カテゴリー別アーカイブ: ウナギの保全と持続的利用に関わる重要事項

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について
その1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜

中央大学 海部健三

  1. ニホンウナギの個体群サイズが現時点でも縮小を続けていることは、「科学的」に証明されていない。ニホンウナギ個体群サイズの縮小の主要因についても、科学的根拠に基づいて、高い確度で特定することはできない。
  2. 予防原則に基づき、ニホンウナギの個体群サイズは縮小を続けていると想定し、適切な対策を講じるべき。
  3. アリー効果を考慮すると、ニホンウナギ個体群が急激に崩壊へ向かう、または向かっている可能性も想定できる。
  4. ニホンウナギの個体群回復という視点に立ったとき、優先するべきは過剰な漁獲と成育場環境の劣化への対応。
ニホンウナギは増えている?
農林水産省の統計によれば、国内の河川や湖沼におけるニホンウナギの漁獲量は、1960年代には3,000トンを超える年もありましたが、2015年には68トンにまで減少しています。このような状況を受け、2013年2月に環境省が、ついで2014年6月にIUCN(国際自然保護連合)が、相次いで本種を絶滅危惧種に区分したことを発表しました(環境省 2015; Jacoby & Gollock 2014)。
一方、ニホンウナギの個体群サイズ(資源量)を推測した、現時点では唯一の学術論文(Tanaka 2014)では、1990年以降、1歳以上のニホンウナギ個体数は増加傾向にあると推測しています。ニホンウナギの個体数が増加傾向にあるとする推測は、環境省およびIUCNのレッドリストの評価結果や、シラスウナギが不足し、価格が高騰している現状と、大きく乖離しています。少なくとも1960・70年代と比較するとニホンウナギは減少している、という認識は専門家の間でも共通していますが、Tanaka(2014)のように、現時点では個体数が増加している、とする見解があることも事実です。なお、この件に関する詳しい議論は「2016年ウナギ未来会議 議事録」をご覧ください。

予防原則
予防原則とは、生物の絶滅のように、結果が重大であり、取り返しがつかない問題について、最悪の事態を想定して行動するという原則です。例えば、目の前に壊れかけた(実際には、壊れかけているように見える)橋があったとします。橋を渡れば壊れて落下する可能性がありますが、壊れないで無事に渡れる可能性がないわけではありません。橋が架けられている場所はある程度の高さがあり、壊れて落ちれば怪我をしそうです。このような、橋が壊れて落ちる可能性が高く、落ちた場合の被害が大きいときに「渡らない」と判断する、または渡っている途中に橋が壊れても、落ちて大怪我をしないように命綱などの準備をするのが、予防原則に沿った行動です。
前年同期比と比較して、シラスウナギの採捕量が99%も減少している時、「海流の変化など、今年の特別な事情で採捕量が少なくなっているのかもしれない」と考えるのは、壊れかけた橋を渡る行為と同じく、リスクの高い考え方です。一説には50億以上と、鳥類では世界最大級の個体数を誇ったリョコウバト(Ectopistes migratorius)は、狩猟と森林の伐採など人為的な影響によって100年あまりで激減し、1914年に絶滅しています(Bucher 1992)。「ニホンウナギ個体群はまだ大丈夫」「今年は海流の影響で来遊量が減少しただけ」という考え方が、同じ悲劇を招かないと言えるのでしょうか。想定されるリスクの大きさを考えたとき、予防原則に基づき、ニホンウナギ個体群サイズは縮小を続けていると考え、適切な対策を講じるべきです。なお、ニホンウナギとリョコウバトの比較論考については、「ニホンウナギは絶滅しないのか?」をご覧ください。

アリー効果と個体群の崩壊
ラニーニャや黒潮の蛇行など、海洋環境が今期のシラスウナギ来遊量の減少に関与している可能性は十分にあります。しかし、過去にラニーニャや黒潮の蛇行が発生した年でも、今回のように、極端にシラスウナギ来遊量が減少した例はこれまでに知られておらず、海洋環境を今期のシラスウナギ来遊量減少の主な要因と位置付けることは困難です。それでは、個体群サイズの縮小を主な要因として、昨年同期比で99%減という、極端なシラスウナギ採捕量の減少を説明することが可能なのでしょうか。実際には、生物の個体群が急速に減少する現象は、生態学の世界でよく知られているアリー効果と呼ばれるメカニズムを考慮すると、十分に想定することができるのです。
生物は一般的に、個体数密度が高くなると資源をめぐる競争が熾烈になり、生残率や成長率が低下します。その一方で、個体数密度が極めて低い場合には、反対に密度低下によって生存率や増殖率が低下する現象があり、アリー効果と呼ばれます。特に、オスとメスで両性生殖を行う生物の場合、個体数密度が低下するとオスとメスが出会う確率が低下し、繁殖率が低下します。人間でも過疎地においてパートナーを見つけることが難しくなるのと、同じ現象です。
ニホンウナギの産卵は1対1のペアではなく、少なくともオスとメスそれぞれ100個体以上の集団が、数十m以内の範囲に密集して行われると考えられています(Yoshinaga et al. 2008; 黒木・塚本 2011)。ニホンウナギ個体群サイズの縮小は、産卵に向かう個体数を減少させます。産卵に向かう個体数の減少は、成育場から遠く離れたマリアナ諸島西方海域の産卵場において、オスとメスが出会い受精する確率を低下させると考えられます。産卵に向かう個体数と、産卵場においてオスとメスが出会う確率がともに低下する場合、新しく生まれる個体数は、指数関数的に減少することになります。
さらに、個体群の減少は産卵回遊の成功率をも低下させる恐れがあります。一部の漁業者では、産卵場に向かうウナギは群れを作ると、伝説のように伝えられています。捕食者の多い海の中を泳ぐ産卵回遊は危険に満ちており、行動追跡実験でも、サメなどによる捕食が報告されています(Béguer-Pon 2012)。群れを作ることによって被食確率を低下させる動物では、個体数密度が減少すると、被食確率が増大し、生残率が低下します。これも、アリー効果の一つとして考えられています。個体群サイズの縮小に起因する、産卵に向かう個体数の減少によって、ニホンウナギの産卵回遊の成功率が低下すれば、産卵場に到達できる個体はさらに減少し、オスとメスが出会う確率はより一層低下します。その結果、新しく生まれるニホンウナギの個体数が大きく減少するかもしれません。
ニホンウナギの個体群サイズが、ある限界を超えて縮小すると、産卵場でオスとメスが出会い、受精卵を生産することが困難になり、個体群が一気に崩壊へと向かう可能性が考えられます。現在のところ、ポイント・オブ・ノーリターンとも呼べるこの限界を超えて、ニホンウナギの個体群サイズが縮小したのかどうか、判断するために必要な情報はありません。しかし、その生態とアリー効果を考慮したとき、ニホンウナギ個体群がある瞬間から急激に崩壊することは、十分に想定できるのです。

