戦前から続く日本酒の酒蔵(さかぐら)では東京23区内で唯一残っていた小山酒造(株)(TSR企業コード:290140919、法人番号: 6011501001620、東京都北区、小山周社長)が、2月28日で清酒製造事業から撤退、事実上廃業することが明らかになった。
 創業は1878年(明治11年)。北区岩淵の湧き水を利用して以来、この地で140年の長きにわたり酒造りを続けてきた。銘柄「丸眞正宗(まるしんまさむね)」は、今でも根強い人気を博している。
 最近も雑誌や専門誌などに取り上げられ、売上高も回復基調にあった矢先、突然の廃業の知らせに関係者からは驚きの声があがっている。

小山酒造・本社兼酒蔵

 小山酒造は初代小山新七氏が1878年(明治11年)に創業した。同地で酒造りに適した湧き水を発見したことに由来する。代表銘柄は「丸眞正宗」。現社長の小山周氏は5代目にあたる。
 現在、東京都酒造組合(立川市)には同社を含め10社の蔵元が加盟している。このうち、9社は青梅市や福生市など多摩地区にあり、23区内に本社と製造拠点を置くのは小山酒造だけだ。
 大正、昭和にかけて大手の酒造業者が近代化に乗り出し量産体制を確立した。だが酒造りには良質な水が欠かせない。都内に宅地化、工業化の波が押し寄せ、多くの中小の酒造業者が都心部での酒造りを断念するなか、23区内では同社だけが生き残り、酒造りを脈々と受け継いできた。
 ピークの1990年9月期には売上高3億5,000万円を計上していた。全国展開する大手メーカーとは比べるべくもないが「東京の地酒」として確固たる地位を築いてきた。
 その後、日本酒の需要減やワイン、焼酎など多様なブームに押され、同社の売上高は徐々に低下していった。
 2011年9月期は売上高1億7,400万円。ピーク時から半減した。この間、2002年に敷地内の酒蔵、工場を新築移転。空いたスペースに9階建ての賃貸マンションを建設し、不動産賃貸業を併営しながら経営を維持してきた。23区内の好立地に約6,000平方メートルの広大な敷地を持つ同社だったからこそできた事だった。

近年は増収が続いていたが

 売上高は1億7,400万円を底に、2012年9月期から2016年同期まで5期連続で増収をはたした。背景には「23区に残る唯一の酒蔵」として、テレビや雑誌などメディアへの露出機会が増え、注目を集めた事がある。また、オンライン販売で都内近郊だけでなく全国販売も可能になった。収益面ではマンション賃貸が寄与し、毎期黒字を確保していた。オリンピック・パラリンピックの開催決定で「東京」ブランドがクローズアップされ、追い風となるはずだった。

職人不足の深刻化が浮上

 こうしたなかでの突然の廃業の知らせだ。取引先や業界関係者から驚きの声があがるのも無理はない。
 小山酒造に廃業のいきさつや経緯についての取材を申し込んだが、「(廃業後の)会社の方向性など様々な事を検討中の段階で、現時点では取材に協力できない」と詳細は明らかにされなかった。ただ、関係者によると「職人の手当てが難しくなったと説明を受けた」という。
 オートメーション化された大手メーカーはともかく、昔ながらの酒造りは激務で知られ、特に冬場の水仕事は体に堪える。同社も若い人材の確保に苦心していたと聞かれ、廃業を決断した一因となったようだ。
 飲食業や建設業をはじめ「人手不足」は様々な業種で問題になっている。長年の経験がものをいう伝統産業の酒づくりの現場ではなおさら、職人の高齢化と同時に、若い人材の確保が深刻化している。
 3月1日以降、同社の清酒商品はオーナー家同士が遠縁関係にあたる清酒製造大手の(株)小山本家酒造(TSR企業コード:310007666、法人番号: 5030001002954、さいたま市西区、小山景一社長)が引き継ぐ方向で調整中という。小山本家酒造は「世界鷹」や「くらのすけ」などのブランドで知られる。「丸眞正宗」は製造拠点を移して生産を続けられる見込みだが、「東京23区内製」ではなくなる。多くの関係者から惜しまれつつ、小山酒造は140年の歴史に幕を閉じる。


 100年以上の業歴を持つ老舗企業は全国で約3万5,000社。このうち、業種別では清酒製造業が最も多く、約900社を占める。小山酒造もその1社だ。
 一方、2017年の休廃業・解散企業は2万8,142社だった。沈静化が続く倒産件数(2017年8,405件)に反して、その数は約3.5倍にのぼり、高止まりが続く。
 将来の展望が描けないなど、休廃業・解散の理由は様々だ。だが、全国で人手不足感が広がるなか、徒弟制の性格が色濃く、技術承継に多くの時間を要する伝統産業の現場では「人手不足」がより深刻だ。伝統産業は長年の手法と機械化の選択を迫られると同時に、生き残りにも直面している。

(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2018年1月31日号掲載予定「取材の周辺」を再編集)

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