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番外603 孤島と精霊達と
ツリーハウスを何軒か立てて、島を訪れている者が快適なように住環境を整える。港から宿泊設備のある場所まで石畳の道を整備して歩きやすくしたり、街灯を設置したら、続いては港回りだ。
「では――」
アシュレイがマジックサークルを展開すると、船着き場と整備用ドックを造ろうとしている部分の海水が持ち上がり本のページを開くかのように左右に分かれて持ち上がる。
「テオドール公も凄いですが、アシュレイ伯爵も素晴らしい程の魔法の冴えですね……」
と、ドロレスはその光景に目を瞬かせていた。
「私は特化型と言いますか、テオドール様のように色々はできませんので恐縮ですが」
「でも、アシュレイの魔法にはいつも助けられているわよね」
「そうだね、確かに」
というステファニアや俺の言葉に、やや気恥ずかしそうにはにかむアシュレイである。
アシュレイの魔力資質は水魔法との親和性が非常に高いからな。こうして海や湖等に魔力を作用させると出力と相性、魔法精度に水魔法の力を高めるという特化型魔道具での補正も上乗せされてこういう結果になる、というわけである。
そうして海水を退けたところに運搬用ゴーレム達に資材を運んで貰い、ストーンゴーレム達も入れていき、海底部分の土台を造っていく。
北東側の岩場は急激に深くなっていて、喫水線の深い大きな船でも接岸できそうな場所があるので、かなり船着き場やドックにするのに向いている。
だが天然の地形そのままではやはり使いにくいところがあるので、最初に海底部分からしっかり改造し、それなりに広々とした港にしてしまおうというわけだ。
アシュレイが海水を支えてくれている間に浅くなっている部分を深くして、港全体が大型船に対応できるように海底を均す。
「よし……。魔力は大丈夫?」
「はい。まだまだ大丈夫ですよ」
と、俺の問いににっこりと笑うアシュレイである。
「それじゃもう少し沖合の海水を退けてもらってもいいかな?」
「はい」
海底にマールの加護を受けた魔石の粉を敷設して固め、港への波が高くならないように水魔法の結界を張る。小さな水の精霊達がマールの気配を感じたのか、海水の壁から顔を出したりして、不思議そうに小首を傾げたりして何が始まるのかと、こちらに注目していた。
「あー。波で島に作ったものが壊れないようにしているんだ」
というと、水の精霊達は分かった、というようにこちらの言葉に笑顔で頷いたりしていた。
なるべく環境に影響が出ないようにするつもりでいるのだが……精霊達は楽しそうだな。ツリーハウスの方も巨木があると木の精霊達の力が高まるからか、やけに嬉しそうにしていたし。ともあれ、こうして精霊達が好意的であるのなら島は大分安全だ。
「精霊達は割と好意的だね」
「それは何よりだわ」
作業しながら精霊達の様子について伝えると、クラウディアが目を閉じて微笑み、マルレーンもにこにこと嬉しそうにしていた。
「よし。こっちは終わったよ。ありがとう、アシュレイ」
「いえ。精霊さん達も喜んでいるなら何よりです」
やがて海底部分を整備したところでアシュレイにお礼を言って海水を戻してもらう。アシュレイは俺の言葉に笑みを返すと緩やかに海水を戻していた。精霊達はその水の流れに乗って楽しそうに海底に跳び込んだりしていたが。
港部分は満潮でも海水を被らないように高さを確保しつつ、ストーンゴーレムや石材を変形させて突端を伸ばしていき、岸壁を整備する。
船が夜間でも入港しやすいように灯台も港に配置。ストーンゴーレム達を重ね合わせて塔を形成。構造強化で強度を確保しつつ、最上部に魔法の明かりを灯す魔道具を設置する。
整備用ドックについては船を停泊させるスペースを作り、その左右に作業用の足場を設けてやる感じだ。ドックの近くに資材置き場や管理小屋といった、必要となる設備を造って一つ一つ整えていく。