「個体群減少」の要因
少なくとも長期的には減少しており、急激に崩壊することも想定できるニホンウナギ個体群の変動には、(1)過剰な漁獲、(2)成育場環境の劣化、(3)海洋環境の変化が関係していると考えられています。
  • 過剰な消費:現在日本で消費されているウナギのほとんどは養殖された個体であり、河川や湖沼、沿岸域で捕獲されたいわゆる「天然ウナギ(放流個体を含む)」は、消費量の1%未満に過ぎません。ウナギを卵から育てることは技術的に難しく、現時点では商業的な利用が実現していないため、全ての「養殖ウナギ」は、海洋で産み出された卵から孵化して沿岸域までたどりついたシラスウナギを捕獲し、養殖場で育てたものです。再生産速度を超えた漁獲が継続すれば、資源量は減少します。
  • 成育場環境の劣化:消費のほかに、ニホンウナギが生活史のほとんどを過ごす成育場である河川や湖沼、沿岸域などの成育場環境の劣化もニホンウナギ資源の減少に強く関わっていると考えられています。台湾と香港の研究チームが衛星写真をもとに、日本、韓国、中国、台湾の16河川を対象に行った研究では、1970年から2010年にかけて8%の有効な成育場が失われたと推測されています(Chen et al. 2014)。
  • 海洋環境の変化:ニホンウナギの産卵場は外洋に存在し、孵化後は海流によって成育場にまで受動的に移動するため、海洋環境の変化は生残率に大きく影響します。例えばニホンウナギでは、エルニーニョの発生によって、成育場へ輸送される個体数が減少します(Kim et al. 2007)。現在はラニーニャの傾向であり、ラニーニャでも成育場へたどり着ける個体数が減少しますが、エルニーニョほど影響は大きくありません(Zenimoto et al. 2009)。このほか、輸送経路の渦(eddy)の増加(Tzeng et al. 2012)、フィリピン・台湾振動(Philippines-Taiwan Oscillation)がニホンウナギの来遊量に影響を与えること(Chang et al. 2015)などが報告されています。
その他に想定できる減少要因として、堰など河川横断構造物による移動の阻害が被食の確率を高めること、放流など個体の輸送によって新たな病原体が侵入・拡散すること、などが考えられます。
主要な要因と考えられている(1)過剰な漁獲、(2)成育場環境の劣化、(3)海洋環境の変化のうち、海洋環境をニホンウナギの産卵と輸送に適した状態に変えることは困難です。長期的視点に立って温暖化の進行を抑え、海洋環境の変化を最小限にとどめることは重要ですが、ニホンウナギ個体群の回復という比較的短期的な視点に立ったとき、優先するべきは(1)過剰な漁獲と(2)成育場環境の劣化への対応です。具体的な対応策については、第2回「喫緊の課題はシラスウナギ池入れ制限量の見直し」と、第3回「生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜」で解説する予定です。

引用文献
Béguer-Pon M et al. (2012) Shark predation on migrating adult American eels (Anguilla rostrata) in the Gulf of St. Lawrence. PLoS One 7, e46830
Bucher EH (1992) The causes of extinction of the Passenger Pigeon. In Current ornithology, pp. 1-36. Springer US
Chang YL et al. (2015) Impacts of interannual ocean circulation variability on Japanese eel larval migration in the western north Pacific Ocean. PloS one 10.12, e0144423.
Chen J-Z et al. (2014) Impact of long-term habitat loss on the Japanese eel Anguilla japonica. Estuarine, Coastal and Shelf Science 151, 361-369
Jacoby D, Gollock M (2014) Anguilla japonica. The IUCN Red List of Threatened Species. Version 2014.3
環境省 (2015)「レッドデータブック2014−絶滅のおそれのある野生生物−4汽水・淡水魚類」ぎょうせい.東京
Kim H et al. (2007) Effect of El Niño on migration and larval transport of the Japanese eel (Anguilla japonica). ICES Journal of Marine Science, 64, 1387-1395
黒木・塚本(2011)「旅するウナギ –1億年の時空をこえて」東海大学出版会. 神奈川
Tanaka E (2014) Stock assessment of Japanese eels using Japanese abundance indices. Fisheries Science 80, 1129-1144
Tzeng WN et al. (2012) Evaluation of multi-scale climate effects on annual recruitment levels of the Japanese eel, Anguilla japonica, to Taiwan. PLoS ONE 7, e30805
Yoshinaga et al. (2008) School size of spawning Japanese eel: estimation from genetic data. 5th World Fisheries Congress, Yokohama (oral presentation)
Zenimoto K et al. (2009) The effects of seasonal and interannual variability of oceanic structure in the western Pacific North Equatorial Current on larval transport of the Japanese eel Anguilla japonicaJournal of Fish Biology 74, 1878-1890

今後の予定
次回は「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について その2:喫緊の課題はシラスウナギ池入れ制限量の見直し」を2月5日の月曜日に公開する予定です。シラスウナギの来遊が期待される3月の新月まで連載を継続するため、第7回、第8回とまとめを追加しました。内容は未定ですが、ウナギに関わる産業の役割や、政治や行政の役割についても論じたいと考えています。なお、ニホンウナギの基礎知識については、「ウナギレポート」をご覧ください。

「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」連載予定(タイトルは仮のものです)

序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか(公開済み)
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜基本とすべきは予防原則、重要な視点はアリー効果〜(公開済み)
2:喫緊の課題はシラスウナギ池入れ制限量の見直し(2月5日)
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜(2月12日)
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠(2月19日)
5:より効果的な放流とは(2月26日)
6:新しいシラスウナギ流通(3月5日)
7:TBD(3月12日)
8:TBD(3月19日)
9:まとめ(3月26日)

2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について 序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか

