ハードなお話し
クリルの噂について考える
はじめに
先日、bbsにおいて「クリルを与えると背曲がりが起こる」ということに関する質問を頂き、私も、そのとき少し調べてお返事しましたが、今回は、この噂について、いろいろと調べてみました。

たしかに、熱帯魚の雑誌や各websiteでは、クリルはリンが多いので、与え過ぎると問題があると言う記述も数多く見うけられ、私もハードなお話で、一般論として、そのように書き込みしています。
しかし、最近、私のマイブームで釣り餌用のオキアミを餌に良く使用している点と、水族館においても重要な餌の一つとして与えている現実から、オキアミについて調べてみました。

オキアミとは
まず、オキアミは、シロナガスクジラのような海洋の大型哺乳類が常食しているプランクトンの一種であり、あのクジラの大きな体の栄養源になっていて、骨格を形成していることからも蛋白源・カルシウム源として非常に優れていると言う事実があります。 自然界において、オキアミは珪藻を主食としています。生のオキアミの頭部を見れば判りますが黄緑色の味噌のようなものが透けて見えますが、あれが珪藻です。
珪藻は、読んで字のごとくケイ素と非常に密接な関係の有る藻類でして、体を珪酸によりコーティングしているため、ケイ素の摂取が不可欠なものです。ケイ素や珪酸と言うと馴染みの無い物質のようですが、簡単に言えばガラスと似た組成を持っていまして、ガラス質と言うことからカルシウムやホウ酸を豊富に含んでいます。つまり、珪藻を主食とするオキアミは珪藻に含まれるカルシウムを濃縮しており、カルシウム豊富な生物であると言えるのです。事実、オキアミは過去に人間の食卓にも並べるべく、いろいろと調理面での研究が行われましたが収穫後、冷凍にしないとドロドロに溶けてしまったり尻尾が黒くなったりと料理として保存が難しいことから、現在では釣り餌に甘んじているわけである。(郷土料理みたいに塩辛や佃煮は存在する)

成分について
で。実際に、オキアミの成分がどのようなものであるのか調べてみた。他の大型魚の餌とも比較してみましょう。文献は、日本食品標準成分表からの抜粋です。現在は五訂と呼ばれる改訂表になってますが、私の手元に有るハンドブックは40年前に発表された三訂表ですので、若干、成分に違いはあるかもしれないことをご理解下さい。 尚、オキアミは三訂と五訂を載せました。

食品項目 脂質(g) カルシウム(mg)
Ca
リン(mg)
Ca/P比
養殖アユ 10 250 320 0.78
牛レバー 3.5 360 0.014
牛ハツ 3.9 130 0.038
鶏肉 5.0 280 0.014
生アジ 3.5 12 200 0.06
生イワシ 6.0 80 240 0.33
生サバ 4.0 190 0.037
生フナ 3.0 150 150 1.00
生コイ 9.0 72 180 0.4
シラウオ 1.1 180 280 0.64
ドジョウ 1.0 640 890 0.72
生ハゼ 1.1 15 260 0.058
生ワカサギ 2.9 750 680 1.10
生アサリ 1.3 80 180 0.44
生ホタテ貝柱 0.8 11 76 0.14
生オキアミ(三訂表) 3.3 550 340 1.62
生オキアミ(五訂表) 3.2 360 310 1.16
生クルマエビ 1.1 50 260 0.19

※尚、上記の数値は、可食部分100g中の各成分量であり、サバやコイなど頭部や内臓を取り除いた切り身を想定して考えて貰った方が良いでしょう。 クルマエビも頭部は取った尾の部分の肉と考えた方が良いと思います。 また、フナの成分表を載せてますが、餌として与えているコアカも、フナと見なして良いかと思います。

どうですか?皆さん?
定説とされているクリルの原料であるオキアミは上記の私達が熱帯魚の餌として与えるような食品中、カルシウム/リンの比率はトップクラスでカルシウムの方が多く、リンが多いどころかカルシウム豊富な餌として挙げられるわけです。 むしろ、これまで与えていた多くの餌のほうが明らかにリン含量が多いことが判明しました。
では。ナゼ、クリルはリンが多いなどと言う定説になってしまったんでしょうか?
では、なぜ、他の餌でリンがカルシウムよりも多いのに問題が起きていないのか? ご存知だと思いますが、ミルワームもCa/P比は0.1~0.3程度とリンが多く、爬虫類愛好家の間ではワームの多用は要注意とされています。
考察
ここで私は、某クリルのトップメーカーさんに問い合わせしてみました。製法上で、カルシウムが減少する何かがあるのではないかと考えたからです。 しかし、残念ながらクリルの成分比に関しては製法技術の関係もあり、情報として社外に流出することが出来ないと言うことから、情報をこちらに載せる事は出来ませんでした。ただ、フリーズドライ製法の特徴は、100gと言う、食品成分表から見れば生のオキアミに対して乾燥されていることから100g中のカルシウム・リンの含有量は10倍程度になるものの、組成比はフリーズドライでは変化が無い事がフリーズドライのメリットでも有るので、やはり、クリルもカルシウムの方がリンよりも多いと考えて良いものと思います。
(ただし、このメーカーさんには、サイト運営者であることとかも明かさずに質問したのにもかかわらず、大変丁寧な誠実な対応をして頂いたことを、ここで報告しておきます。詳細が社外秘でありますので、説明できないのが残念ですが、このメーカーさんの対応には大変感謝しております。)

