2010年頃から2ちゃんねるを中心に広まりはじめた造語「メンヘラ」。ニコニコ動画やTwitterなどでも散見されるこの「ネット俗語」が生まれたことには、どういった社会的背景があるのか。精神科医の熊代亨氏が考察する。
皆さんは「メンヘラ」という言葉をご存知でしょうか。
なんらかの精神疾患を抱えている人や、抱えていると思われる人は、インターネットの俗語でひとまとめにメンヘラと呼ばれています。
メンヘラは特定の精神疾患を指しているわけではなく、ニュアンスのあいまいな言葉です。
一応、境界性パーソナリティ障害がそれに近いとみる向きもありますが、ネットの内外でこの言葉が使われているさまを見ていると、衝動のコントロールがあまり良くない人、風変りな言動の人、うつ病や不安障害で精神科や心療内科に通院している人などが、一緒くたに「メンヘラ」と呼ばれているように見受けられます。
また、他人を揶揄したり中傷したりするために「あいつはメンヘラだから駄目だ」などと言う人がいる反面、ミステリアスな人物の魅力を語る際に「ちょっと気になるメンヘラだ」といった表現をする人もいて、否定的な言葉とは言い切れない側面も持ち合わせています。
精神科医や福祉関係者のなかには、メンヘラというネット俗語が独り歩きをしている状況を快く思っていない方もいらっしゃるそうです。
確かに、特定の精神疾患を指すわけではない、フンワリとした俗語がカジュアルに用いられていることには弊害もあるでしょう。
反面、特定の病名ではなく、ニュアンスのあいまいな俗語が定着していることで救われている部分もあるように思えるので、今回は、私なりの「メンヘラ観」について書いてみます。
メンヘラという言葉が定着する前のインターネットには、メンヘラと同じニュアンスの俗語は存在していませんでした。
黎明期のインターネット、とりわけアンダーグラウンドな匿名空間には、精神障碍者に対する差別用語がたくさん書き込まれていました。
それらの言葉は他人を誹謗・中傷するために専ら用いられ、それ以外の用途に使われる余地はありませんでした。
そうしたなか、精神疾患の当事者が意見交換するオンラインの場で、新しい俗語が生まれました。それが「メンヘル」です。
この「メンヘル」という俗語は、2ちゃんねるのメンタルヘルス板という場所で、当事者同士が意見交換するなかで用いられはじめたものでした(この経緯については、メンヘラ.jp というサイトが詳しいので、興味のある方はご覧になってみてください)。メンタルヘルスを略してメンヘル、というわけです。
メンヘルと、その派生語のメンヘラは、メンタルヘルスの問題に悩む当事者たちが、自分たち自身を呼び合うための言葉として生まれた点が、それまでの差別用語とは決定的に異なっています。
つまり、この俗語は当事者性をもって用いられ始めたもので、誰かのことを否定したり差別したりするために生まれてきたものではなかった、ということです。
メンヘルやメンヘラは、特定の精神疾患だけを指し示す言葉ではなかったため、病名にかかわらず、メンタルヘルスの病気を抱えている者同士が繋がるためのキーワードとして重宝しました。
2ちゃんねるや個人のネット掲示板、後にはTwitterも含めて、それらを共通のキーワードとして当事者が集まる場が生まれ、盛んに意見交換が行われました。ときにはオフ会が催されることもあり、そうした当事者の集いは今日に至るまで続いています。