2017年末から2018年1月現在までの、シラスウナギの採捕量は前年比1%程度と、極端に低迷しています。この危機的な状況を受け、当研究室では「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」と題し、全6回程度の連載で、課題の整理と提言を行うこととにしました。初回は序章「「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか」として、不漁の要因の捉え方について考えます。

「シラスウナギ歴史的不漁」報道
2017年末から、ウナギ養殖に利用するシラスウナギの不漁が伝えられています。

シラスウナギ不漁深刻 県内解禁15日、昨年比0.6%」(宮崎日日新聞 2017年12月27日)
極度の不漁 平年の100分の1、高騰必至」(毎日新聞 2018年1月15日)

これらの報道によれば、国内外のニホンウナギのシラスウナギ採捕量は、前年同月比で1%程度にとどまっています。1月17日の新月、同じ月の中でもシラスウナギが大く来遊するとされる、いわゆる「闇の大潮」でも、採捕量は伸びていないようです。過去には、漁期を過ぎた5月、6月に来遊のピークが観察された年もあり(Aoyama et al. 2012)、2月以降の来遊が全く期待できないわけではありません。しかし、シラスウナギ漁期が3月から4月にかけて終了することを考えると、今期養殖場に供給されるシラスウナギの量が大きく減少することは、避けられないでしょう。

シラスウナギ不漁の要因
今期の、シラスウナギ採捕量の大幅な減少には、どのような要因が影響しているのでしょうか。採捕者の減少と、シラスウナギ来遊量の減少の二つの要因が想定されますが、前年同期比1%という極端な減少が、採捕者の減少によってもたらされているとは考えにくいため、シラスウナギの来遊量そのものが減少したと考えるべきです。
では、シラスウナギの来遊量はなぜ減少したのでしょうか。来遊量を減少させる要因についても、海洋環境と個体群の減少の、二つの要因を想定することができます(当然、これらの要因は複合して影響しすると考えられます)。海洋環境について、エルニーニョ現象が生じている年にはシラスウナギの来遊量が減少することが知られていますが(Kim et al. 2007)、気象庁によれば、現在はエルニーニョとは反対の現象、ラニーニャ現象が生じていると考えられており(気象庁 エルニーニョ監視速報No. 304)、来遊量の減少をエルニーニョで説明することはできません。エルニーニョ以外に考慮すべきは、黒潮の蛇行です。現在黒潮は東海沖で大きく蛇行しています(JAMSTEC 黒潮親潮ウォッチ)。ニホンウナギのシラスウナギは黒潮に乗って北上するため、黒潮が蛇行し、日本から離れることによって、日本への接岸が難しくなる可能性が想定されます。しかし、東海沖における黒潮の蛇行によって、台湾も含めた東アジア全体のシラスウナギ採捕量の激減を説明することは困難です。このほか、来遊経路の渦の状態(Tzeng et al. 2012)や、フィリピン・台湾振動(Philippines-Taiwan Oscillation)がニホンウナギの来遊量に影響を与えること(Chang et al. 2015)なども報告されていますが、今期の採捕量減少との関係は明確ではありません。
海洋環境の影響も十分に考えられますが、今期のシラスウナギ来遊量減少を説明することは困難です。このような状況で、主要な要因として強く疑われるべきは、個体群の減少でしょう。個体群が減少すれば、当然来遊量は減少します。問題は、前年同期比99%減という急激な減少を、個体群の減少で説明できるのか、ということにあります。この問題については、次回の記事において、生態学の視点から考察したいと思います。ここでは、予防原則の考え方からも、個体群減少を要因として疑うことが支持される点について、確認しておきます。黒潮の蛇行など、今期に特異的な海洋環境によってシラスウナギの来遊が減少したのであれば、来期以降回復する可能性もあります。しかし、ニホンウナギ個体群の減少によって産卵数及びシラスウナギ来遊量が減少した場合、来遊量を回復させることは非常に困難です。今期の「シラスウナギの歴史的不漁」の主要な要因がニホンウナギ個体群の減少にあった場合、ニホンウナギの絶滅の可能性を危機的なレベルにまで増大させるばかりでなく、社会、経済にも大きな影響を与えるでしょう。もたらされる影響の大きさを考えると、予防原則の考え方に基づき、最悪の事態である「ニホンウナギ個体群の減少」が主要な要因であると想定して、早急に対策を進める必要があります。

必要とされる対策の提言について
これから約1ヶ月半に渡り、現状の整理と必要とされる対策の提案を、このブログを通じて行います。毎週月曜日に、以下の内容で記事を更新する予定です(タイトルは仮のものです)。また、今後シラスウナギの来遊量が回復する可能性も考えられますが、中長期的には減少傾向にあります。このため、2月以降に「不漁」が改善した場合でも、連載は継続いたします。なお、ニホンウナギの保全と持続的利用の現状について情報を必要とされている方は、「ウナギレポート」をご覧ください。さらに詳しい情報を必要とされている場合は、拙著「ウナギの保全生態学」をご覧ください。

「2018年漁期 シラスウナギ採捕量の減少について」連載予定
序:「歴史的不漁」をどのように捉えるべきか(本日)
1:ニホンウナギ個体群の「減少」 〜重要な考え方は予防原則とアリー効果〜(1月29日)
2:喫緊の課題はシラスウナギ池入れ制限量の見直し(2月5日)
3:生息環境の回復 〜「石倉カゴ」はウナギを救うのか?〜(2月12日)
4:ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるための法的根拠(2月19日)
5:より効果的な放流とは(2月26日)
6:新しいシラスウナギ流通(3月5日)

引用文献
Aoyama, Jun, et al. “Late arrival of Anguilla japonica glass eels at the Sagami River estuary in two recent consecutive year classes: ecology and socio-economic impacts.” Fisheries science 78.6 (2012): 1195-1204.

Chang, Yu-Lin, et al. “Impacts of interannual ocean circulation variability on Japanese eel larval migration in the western north Pacific Ocean.” PloS one 10.12 (2015): e0144423.

Kim H, Kimura S, Shinoda A, Kitagawa T, Sasai Y, Sasaki H (2007) Effect of El Niño on migration and larval transport of the Japanese eel (Anguilla japonica). ICES Journal of Marine Science, 64, 1387-1395.

Tzeng WN, Tseng YH, Han YS, Hsu CC, Chang CW, Di Lorenzo E, Hsieh CH (2012) Evaluation of multi-scale climate effects on annual recruitment levels of the Japanese eel, Anguilla japonica, to Taiwan. PLoS ONE 7:e30805.

