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Photography Getty Images/Tim Boxer

ハーヴェイ・ワインスタインの興隆と失墜 1/2

Shinsuke Ohdera

彼のスキャンダルはなぜ映画界にとって重要な意味を持つのか? 映画評論家・大寺眞輔が、ワインスタインとウディ・アレンの事件からハリウッドにおける「家族」問題を考える。前篇は、ワインスタインの手腕とその功績について。

Photography Getty Images/Tim Boxer

[2017年10月]

昨年10月以降、映画界はハーヴェイ・ワインスタイン(#01)の未曾有のスキャンダルに始まる一連の事件とその報道に揺れ続けている。問題はワインスタイン個人にとどまらない。映画監督からプロデューサー、俳優に至るハリウッドやその周辺で活躍する様々な映画人たちのセクハラや性暴力が明らかにされ、激しい批判や告発の対象ともなった。多くの女優たちが黒いドレスをまとい抗議の意思を表明したゴールデン・グローブ賞授賞式の光景も記憶に新しいところだ。逆に、過度の告発によって映画作りやさらに広く恋愛に代表される男女関係が神経症的に萎縮してしまうことを憂慮する立場からのプロテストも行われている(#02)。

個別の問題にはそれぞれのニュアンスがあり、その相違点を無視して語ることはできない。また、セクハラや性的暴行で告発される有名映画人も、これで終わりというわけでは決してないだろう。だが、ワインスタインに対する最初の告発者の一人ジャーナリストのローナン・ファローが、映画監督ウディ・アレンと女優ミア・ファローとの間の息子であり、長年にわたって父親との複雑な関係に悩んできたこと(#03)。そして数年前から続くウディの養女ディラン・ファローによる父親の性的虐待を告発する主張がワインスタイン問題を受け初めて大きな拡がりを見せていることも相まって、事態はここで一つ大きな全体構造を見せたようにも感じられる。

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確かに、一見したところワインスタイン事件とウディ・アレンの問題は、それぞれプロデューサーと映画監督、そして多数の映画人を巻き込む巨大なスキャンダルと長期の家族内問題を背景にした一人の被害者による告発という点で著しい違いがあるように見える。また、ディラン・ファローからの性的虐待の訴えは、現在までのところ法的訴訟とはなっていない。だが、パーソナルな状況を脱色し、やや遠くから二つの事例を観察するならば、これら両者にはある側面で同じ類型の構造が認められるのだ。そしてまた、家族問題と不可分である点もきわめて重要である。アレン=ファローという、著名人ではあるもののあくまで個人的で小さな家族のトラブル、そして映画業界という比喩的に言えば大きな家族問題の両者が、どこか近しい空気を漂わせつつ分かちがたくそこにある。これは単に何人かの著名人が関係した性的スキャンダル(もちろんそれもきわめて重要な問題ではあるが)にとどまるものではない。時代の変容の中で、映画もまた変化していること、あるいは変化に対応せざるを得ない事実をあらためて私たちに突きつけた歴史的事件なのだ。

[経緯]

ワインスタイン問題が明るみに出たのは、2017年10月5日にニューヨーク・タイムズが報じた記事が発端となる。女優アシュレイ・ジャッドをはじめ数多くの女優や映画人たちがハーヴェイ・ワインスタインの実名を挙げ、彼からの深刻で長期にわたるセクハラ被害を訴えたのだ。映画業界の超大物を正面から相手取った告発記事は世界中に大きな衝撃を与えた。さらに、同月後半には前述したローナン・ファローによるザ・ニューヨーカーの記事が続いた。長期に渡ってこの問題を取材してきたファローは、ワインスタイン問題が決して数件の女優たちの被害にとどまらず、ハリウッドの男性中心主義的体質と本質的に結びつく、きわめて裾野の広い構造的問題であることを明かしたのだ。その後、ケヴィン・スペイシーやベン・アフレック、ブレット・ラトナー、ダスティン・ホフマンら数多くの映画人たちが告発された。そして、性的暴行やセクハラによる被害を訴える#metoo運動(#04)や、被害者を支援するための基金を設立した「Time's Up」運動も大きな拡がりを見せている。

[歴史]

だが、なぜワインスタイン事件はこれほど大きな拡がりを見せたのだろう。その奥行きを知るには、過去少なくとも30年以上に及ぶアメリカ映画史を紐解く必要がある。ハーヴェイ・ワインスタインが弟のボブと共に〈ミラマックス〉社を立ち上げたのは1970年代のことだ。ちなみに、社名は彼らの両親であるミリアムとマックスから名付けられており、ここにも家族の問題が登場する。ミラマックスは80年代にかけて各国のアートハウス映画や作家映画、インディペンデント映画の配給権を取得し、映画業界での地歩を固めていく。彼らがアメリカ最大のインディペンデント映画会社にまで上り詰めたのは、スティーブン・ソダーバーグ監督の長編処女作『セックスと嘘とビデオテープ』によって1989年カンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を獲得したときだろう。これは、ジム・ジャームッシュが同映画祭でカメラドール(新人監督賞)を受賞し、さらにサンダンス映画祭がコンペティション部門を創設した1984年に続いて、米インディペンデント映画の興隆と質的充実を国際的に印象づけた大きな事件だった。同じ89年、ミラマックスはさらに『コックと泥棒、その妻と愛人』(ピーター・グリーナウェイ)などの海外アートハウス作品もヒットさせ、作家映画やインディペンデント映画を国際映画マーケットの中で商業ベースに乗せることに成功している。こうした動きは、日本における90年代を中心としたミニシアター運動(#05)にも大きな刺激と影響を及ぼしたと見るべきだろう。