では、ナゼ、クリルを与えることで背曲がりが起こるのか? ここからが本題です。

いろいろと水産養殖関連の文献を調べました結果、次のことが判明しました。

魚類は、餌量に含まれる無機質(ミネラル分等)を消化器より吸収するだけではなく、飼育水からも鰓を通じて吸収することが出来る。----つまり、爬虫類では餌と飲み水から無機質を取り入れるしか方法が無く、カルシウム不足が生じると途端に体調に影響が現れるわけであるが、魚の場合は飼育水に含まれる硬度成分からミネラルを摂取することが可能であることから、餌にカルシウムが少なくても問題が起き難いのです。一般の人間の食品衛生から考えるとリンの過多によりカルシウムの摂取は妨げられるのであるが、魚類には、それは当てはまりません。

カルシウムとリンの問題のみについて考えると、餌のカルシウムが不足していても飼育水にカルシウムが存在する限り、問題は起き難いが、逆に水中にカルシウムが存在していてもリンが不足すると、成長不良・骨格異常・背骨の湾曲・体内への脂肪蓄積等の障害が現れることが指摘される。---つまり、骨の主成分としてカルシウムの摂取をイメージしがちであるが、骨の組成はカルシウム・リン・マグネシウムを主成分としていることから、リンの不足によっても背曲がりが発生するのです。 また、カルシウムとリン・マグネシウムは密接な関係にあり、魚体のカルシウム摂取効率は餌に含まれるリン・マグネシウム含量により摂取効率は変化します。

水産養殖の研究分野において、上記①②より、餌の中のリンの不足には深刻な因果関係がある事は判明しているが、餌の中のカルシウム不足については、魚への悪影響の因果関係は明確な結果が得られていない。

魚が水中から摂取するカルシウムの量は、餌に含まれているカルシウム含量により変化する。また、リンが水中に溶解していると、水中のカルシウム量の利用効率が上昇することが判っている。---これは②と関連した話しであるが、リンが多すぎてもカルシウム摂取量に悪影響を及ぼすが、適量であればカルシウム摂取量に良い影響を与えていることを示している。

食品栄養学の先生にお聞きしたことですが、ストレスなどにより筋肉の収縮で背骨が曲がることがあるそうです。これは、アジアアロワナが死後硬直した際に通常の背曲がりとは反対方向に弓なりに反ることからも肯けるかなと私は思いました。 また、リンは細胞代謝に必須であり、蛋白質と結合し、リン蛋白質を形成することで筋肉組織の働きに関与することも知られています。
まとめ(推論)
文献と成分表から判ったことですが、クリルは決してリンが多くカルシウムの少ない餌ではないということ。 また、上の文献から言えば、むしろリンが不足するために背曲がりが起こるのではないかと考えられます。 つまり、今までの定説とは全く逆の話になってしまうということです。 しかしながら、脊椎動物の栄養摂取としてはCa/Pの値の理想は1.00であることから、5訂表の結果を考えても、むしろ理想的なバランスではないかと思い、オキアミ自体での栄養バランスの問題で背曲がりが起こるとは考えられ難い気がします。

クルマエビの成分表を見るように、頭部を取り除いた状態では、極めてリンの高いバランスの悪い餌といえますが、オキアミは見た目がエビに似ているので(本当はプランクトンに近いのに)、エビの成分をベースに「リンが多い」と言われるようになったのではないかと思います。
また、オキアミも頭部を取り除いた尾の部分のみであれば、おそらくリンの比率は高くなるものと思いますが、最近はフリーズドライ技術の向上もあり、上記のクリルのトップメーカーの品質を見る限り、オキアミの頭部はシッカリ付いている個体が9割以上ありますので、全体食として考えても生オキアミと同様に考えて良いと思います。