意外と知られていないウナギの実情

グリンピースのアンケート調査
環境保護団体グリンピースが消費者1,086名に対してウナギに関するアンケート調査を行い、その結果を公表しました。
アンケートの結果の概要
アンケートの結果

アンケートの結果によると、41.7%がニホンウナギが絶滅危惧種に指定されていることを知らなかったと回答しており、73.9%が養殖に用いるシラスウナギの半数について、密漁や密売などの不法行為が関わっていることを知らなかったと回答しています。昨今、ニホンウナギ資源の減少やシラスウナギの密漁と違法取引に関する報道が増加していますが、まだまだ一般的な認知は進んでいないことが示されました。

その一方で、ニホンウナギの現状を知らなかった回答者の約半数が、今後消費量を控えたいと回答しています。さらに、これからもウナギを食べ続けるため、販売者(飲食店や小売スーパー)ができることについては、「不正な取引によるウナギを販売しないよう、仕入れの基準を厳しくする」が63.1%と最も多い回答でした。

情報共有の重要性
このアンケートの結果は、ウナギをめぐる問題について、社会的認知は十分ではないが、認知が進むことによって消費者の行動が変わる可能性を示しています。ウナギに関する問題の解決にあたって、社会における情報共有の重要性が示されたと言えるでしょう。

ウナギを含め、社会問題を解決するために情報共有が重要であることは当然ですが、問題は、どのような情報を、どのような対象と、どのような方法で共有するのか、にあります。「欠如モデル」と呼ばれるような、行政や専門家からの一方的な情報伝達ではなく、ステークホルダー全体で問題の本質を確認し、共有する姿勢が重要です。ウナギ問題に関するステークホルダーのうち、現在最も情報を得ることが困難なのは、一般消費者でしょう。グリンピースのアンケートは、見事にその問題点を浮き彫りにするとともに、情報共有の促進によって問題が解決へ向かう可能性を示しました。

アンケート調査の今後の課題
アンケートの内容には少し気になった部分もありました。「ウナギの旬」について、[Q4]は以下のような設問になっています。

「土用の丑の日の由来 1つとして、「丑の日にちなんで、“う”から始まる食べ物を食べると夏 負けしない」という風習があり、江戸時代にウナギ屋が夏にうなぎが売れないで困っていて、「“本日丑の日”という張り紙を店に貼る」という平賀源内の発案が功を奏し、ウナギ屋が大繁盛したといわれています。ですが、実際には「土用の丑の日」は春夏秋冬と4季にわたってあり、本来のウナギ 旬は秋〜冬です。このことを知っていましたか?」

この質問にある「本来のウナギの旬」とは一体どのように定義されたものでしょうか。秋から冬のウナギを美味しいとする意見があることは承知していますが、一般的に共有されている認識とは言い難いのではないでしょうか。また、もしウナギの旬が秋から冬であることが一般的であったとしても、それは天然ウナギの場合であり、現在一般的に出回っている養殖ウナギには当てはまりません。この問いの意図は、土用の丑の日におけるウナギの大量消費を削減することにあると想像されますが、もしそうだとすればアンケートの形を模した恣意的な世論の誘導であり、批判されるべきでしょう。グリーンピースのアンケート調査そのものは大きな意義があるだけに、今後より公正な設問の設定が期待されます。

中央大学 海部健三

放流ウナギと天然遡上ウナギを判別する技術が開発されました

中央大学、東京大学、水産研究・教育機構などからなる研究チームにより、放流ウナギと天然遡上ウナギを判別する技術が開発され、論文が2017年9月15日、海洋科学に関する国際専門誌 ICES Jounal of Marine Scienceにて発表されました。今後放流の効果検証、正確なウナギの資源解析、自然分布の把握など、様々な研究への応用を通じて、ウナギの保全と持続的利用に貢献することが期待されます。
この論文に関する取材・問い合わせは海部までお願いします。トップページの「連絡先」より直接メールを送れます。

タイトル:Discrimination of wild and cultured Japanese eels based on otolith stable isotope ratios.
著者:Kaifu K, Itakura H, Amano Y, Shirai K, Yokouchi K, Wakiya R, Murakami-Sugihara N, Washitani I, Yada T
掲載誌: ICES Jounal of Marine Science

要旨和訳
人為的標識を用いずにウナギの天然遡上個体と養殖個体を識別する手法を開発した。アメリカウナギ、ヨーロッパウナギ、ニホンウナギのシラスウナギおよび黄ウナギの漁獲量は1970年代以降減少し、近年は危機的な状況にある。資源の増殖を目指してEUおよび日本で放流が行われているが、放流の総合的な利益は未だ不明である。資源回復に対する放流の効果を検証するためには、放流個体の生残、成長、降河回遊および再生産を追跡する必要がある。養殖ウナギが放流される事例が多く見られるため、本研究では、耳石酸素・炭素安定同位体比を用いて天然遡上個体と養殖個体を識別する可能性を探った。95個体の天然遡上個体と314個体の養殖個体からなる、合計409個体の教師データから線形判別モデルを得た。クロスバリデーションの正答率は96.8%だった。このモデルを、再捕獲した20の放流個体に応用したところ、100.0%が養殖個体と判別された。このことは、これらの個体が成長期の初期を養殖場で過ごし、のちに放流されたことを示している。この手法を応用して河川や沿岸域、産卵場で捕獲された個体に占める放流個体の割合を明らかにすることにより、放流効果の検証につなげることができる。

論文へのリンク

バルト海でウナギ禁漁へ

欧州委員会は、バルト海における全ての商業的漁業及び遊漁によるウナギ漁を2018年より禁止することを決定しました。誤って漁獲したウナギは即座に放流するようにも定められています。

欧州委員会のプレスリリースへのリンク

市民協働型ウナギモニタリングプログラムへの参加を募集します

中央大学ウナギ保全研究ユニットでは、ロンドン動物学会及び日本自然保護協会と提携し、市民協働型のウナギモニタリングプログラムを開始することを計画しています。

背景

ニホンウナギの危機的状況が危惧されているにもかかわらず、個体群が増加しているのか、減少しているのか、正確に把握されていません。その理由の一つには、生息域が散在し、データの取得が困難であることが挙げられます。

市民との協働による調査は、幅広い地域からデータを集めることが可能です。すでにヨーロッパでは市民との協働によるウナギモニタリング調査が行われており、成果を上げています。そこで、ヨーロッパで行われている市民協働型モニタリング調査を、日本国内に導入することを目指します。