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配給権を取得した作品を「興行的に成功させるため」強引に再編集しカットしまくることでワインスタインはきわめて悪名高かった。「ハーヴェイ・シザーハンズ」(#06)と陰口をたたかれ、『もののけ姫』全米公開前には宮崎駿(実際にはプロデューサー)から日本刀の写真と共にたった一言「切るな」と書かれたメールが送られたとも伝えられている。しかし、そのビジネス手腕は確かであり、『パルプ・フィクション』や『イングリッシュ・ペイシェント』『恋におちたシェイクスピア』などによってアカデミー賞やカンヌなど様々なメジャー国際映画祭を席巻し多数の賞を受賞すると共に、それらを興行的にも大成功させた。ハリウッドは、50年代におけるスタジオシステム(#07)の崩壊以降、ニューハリウッドの復権に端を発したメジャー各社によるブロックバスター戦略や、その一つのバリエーションであるMARVELなどと提携したフランチャイズ戦略など商業的ニュアンスが強いもの(であり、かつ古典的ハリウッドの自己破壊にも見えるが、ここでは詳述しない)を除いて、ここではじめて時代の変化に応じたそのオルタナティブなビジネスモデルを明確に確立したとも言える。インディペンデントからミニメジャーにいたる規模で、作家性や芸術性の強い作品をしばしばヒットさせ、クエンティン・タランティーノをはじめとした映画作家に安定的な活動基盤を与えたことは、間違いなくワインスタインの大きな功績である。

[マシーン]

映画祭に際して、ワインスタインは巨大な予算を投じた一大キャンペーンを行うことで有名だった。豪華な雑誌広告から、ジャーナリストたちをもてなす華やかなパーティ、その他様々な形でその予算は湯水のように費やされていった。そしてこの過程において、映画祭に集まるジャーナリストや映画評論家たちもワインスタインの影響下から逃れられなくなっていったのだ。パーティで豪華な食事を振る舞われ、監督や映画スターたちに親近感を抱くからというばかりではない。ワインスタインから提供される巨額の広告出稿費を失えば、雑誌経営が直ちに危機に瀕するからだ。あるいは、彼の不興を買えば、大スターたちへのコンタクトを失ってしまうだろう。ワインスタインは「あらゆるメディアの最良の友人」になったとも評されたほどだ。『セックスと嘘とビデオテープ』でミラマックスが業界を席巻し始めたのと同じ1989年に「ウィークリー・バラエティ」の編集長となり、その後90年代にかけてハリウッドで最も強い影響力を誇るジャーナリストとなったピーター・バートもまたその一人だった。いや、むしろバートこそワインスタインの意向を最も忠実に誌面に反映させ、彼を強力にバックアップし、その見返りとして得られる経済的メリットによって映画ジャーナリズムを支配していったと言うべきかも知れない。

もちろん、こうした豪華なキャンペーンやメディアによるバックアップのみを理由として、ワインスタインの送り出す作品の数々が映画祭で多数の賞を受賞したわけではないだろう。だが、いずれにせよワインスタインを中心に、ジャーナリストや評論家、そしてメディアによる巨大な利益共同体が形成されていったことは間違いない。かつて1940年代に頂点を迎えたハリウッドのスタジオシステムがあたかも一つの家族のように機能し、世間に対する防護壁としてその共同体内部を保護していたとするならば、ワインスタインの「マシーン」もまた同様に利益と目的を共有し、家族的つながりの中でその構成員を守るための装置であったのだ。そして、後者の家族を経済的に成立させていたのは、映画祭による評価を作品の興行的成功へと緊密に結びつけるシステムである。映画祭を基軸とし、その周囲を様々なメディアによって何重にも取り囲んだある種の評価経済、ないしは評判システムこそがワインスタインに成功をもたらした最大の秘密であったと言えるだろう。

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「ハーヴェイ・ワインスタインの興隆と失墜」の後篇は明日、公開予定。

#01
Harvey Weinsteinは、英語の発音にある程度忠実に表記するならハーヴィー・ワインスティーンとなるが、ここでは映画業界における彼の業績とそこで蓄積された資料への参照が重要であるとの立場から慣例通り表記する。

#02
ル・モンド誌に掲載されたサラ・チチやカトリーヌ・ロブ=グリエらによるメッセージ文にフランスの大女優カトリーヌ・ドヌーヴが署名したことで話題になった。

#03
ウディ・アレンは妻ミア・ファローの養子と結婚したため、息子ローナンにとってウディは父親であり同時に義理の兄ともなった。ミアは、ローナンの実の父親がウディではなくフランク・シナトラであるとしてDNA鑑定を行うよう裁判を起こした。結果は公表されていないが、ローナンは自分の父親はウディであると述べている。また後述するように、ウディは養女ディラン・ファローに対する性的虐待によって告発されている。

#04
セクハラや性的暴行を受けたものの、これまで告発する勇気を持たなかった女性たちが「私も」被害に遭ったとSNSを通じて声を上げる運動。ハッシュタグ「#metoo」を付けて発言することから、この名前で呼ばれている。

#05
90年代を中心に六本木シネヴィヴァンやシネマライズ、シネセゾン渋谷といった単館系のミニシアターが個性的な作品セレクトでアートハウス映画を上映し、バブル期の一つの特徴的な文化潮流を作り上げた。

#06
1990年のアメリカ映画『シザーハンズ』(ティム・バートン監督、原題はEdward Scissorhands)に登場する両手がハサミになった主人公に由来する。

#07
少数の映画会社が寡占的に映画産業を独占し、監督から俳優に至る多数の映画人を擁し、製作から配給、上映に至る全体を統御することで商品としての映画を安定的に供給したビジネス形態。