筋トレをはじめて最初の一週間に失敗した。しゃにむにダンベルを持ち上げていた。文字にすれば「うおおおおおお!」という感じ。非常に興奮していた。すごく鼻息が荒かった。そして数日、いやな痛みが残る。心地よい筋肉痛ではなく、筋肉がズタズタになったような不快感。やりすぎだったんだろう。
以前から思っていたが、久しぶりに筋トレをしたとき、たいてい、やる気がみなぎりすぎて失敗している。やる気が持続しないんじゃなく、「突然やる気になりすぎる」のである。それで過剰にトレーニングし、身体を痛め、次のトレーニングができなくなり、習慣として根づく前にやめてしまう。
運動不足の状態でとつぜん激しい運動をすると、アドレナリンだか何だか知らないが、とにかくそういうものがドバッと出て、気分がとてつもなく高揚し、「今の俺は誰にも止められないッ!」と確信するんだが、止めてもらったほうがいいんだろう。絶対に止めてもらったほうがいい。トレーナーがいると、こういうときに止めてくれるのかもしれない。あんた身体こわしますよ、って。
中学生の時、『るろうに剣心』というマンガで、「精神が肉体を凌駕しはじめたか……」という表現をみた。そこでは、怒りと憎しみによって感覚が麻痺し、血まみれのまま平然と戦い続けるキャラクターが描かれていた。あの場面が大好きだった。俺だって、俺だって精神が肉体を凌駕した状態になってみたい!
しかし、貧弱な肉体しか持たない私は、じつは簡単に精神が肉体を凌駕しちゃうんじゃないか。興奮しながらダンベルを持ちあげるアレ、まさに「精神が肉体を凌駕した状態」だろう。ぜんぜん思ってたのとちがう。もっとかっこいいものだと思っていた。「うおおおおお!」とダンベルを持ちあげる私をみて、「精神が肉体を凌駕しはじめたか……」とつぶやくやつはいるのか。
あのマンガでは、限界をこえて戦った後、時間差で肉体に反動がきて、はげしく嘔吐していた。数年前、もっとも運動不足だった頃、私はひさしぶりに自転車をこいでブックオフに行き、帰宅直後に嘔吐したことがある。杉松に「よ、よわ……」と言われていた。あれもまた精神が肉体を凌駕した状態な気がしてきたが、こんなもん、何でもありじゃないか。おちょこのような肉体。すこしの水でどばどば溢れてしまう。
その後、負荷をかけすぎないように意識して筋トレを再開した。三ヶ月ほど続いているが、やる気はみなぎっていない。すごく淡々とやっている。肉体はそれなりに変化した。なるほど、と思った。やる気、べつに要らないじゃん。この発見は新鮮だった。「誰にも止められないッ!」とか思う必要はなかったのか。
なにかを継続するために大きな興奮は必要ではなく、それどころか、長期的には邪魔にすらなるんだろう。またひとつ学習した。そもそも、どれだけ身体を鍛えようが、タンクローリーと相撲をとれば死ぬ。淡々とやりましょう。