手法

国際的な環境保全NGOであるロンドン動物学会がテムズ川で行なっている「テムズ川ウナギ計画」をモデルとして導入します。試行を重ねることにより、日本におけるウナギのモニタリングに適した手法へと修正する予定です。

「テムズ川ウナギ計画」では、ウナギの遡上を阻害する落差工や堰などの河川横断工作物にウナギ魚道をとりつけ、魚道の途中に設置したトラップを用いて遡上数を定量的に観測します。専門家の協力のもと、地域の市民が主体となってウナギの遡上量をモニタリングすることができるシステムです。

ニホンウナギ減少の主要な要因の一つとして、落差工や堰などの河川横断工作物による遡上の阻害が疑われています。このモニタリング計画により、ウナギの魚道の設置が進むことにより、ウナギの遡上を促すことができます。

テムズ川ウナギ計画で使用されているウナギ魚道。途中の箱がトラップ。

テムズ川ウナギ計画で使用されているウナギ魚道。日陰の部分に見える箱がトラップ



魚道の途中に仕掛けられたトラップ。ここでウナギを捕獲するが、トラップを外すとただの魚道にな理、ウナギは自由に上流へと遡上できる。

魚道の途中に仕掛けられたトラップ。ここでウナギを捕獲するが、トラップを外すと通常の魚道となり、ウナギは自由に上流へと遡上できる。



捕獲されたウナギ

捕獲されたウナギ



捕獲したウナギの全長を計測

捕獲したウナギの全長を計測



計数、計測後は上流側へ放流して終了

計数、計測後は上流側へ放流して終了



モニタリングへの参加

このモニタリングプログラムへ、主体的に参加していただける団体や個人を募集します。これから導入のための試行を開始するところですので、状況を伺いながら、実施の可否をご相談させていただきたいと思います。なお、以下の条件を満たしていることが理想です。当該水域の状況を確認のうえ、ご連絡ください。当該水域の状況によっては、ご希望に添えない場合があることをご承知おきください。
  1. 主体的に、継続的にモニタリングを行えること
  2. シラスウナギの来遊がある、または期待できる水系で活動できること
  3. ウナギの遡上を阻害する落差工や堰などの河川横断工作物が存在すること
  4. 組織を形成し、ボランティアでの調査が可能であること
  5. 魚道の設置にあたり、河川管理者との調整が可能であること
  6. 採集調査にあたり、都府県担当者(水産課など)との調整が可能であること
  7. 設置費用をある程度負担できること(費用負担の配分や助成金の獲得方法などについては、相談しましょう)
上記の条件のうち5や6など、行政との調整については、お手伝いさせていただきます。そのほかの項目や、上記項目以外のことでも、お気軽にご相談ください。上記の諸条件がある程度クリアされているか、またはクリアできる可能性があるか、お話ししながら方向を探りましょう。

始めてみないとどの程度うまくいくのかわからない部分があります。モニタリングの試行にお付き合いいただける方は、中央大学の海部までメールでご連絡ください。自然保護団体や漁業協同組合だけでなく、学校やクラブ活動などからの応募も歓迎いたします。

連絡先:以下の研究者情報データベースから、「>>連絡フォームはこちら」をクリックしてください。直接海部にメールを送ることができます。

研究者情報データベースへ

英国で設置が進むウナギ・スクリーン

英国では、一定規模の全ての取水施設に、ウナギの迷入を防ぐ「ウナギ・スクリーン」を設置することが義務付けられています。

テムズ川ウォルター取水口
テムズ川流域の上下水道を供給管理するテムズ・ウォーター社のウォルター取水口には、産卵のために河川を下る銀ウナギの迷入を防ぐため、Hydrolox社の「ウナギ・スクリーン」が設置されています。なんと、河川に直に接するスクリーンのメッシュが1.5 mmという細かさです。このスクリーンと、取水速度を毎秒25cmまで遅くすることで、ウナギを含む様々な生物の迷入を防いでいます。細かいメッシュには当然ゴミが付着し、目詰まりを起こしますが、スクリーン内外の水位差からゴミの付着を感知し、自動洗浄するシステムがついています。洗浄には、河川水をポンプアップして用います。
取水速度を抑えるため、旧来の取水口を拡大し、毎秒11m3の取水力を維持しています。ウォルター取水口の改築にかかった総費用は、7,000万円ほどということです。全額テムズ・ウォーター社が負担しています(最終的には水道代に添加されます)。

ウォルター取水口のウナギ・スクリーン全景

ウォルター取水口のウナギ・スクリーン全景



メッシュは1.5mm幅。傷んだ部分を取り替えられるように、細かいパーツの組み合わせでできています

メッシュは1.5mm幅。傷んだ部分を取り替えられるように、細かいパーツの組み合わせでできています



ウナギ・スクリーンを製作、販売しているのはhydrolox社

ウナギ・スクリーンを製作、販売しているのはhydrolox社。英国の規則でHydrolox社の製品の使用が義務付けられているわけではありません



ウナギ・スクリーンの設置を定めた規則
ウナギ・スクリーンの設置は、英国環境庁がウナギの保護のために作成した規則(statutory instrument)によって定められています(規則へのリンクはこちらから)。2009年に定められ、2010年に施行された「The Eels (England and Wales) Regulations 2009」によると、イングランドとウェールズに存在する、24時間で20㎥以上取水するあらゆる取水施設が対象で、スクリーンの設置費用は全額施設管理者の負担とされています。
「The Eels (England and Wales) Regulations 2009」は、2007年にEUが設定した「establishing measures for the recovery of the stock of European eel」を根拠として定められました。

洗浄水を組み上げるポンプ

洗浄水を組み上げるポンプ



スクリーンの外側(テムズ川に面している側)。枝など大きなゴミの侵入を防ぐスクリーンが設置されています

スクリーンの外側(テムズ川に面している側)。木の枝など大きなゴミの侵入を防ぐスクリーンが設置されています



「ウォルトン取水場ウナギスクリーン」の操作室。普段は全自動ですが、この日はマニュアル操作に切り替えて動きを見せてくれました

「ウォルトン取水場ウナギスクリーン」の操作室。普段は全自動ですが、この日はマニュアル操作に切り替えて動きを見せてくれました



対策を進めるには根拠となる法律が必要
このような大規模な対策を進めることができている背景には、根拠となる明確な規則があります。今後ニホンウナギの保全と持続的利用を進めるにあたって、深く考えさせられる事例でした。