ここで私の経験を述べますと、私は、テトラオドン・ファハカ(リネアートゥス)を7年間飼育しましたが、最初の1年はミミズやメダカ、アカムシ、アサリがメインであるほかは残りの6年間、ずっとクリルの単食のみを続けましたが、骨格異常は出ませんでした。

また、クリルで背曲がりを起こした人の大半は稚魚~幼魚期でのトラブルであり、これは稚魚~幼魚の日々の成長及び増肉係数が非常に高い事から、栄養欠乏を起こしやすいのであり、クリル背曲がり説は成魚に関して言えば、あまり問題になっていないのではないかと思います。
また、これは失礼な言い方になりますが、クリルを与えて背曲がりを起こした人の多くは初心者が多く、生き餌が高価なことから安くて餌付きの良いクリルを単食させた、飼育者の便宜に走った飼育で起こっているケースが多いことから、クリルが問題と言うよりも私は、クリルのみを単食させることのほうが問題であり、逆の言い方をすれば、大型魚の餌で、たまたまクリルが安くてストック性も良く食いも良い事から多用されていて実例が多い為、クリルのケースが問題となったと考えるべきであり、ワームのみ単食させるとかでも背曲がりが発生する可能性があるのではないかと思えます。しかし、生き餌を与える人の多くは、それなりに気合が入ってますから(笑)、それだけ魚の餌代を厭わないため、いろいろな餌を結果的に与えていることから事実、単食させるケースが少ないのではないかと思います。

それと、背曲がりを起こすケースとして、初心者にありがちなのが、魚が元気だからと言って水質検査も行わず、水替えを怠るケースが多い点です。これは、上の文献から得た情報①②④より、餌のカルシウムが不足する場合、魚が飼育水からカルシウムを摂取しているとして、水替えをしなければ、やがて飼育水中のカルシウムは消費され、ある臨界点を越えた時点で背曲がりが生じることも推察されます。 これは、多くの背曲がりのケースで餌の他にも「魚の世話をサボっていた」ことから起きていて、水替えを頻繁にしたり、いろいろな餌を与えた、と言う事から背曲がりが改善されていることから推察しました。
また、ストレス説を支持するのであれば水替えを怠ることにより硝酸塩濃度が上昇し、魚のストレスの一因となり、筋肉の萎縮に繋がっているのではないかとも思えます。

余談になりますが、新製品と称して、無換水にて魚を育成するシステムとか、たまに見聞しますが、魚が飼育水からも必須ミネラルを補給するという事実が有る以上、仮に、そういった商品が硝酸塩が溜まらない事から毒性的見地で無換水が可能だとしても、蒸発した足し水だけでは飼育されている魚の要求するミネラル分は消費され、消費されないミネラル分は濃縮してくる事実を鑑みても、理に適う飼育方法とは個人的に思えないです。 水道の安い我が国では、無換水飼育の為に余計な設備やお金を掛けて、技術的に困難な思いをしてまで、無換水にコダワル事は海水魚でもない限り、ナンセンスな気がしますが、如何でしょうか?

とまあ。最後の纏めが、推論になってしまうところが素人の悲しいところですね(笑) 私達は学者では有りませんので、餌の成分比がどうであろうと、知らずとも魚が健康であれば良いわけですので、結果が大事では有りますが、問題意識を持つ事は必要かと思っています。 出来ることなら、専門家に、この辺りの謎について調べて頂きたい気はありますが。
ただ、ドジョウの養殖においても餌のバランスが崩れると骨格異常の波だった背骨の個体が増加する事から餌の影響は大きいものだと思います。 私が言いたかったのは、マイブームになっているオキアミをアピールしたかった事から、牽いてはクリルも擁護したあげたかったと言うことです。(笑) 私の推察には想像の域を出ない部分もありますので、正しくないことを書いているかもしれませんが、参考にして頂ければと思います。

クリルは、安価でストックも楽で、人工餌のスターティングフードとしても食いつきも良い餌です。背曲がりを始め、餌の栄養の問題と言うよりも餌の与え方に問題があるということを肝に銘じて、常日頃、複数の餌によるバランスの良い餌やりを心がけて頂きたいものだなと思います。 また、イワシやアジも、魚が一口で飲みこめるようなサイズのモノを選んで全体食として栄養補給させることが出来るのであれば、上に掲げた表の成分結果よりもCa/Pのバランスは取れていると言うことを付記しておきます。

調べてみた個人的な感想としては、今まで漫然と与えていた餌が、意外と栄養バランスの悪いものが多いという点には驚きましたが、飼育水からも栄養補給されていてバランスが取れていたんですね。その意味におきましても飼育水のグレードを維持する事は重要だと思われますし、水換えという作業には、このような意味合いも有ったのだと再認識しました。

2003,8,9