の在来種と韓国に分布する白いタンポポの雑種として誕生したとみられている。近年は関東から東北南部にも広がりつつあり、温暖化の影響が指摘されるが、森田さんは「珍しい、と愛好家が持ち込んでいるのも一因」と指摘する。
一方、梅岡さんは2008年、追手門学院が行った大阪城公園の環境調査で、外堀の内側にシロバナを含む在来種を多数確認したことから、「公園の中でも戦中の爆撃や戦後の整備工事がなく、昔の土が残る場所に咲いているのでは」と推測する。
2人の説を合わせてこんな推論をしてみた。「中世や近世に『珍しい』と園芸種として持ち込まれたシロバナが広まり、戦災や開発を逃れたのでは?」
だが、植物生態学の観点からみると、そんな単純なものでもないらしい。伊東明・大阪市立大大学院教授はこの推論を「あり得ない訳ではない」としつつも、「それが今につながるとも断言できません。人為的に持ち込まなくたって植物は広がるのだから」と明言を避けた。
起源ははっきりしないが、大阪城公園で白いタンポポが目立つのは事実。黄色いタンポポより開花が早く、今はもう綿毛を飛ばしている。次に楽しめるのは、来年のお花見シーズンになりそうだ。
(大阪社会部 岡田直子)