英国テムズ川における市民協働型ウナギ・モニタリング

2017年6月に開催された国際ウナギシンポジウムにあわせて、英国の河川におけるウナギ保全の取り組みを見学させてもらいました。うち、一部を順次ご紹介します。

市民協働のテムズ川ウナギモニタリング
ロンドン動物学会、英国環境庁などが主導し、市民と協働してのウナギをモニタリングするプログラムが発達しています。この市民協働型のウナギモニタリングシステムを、ロンドン動物学会の協力を得て、日本にも導入する予定です。近日中にお知らせできるかと思います。

2017年6月、ロンドン市街を流れるテムズ川で、水門に設置されたウナギ魚道における市民科学によるウナギ遡上量のモニタリングを見学しました。モニタリングは、ロンドン動物学会と英国環境庁が、120名ほどの地域住民とともに行なっているということです。

テムズ川の水門。階段状の構造は、水流を緩やかにするためであり、生物の移動を目的としたものではありません。

テムズ川の水門。階段状の構造は、水流を緩やかにするためであり、生物の移動を目的としたものではありません。



水門には、ウナギの遡上を助けるウナギ用魚道が設置されています。ウナギ魚道の目的は遡上の促進とモニタリング。トラップを用いてウナギの遡上数をモニタリングできますが、トラップを外すとウナギは自由に遡上できます。

テムズ川ウナギ計画で使用されているウナギ魚道。途中の箱がトラップ。

テムズ川ウナギ計画で使用されているウナギ魚道。途中の箱がトラップ。



魚道の途中に仕掛けられたトラップ。ここでウナギを捕獲するが、トラップを外すとただの魚道にな理、ウナギは自由に上流へと遡上できる。

魚道の途中に仕掛けられたトラップ。ここでウナギを捕獲するが、トラップを外すとウナギは自由に上流へと遡上できる。



モニタリングでは、トラップで捕獲されたウナギの個体数を計数し、全長を計測します。重量は計測しません。全長計測はビニール袋の中で行い、麻酔はしません。計数、計測後に上流側へ放流します。

捕獲されたウナギ

捕獲されたヨーロッパウナギ



市民協働のウナギ・モニタリング工程表

市民協働のウナギ・モニタリング工程表



捕獲したウナギの全長を計測

捕獲したウナギの全長を計測



計数、計測後は上流側へ放流して終了

計数、計測後は上流側へ放流して終了



資料
ロンドン動物学会テムズ川ウナギプロジェクトの紹介ページ
テムズ・ウォーター社
Hydrolox社

シラスウナギ密輸の裏にあるのは「無意味な規制」 −NHKクローズアップ現在+を見て−

2016年12月1日、NHKのクローズアップ現代+で「”白いダイヤ”ウナギ密輸ルートを追え!」が放映されました。番組では、養殖に用いるシラスウナギが、輸出を制限している台湾から香港を経由して日本へと輸出されている状況を指摘しています。シラスウナギ密輸が横行している理由としては、日本における土用の丑の日の集中的な消費との関連が、番組内で強く示唆されました。しかし、実際は輸出制限の存在自体に問題があり、さっさと撤廃してしまうのが最善の選択のようです。

香港「密輸」ルート
番組で紹介されている通り、毎年日本には香港から大量のシラスウナギ(子どものウナギ)が養殖のために輸入されます。香港ではシラスウナギの漁獲は行われていないと考えられており、そのほとんど(または全て)は別の国や地域で漁獲されたものが、香港を経由して日本へと輸入されたものであると考えられています。割合を推測することは困難ですが、これらのうち多くは、シラスウナギの輸出を制限している台湾などからの密輸であると考えられています。2015年漁期においては、日本に輸入された3.0トンのシラスウナギのすべてが、香港から輸出されました。なぜ、このような状態が当たり前になってしまったのでしょう。

2015年漁期に日本国内の養殖場に池入れされたシラスウナギの内訳:輸入された3トンは全て香港からの輸入で、密輸が色濃く疑われる。国内漁獲のうち6割を超える9.6トンは密漁や無報告漁獲など、違法な漁獲。

2015年漁期に日本国内の養殖場に池入れされたシラスウナギの内訳:輸入された3トンは全て香港からの輸入で、密輸が色濃く疑われる。国内漁獲のうち6割を超える9.6トンは密漁や無報告漁獲など、違法な漁獲。



 

「土用の丑の日」が問題なのか
NHKでは、土用の丑の日のある7月にウナギの国内消費が突出して多い事を示したうえで、「丑の日に間に合わせる形での養殖というのが、やっぱり日本では盛んなんですけれども、今、盛んなのは、特に半年で育てる方法です。その場合、7月の出荷に間に合わせるためには、半年前ですから、この1月上旬には遅くとも入れなくちゃいけない。」「少しでも早くということで、香港から仕入れて半年で間に合わせるサイクルが出来上がってしまっているという構図なんですね」と、香港を経由したシラスウナギの密輸が、来遊時期の早い台湾のシラスを欲する日本の養殖と消費のあり方にあると説明します。
しかし、これまでの経緯を考えると、この理屈では説明しきれない部分があります。実は、2007年までは、台湾のシラスウナギが香港経由で密輸されるという問題は無かったのです。土用の丑の日におけるウナギの大量消費は、2007年から始まったわけではありません。国内におけるウナギの消費量が現在の倍以上だった1990年代には、すでに丑の日周辺の大量消費が常態化していました。それでは、なぜ近年になってから、密輸が問題になったのでしょうか。

日本へ輸入されたシラスウナギの輸出国:2007年に日台両国がシラスウナギの輸出を制限した。その後台湾からの輸入が激減し、香港からの輸入が増大した。なお、2007年以前にも香港からはシラスウナギが日本に輸出されており、過去には、必ずしも「香港ルート=密輸」ではなかったことが伺える。NHKクローズアップ現代やその他のマスコミでも、このグラフを取り上げるときのタイムフレームは2001年以降。2000年以前に香港から輸入されている状況を見せないようにしている。マスコミによる情報の選択として、問題を感じることの一つ。