途中でマジックポーションを一息に呷ったりして魔力補給をしながら気合を入れ直す。
「マジックポーションは苦味で思考が冴えるよね」
というのはアルバートの弁であるが、まあ……確かにそうかも知れない。味を調えるよりも滋養強壮であるとか眠気を払う方向で改造した方が喜ばれるのだろうか。
宿泊用設備、医療用設備、港周りの整備が出来上がったら島の中央部に転移門設備だ。ここは水晶板モニター等も置き、大陸との通信もできるようにしておく。
転移門は大規模輸送するには魔力を使い過ぎるし、転界石による物資の輸送は常用するには些かコストが高過ぎる。迷宮外部で使える転界石は通常のそれでなく加工品なので結構貴重なのだ。
そうでなくともクラウディアやティエーラの手を借りて迷宮の力が及ぶようにする等、後世では再現性が無さそうな方法を色々駆使しているからな。コストを抑えて船で東国との行き来がしやすいようにしておく、というのは重要な事だ。
そして――中央部にある祠を守るように建物を造っていく。通常の屋敷を造るのはもう慣れたものだ。地下部分の構築と土台の強化。壁を造り、梁を渡し……通信室、風呂、トイレ、食堂に客室、応接室と必要な部屋を一つ一つ造る。
屋根を構築してあちこちに装飾を施して……屋敷の前に庭園を構築。アルバート達があれこれと魔道具を敷設していってくれる。
玄関ホールの裏手に結界を張り、転移門を構築。転移門の意匠は――。
「やっぱりこれかな」
ティールを初めて会った時の事。島で星空を見た事。島に住む鳥達の営巣地――。それらを転移門の意匠としていく。海を楽しそうに泳ぐマギアペンギンの姿を門の意匠として刻むと、当人であるティールは嬉しそうに声を上げていた。
「良かったね、ティール」
「ティール、嬉しそう」
と、カルセドネやシトリアにも撫でて貰ったりしてフリッパーを動かすティールである。
島での思い出をモチーフにした、というのもあるが……ティールを保護した事や鳥の営巣地に関して転移門の意匠で触れる事で、こちらの意思を明確にしておこうという意図もある。
地球では人が版図を広げる事で絶滅してしまった動物、というのは多いからな。
後々航路が確立しても、外洋の航行や冒険に携わる者にはその辺りの事を意識してもらえれば嬉しい。
そうして転移門の起動テストを行い、水晶板モニターでの通信がきっちり出来ている事を確認してからタームウィルズ側の転移門も意匠を揃え、それから島に戻ってくる。
色々作業をしていたからか、もう夕暮れ時になっていた。
「お帰りなさい、テオドール君。もう食事もできているって」
「ああ。分かった。それじゃ街灯の確認をしながら一緒に行こうか」
イルムヒルトの言葉に頷く。先行して完成させたツリーハウスの厨房を使ってグレイス達が夕食を作って待っていてくれるのだ。屋敷から出て島の中央から石畳の道を歩いて、みんなの所へと向かう。
「お帰りなさい、テオ」
「お帰り」
「ただいま」
と、みんなが迎えてくれる。屋外広場に用意したテーブルの上に夕食が並べられていた。今日の夕食はシーフードカレーだ。みんなの分を一気に作れるのでこういう時にカレーは便利である。
今日の夕食作りには俺はノータッチだったが、米の硬さもカレーに合わせた丁度良い炊き上がりで……みんなもカレー作りに慣れて上手くなってきている事が窺える。エビやイカの旨味が、スパイシーなルーとよくマッチしていて……良い塩梅だ。
「ん。今日のは出色の出来」
と、シーラの耳と尻尾も反応して満足げな様子である。
島の改造という仕事も必要な部分は一通り終わった。今日は一泊して島の設備の使い勝手を確かめ、明日は砂浜のあたりに水上コテージを試作してみよう。折角一晩泊まりなのだし、食事が一段落したら前に来た時のようにみんなで満点の星空を見るというのも良さそうだ。
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