日本へ輸入されたシラスウナギの輸出国:2007年に日台両国がシラスウナギの輸出を制限した。その後台湾からの輸入が激減し、香港からの輸入が増大した。なお、2007年以前にも香港からはシラスウナギが日本に輸出されており、過去には、必ずしも「香港ルート=密輸」ではなかったことが伺える。NHKクローズアップ現代やその他のマスコミでも、このグラフを取り上げるときのタイムフレームは2001年以降。2000年以前に香港から輸入されている状況を見せないようにしている。マスコミによる情報の選択として、問題を感じることの一つ。



 

先に規制したのは日本
そもそも、2007年までは台湾と日本は普通にシラスウナギのやり取りをしていました。台湾と日本のシラスウナギ取引は、違法ではなかったのです。しかし、2007年の10月に台湾がシラスウナギの輸出を制限して以来、香港を経由した密輸が横行するようになりました。台湾がシラスウナギの輸出を制限するようになった理由について、NHKの番組では「資源保護のために行った」と説明しています。台湾当局の説明をそのまま述べたと思われますが、規制の背景を知る人間であれば、それが本当の理由とは思わないでしょう。
実は、先にシラスウナギの輸出を規制したのは日本なのです。日本は、2007年5月に国内からシラスウナギを輸出することを制限しました(経済産業省「ウナギ稚魚の輸出について」)(修正:実際には、以前より輸出の制限は存在していました。台湾から制限撤廃の働きかけがあったにも関わらず、日本は2007年5月に改めて輸出を制限した、というのが実情です。事実誤認があったので、修正します。2016年12月9日)。そのわずか5ヶ月後に、台湾が同じくシラスウナギの輸出を制限したのです。ウナギ養殖の業界紙「日本養殖新聞」が輸出制限直後に掲載したブログ記事に掲載された台湾関係者の発言を読むと、当時の背景が見えて来きます。

『再三にわたる問いかけにも日本の養鰻業界からは協力が得られなかった。大手の単年養殖業者から“なんとかしてほしい”といわれてきたが、業界のトップ及び行政の方が動いてくれないのでしかたない。来年の6月から7月にかけての新仔の供給に異変が起きることは間違いないだろう。いかに台湾のシラスが貴重であるか、その段階で理解されるだろうし、本当に困ると思う』
*筆者注:「単年養殖」とは、冬に捕れたシラスウナギをその年中に飼育して出荷する方式のこと。丑の日に間に合わせるには、なるべく早い時期にシラスウナギを入手する必要がある。

当時、台湾で早い時期に漁獲されるシラスウナギが日本へ輸出され、日本で遅い時期に漁獲されたシラスウナギは台湾へと輸出されていました。この関係を断ち切ったのが、日本が先行した輸出制限です(修正:正しくは、台湾の求めに応じないで日本が輸出制限を緩和しなかった、という状況のようです。2016年12月9日)。上記「台湾関係者の発言」からは、台湾によるシラスウナギの輸出制限が、日本の輸出制限に対する報復措置であった可能性を、強く示唆しています。

 無意味な規制と不必要な違法行為
その意図が報復措置であったとしても、輸出制限が結果として資源保護や経済性の向上に寄与していれば、意味のあることなのかもしれません。しかし、資源保護について考えたとき、輸出制限によって消費量が削減されているという証拠はありません。池入れ量制限といったその他の資源管理措置とも連動していないと見られ、資源保護に寄与しているとは考えられません。経済性について、全体的な経済性は規制があれば損なわれますので、問題は地域経済に貢献しているか、ということになるでしょう。クローズアップ現代+の報道では、輸出制限によって密輸が横行するようになった後、養殖業者は仕入れに多額の資金を投入せざるを得なくなり、品質の落ちるウナギが出回るようになったとも伝えています。密輸はリスクを伴うため、通常、売買される品物の値段は適法に流通するものよりも高くなります。少なくとも日本のウナギ業界や流通業界、消費者は、日台の輸出規制によって迷惑を被っているように見えます。
資源保護にも地域経済の活性化にも結びつかない日台間の輸出制限は、存在する意味を持たない規制のようです。しかもその「無意味な規制」は、「密輸」という違法行為を生み出しています。闇流通はデータ管理を困難にし、資源管理にも悪影響をおよぼします。さらに、シラスウナギの価格高騰と結びつき、ウナギ業界にとっても、消費者にとっても迷惑です。無意味な規制によって、大きな社会的な損失が生じているのではないでしょうか。
このように、「密輸」の背景を見てみると、修正すべきは日台間の輸出制限であり、土用の丑の日ではないことが分かります。もちろん、ウナギの消費のあり方は、考え直す必要があります。しかし、密輸の対策として丑の日の消費のあり方を持ち出すことは、問題の核心を見誤らせます。日台間の密輸問題に関しては、トレーサビリティを担保するシステムを確立するとともに、互いの輸出制限を撤廃することで解決できます。違法行為もない、ウナギの値段も下がる、資源も管理しやすくなると、全てが丸く収まる方法です。それがうまく進まないのは、現在のシステムで少なくない利益を得られる人たちがいて、それらの人たちが改革に反対するためなのかも知れません。

国内の違法行為についても議論を
「密輸」という言葉が持つ闇の響きには、人間の心を惹き付けるものがあるようで、今回の番組だけでなく、雑誌でも大きく取り上げられています。しかし、2015年漁期に日本の養殖場に池入れされたシラスウナギ18.3トンのうち、輸入されたものは16.3%(3トン)に過ぎません。残りの83.7%(15.3トン)は国内で漁獲されたシラスウナギであり、そのうち52.5%(9.6トン)は密漁や無報告など違法な漁獲です。密輸も問題ですが、国内の違法な漁獲や流通が野放しになっている状況についても、現状を的確に把握し、問題の解決に向けた議論を進める必要があります。

2016年12月5日
中央大学法学部 海部健三

リソースとエフォート:ウナギ漁業管理をめぐる行政と研究者の「論争」から考えたこと

2016年11月8日付けの水産系業界紙みなと新聞に「ウナギ闇取引是正で論争」と題した記事が掲載され、水産庁の「闇取引があっても、現行の池入れ数量制限で管理可能」とする見解と、専門家の「ウナギの獲れた場所や量が分からなくなり、資源の分析や管理に支障となる」との見解が対立していると報じられています。ウナギ減少の問題を解決しようとしたとき、重要なプレイヤーとなる行政と専門家の間に無用な(または過剰な)対立があるとすれば大きな問題です。この「論争」については、なあなあにことを納めるという意味ではなく、早急に適切な対応をする必要があるでしょう。そこで今回の「対立」について、行政と専門家の間にはどの程度の意見の対立があり、その対立の背景にはどのような原因があり、どのように解決すべきなのか、考えてみました。

水産庁と専門家の「対立」
ことの発端を探るとながく時代をさかのぼることになりますが、直近の「論争」の発端として考えられるのは、10月12日に開催された自民党水産部会における水産庁担当者の発言です。10月17日付けのみなと新聞によれば、シラスウナギの国内漁獲のうち、半分以上が適切に報告されていない(密漁や密売が横行している)現状について、議員や関係者から質問や意見が述べられたのに対し、水産庁担当者は「闇流通はシラス高騰につながるものの、資源管理とは別問題。闇流通のシラスも、最終的には養殖池に入る」と発言した、とされています。
これに対し、10月29・30日に開催された「うなぎ未来会議2016」の専門家によるニホンウナギの絶滅リスク評価会議の中で、この発言を前提に、シラスウナギの密漁や密売がうなぎ資源管理に与える悪影響について議論がなされました。「うなぎ未来会議2016」で専門家より提示された意見は(1)密漁・密売によって漁獲量や漁獲努力量が不明確になり、資源量解析の妨げとなる、(2)違法行為が取り締まれない状況では、適切な漁業管理は望めない、(3)違法行為が野放しの状態では、(業界も含め)ウナギに対する社会的な支援を失う、の3点でした。私自身は、この三つの意見すべてに賛成します。つまり、水産庁とは「対立」する見解です。

どこまで「対立」しているのか
実際に水産庁担当課の方々の意見を聞いてみると、「密漁・密売など、適切に報告されていない漁獲が半分程度を締めている現状を、このままで良いとは思っていない」ということです。つまり、水産庁にも違法なシラスウナギの漁獲や売買を根絶する(少なくとも減少させる)意思は明確に存在します。また、シラスウナギの密漁や密売がウナギの資源管理に悪影響を与える、ということも認識されているようですので、水産庁と専門家の間には、実際には、根本的な意見の隔たりがあるわけではないように見えます。多分に私見が入りますが、この意見の「対立」は、現行制度の是正に比較的積極的な専門家と、比較的消極的な行政(水産庁)の温度差のずれが表面化したものではないでしょうか。そうだとすれば、その温度差はなぜ生じるのか、考えてみました。

「対立」の背景にあるもの
なぜ専門家と行政に温度差が生じるのか。その理由は、それぞれの仕事の進め方の違いにあるのではないかと考えています。専門家、特に大学教員はリソース(資源)が準備されてから、初めてエフォート(努力量)を割きます。ここでいうリソースとは、予算、人員、組織、規則、協力者など、仕事を進めるために必要なあらゆる資源を想定しています。
専門家の例として大学教員を想定すると、大学教員はリソースがなければエフォートを割きません。大学教員はある程度自律的に研究テーマを設定できるため、新しい研究テーマの着想を得たら、助成金を得るなどリソースの準備をしてから、実際の研究に取りかかります。そして、予算が得られない研究テーマについては、研究を行わないのです(予算がない研究テーマであっても、無理して多少進めることはあります)。その一方で、行政の場合は新しい行政ニーズに対応する必要が生じたとしても、これまで行ってきた仕事を捨てるわけにはいかないでしょう。予算や人材といったリソースが限定されている中でも、新しいエフォートを受け入れざるを得ない場合があるのではないでしょうか。
このような専門家と行政の立場の違いを考えてみると、新しい仕事を始めることに対する姿勢、または言明は、自ずと異なってくるはずです。大学教員などの専門家は新たな問題に積極的に関わるべきであると叫び、しかしリソースが得られなければ何もしないという判断が可能です。専門家社会では、「予算が得られなかった」は研究を行わない理由として十分に通用します(なお、私は、このことをおかしいとは思っていません)。これに対して、行政はやると言ったらやらざるを得ませんので、リソースを含む現在の状況をみながら、慎重にならざるを得ません。極端な場合、解決可能な状況になるまで「この問題に取組む」と宣言することはないかも知れません。そのような場合、専門家と行政が最終的には同じ方向を向いているとしても、それぞれの立場の相違により、発言の中身は大きく異なっているように見えるでしょう。

政治が果たす役割、市民が果たす役割
このような状況では、ウナギに関する諸問題を解決することは難しいでしょう。行政がウナギの問題に正面から取組むためには、予算や人員といったリソースの提供が欠かせません。リソースを提供できるのは、政治の力です。つまり、ウナギ問題の解決には政治の力が欠かせないのです。提供すべきリソースとしては、予算や人員だけでなく、立法や組織づくりといったシステム面も含まれます。このところ話題になっているシラスウナギの密漁・密売について考えると、例えば県をまたぐ取引の規制緩和など、水産行政によって改善が可能な部分も存在しますが、単純な所得隠しとしての過小報告や、反射界組織の資金源としての密漁の規制など、水産庁を筆頭とする水産行政が単独で対処することは不可能な問題が多く含まれます。このため省庁間の協力体制、国家行政と地方行政の協力体制を構築することも、政治の力に期待される部分です。同じことは、ウナギの成育場環境の回復についても言えます。河川や沿岸域の管理や環境保全、水産、農業に関わるあらゆる行政単位が協力して初めて、成育場の環境回復は前進するでしょう。
ウナギ減少の問題を解決しようとする中で、政治が果たすべき役割はある程度明確になってきました。それでは、市民が果たす役割はどのようなものでしょうか。市民には、ウナギ減少の問題の優先順位を上げることができます。政治の重要な役割のひとつは、限られたリソースの配分です。ウナギの問題、シラスウナギの密漁や密売の問題も、それが重要な政治課題であると認識されない限り、政治は動かないでしょう。「将来もウナギを食べたい」「密漁や密売されたウナギは食べたくない」「自分の属する社会が持続的であって欲しい」という望みが多くの市民から発せられることで、ウナギの保全と持続的利用、ひいては資源の持続的利用や環境保全という問題の優先順位を、上げていくことができるのではないでしょうか。インターネットで調べてみる、お昼時の話題で話してみるだけでも、問題の解決に近づくような気がしています。市民がウナギの減少を重要な問題として捉えていないとすれば、問題は解決されず、さらに悪化を続けると思われます。まずは、現状を知ることが重要です。

2016年11月14日
中央大学 海部健三