100年前の異世界転生小説
最近、日本では異世界ファンタジー小説が花盛りです。
その多くは「異世界転生」もの。現代日本に生きていた主人公がいきなり死に、異世界に転生するという話です。これがもう本当に多い! 特にアマチュアが書いて投稿サイトにアップしているファンタジー、いわゆる「なろう系」と呼ばれるファンタジーは、ほとんどと言っていいほど異世界転生ものだそうです。
あと、主人公が死ぬ原因は、かなりの確率で交通事故――それもトラックにはねられるというものだそうです。なぜトラック?
僕が気になるのが、そういった小説って、世界設定にオリジナリティがないものが多いことです。たいていの場合、日本人がRPGで親しんだような世界で、文明のレベルはだいたい中世ヨーロッパぐらい。出てくるモンスターにしても、ゴブリンやオークなど、現代のRPGに出てくるものばかり。
異世界って自由に創造してかまわないはず。なのになぜみんな、もっと自由に、自分の考えた異世界を描かないんでしょうか?
「異世界ファンタジーの設定は難しくしない方がいい。読者は難しい設定が苦手でついて来れない」
異世界ファンタジーの話をしていると、よくこんなことを言い出す人がいます。まあ、たいていは異世界ファンタジーを(なろう系以外で)ほとんど読んだことがない人です(笑)。
異世界の生物や、言語、歴史、社会体制などを詳しく設定しても、面倒臭く感じる読者がいる。だから異世界はなるべく我々の世界のよく知っている世界――和製ファンタジーRPGにそっくりなものの方がいい。複雑な設定なんかしても、読者はついてこない……。
そういう説を信じている人が実に多くて、困っちゃうんですよね。僕はそういう説に対してこう反論することにしています。
だったらバローズはどうなるんですか?
エドガー・ライス・バローズは20世紀アメリカの冒険小説作家。1912年、〈オール・ストーリー〉誌に連載された冒険小説『火星の月の下で』でデビューしました。連載は5年後、『火星のプリンセス』という題で単行本になり、売れに売れました。バローズはその後も〈火星〉シリーズを10作発表しただけでなく、地球内部の空洞世界を舞台にした〈ペルシダー〉シリーズ、南太平洋の孤島を舞台にした〈キャスパック〉シリーズ、〈金星〉シリーズ、〈月〉シリーズなども立て続けに発表しました。
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ちなみにバローズは、あの〈ターザン〉の原作者でもあります。第一作『類人猿ターザン』は、『火星の月の下で』の連載直後に〈オール・ストーリー〉に掲載されました。その後も1940年代まで、20冊以上が書き続けられています。
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映画のターザンしか知らない人は、ターザンがいつも同じジャングルにいると思っているかもしれませんが、実は原作では、ターザンは世界各地のいろんな秘境に出かけています。アトランティスの末裔が住む国や恐竜のいる国に行ったり、南海の孤島に漂着したり、身体が小さくなって蟻人間の世界で冒険したり。〈ペルシダー〉シリーズとコラボして、ターザンがペルシダーに行く『地底世界のターザン』なんてのもあります。
バローズは他にも西部小説とか普通の冒険小説とかも書いてるんですが、やはり日常と隔絶した秘境を舞台にした話が圧倒的に多いです。秘境冒険小説に一生を捧げた作家と言っていいでしょう。彼の小説は100年前のアメリカで熱狂的に受け入れられたのです。もちろん日本にも多くの作品が訳されていて、今でも熱心なファンがたくさんいます。
出世作である『火星のプリンセス』は、1965年、東京創元社の創元推理文庫から翻訳出版されています。表紙に描かれているのは、ヒロインである火星の美女、デジャー・ソリス。さらに表紙を開くと2ページ見開きのカラーイラスト。さらに本文中にもモノクロイラストが何枚も入っていました。当時の大人向けの文庫本で、こういうスタイルは珍しかったんです。このスタイルが好評になり、イラストレーターの武部本一郎さんはマニアの間で注目を集めるようになりました。この後の〈火星〉〈金星〉〈キャスパック〉などのシリーズも、同じコンセプトが貫かれます。
お気づきでしょうが、「女の子を描いた表紙」「カラー口絵」「本文イラスト」というスタイルは、その後、創元推理文庫からハヤカワ文庫SFを経由し、めぐりめぐって、現代のライトノベルに受け継がれています。ライトノベルの元祖は『火星のプリンセス』と言っても過言ではありません。
世の中には、ライトノベルのスタイルを嫌っている人がいます。「表紙に肌もあらわな女の子の絵を載せるなんてけしからん」「最近の流行にはついていけない」と――いや、そのスタイルを確立したのは半世紀前の東京創元社なんですけど?
ちなみにデジャー・ソリス、武部さんのイラストでは衣を着ていますが、本文中では全裸です。火星人は服を着る風習がないもんで。最近のラノベでは露出度の高いヒロインは多いですが、デジャー・ソリスはそれより進んでいました。(笑)
ちなみに、僕は若い頃から創元推理文庫やハヤカワ文庫SFをいっぱい読んでたんで、最近のライトノベルの露出度の高い表紙にはまったく抵抗がないんですよね。特に創元版の『地底の世界ペルシダー』や『時間に忘れられた国』なんて、表紙から堂々とおっぱい出してましたし(それに惹かれて買ったんですが)。
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『火星のプリンセス』の発端は、元南軍大尉のジョン・カーターが山の中で死んで幽体離脱し、夜空の星を見上げているうち、宇宙を瞬間移動して火星に着いてしまうというものです。死んで火星に生まれ変わるわけですから、異世界転生ものの元祖とも言えます(幽体離脱してるのに、火星に来るとなぜか肉体を持っているのが、よく分からないんですが)
火星の重力は地球の三分の一なので、地球育ちのカーターは火星では軽々とジャンプできます。『ドラえもん のび太の宇宙開拓史』(小学館)に似てる? いや、藤子・F・不二雄先生はSFファンとして有名でしたから(海外SFをヒントにした短編が何作もあります)、『火星のプリンセス』ぐらいは普通に読んでたでしょ。当時、日本でも大人気だったんですから。
そんなにも現代のライトノベルの元祖であるバローズ、今読んでみて面白いのかというと……うーん、さすがに時代の差を感じますね。現代の目から見て「トロい」んです。
ストーリー展開が遅いわけじゃありませんよ。単行本一冊の中に、現代のライトノベル数冊分に匹敵するぐらいの冒険また冒険が詰めこまれてますから。たとえば〈ペルシダー〉シリーズの第一作『地底の世界ペルシダー』なんて、地中掘削機械〈鉄モグラ〉に乗りこんだ主人公デビッド・イネスが、地球の地殻を貫き、第一章の最後でもうペルシダーに着いてしまっています。かなり展開が早いです。
ただ、語り口がのんびりしてる。現代のライトノベルならもっと会話が多くて、キャラクター間のテンポのいいやり取りが楽しめるんですが、この時代の作者や読者は、まだそうした楽しみ方に目覚めていなかったのかな……という気がします。あと、肉体的に活躍するのがほとんど男性で、女性キャラが受動的なのは、この時代だからしかたがないでしょう。
ただ、異世界の設定に関しては、バローズの魅力は今でも衰えていません。バローズは異世界を異世界として描くことに熱意を傾けていました。
バローズ作品には毎回、その世界の言語がいろいろ使われています。たとえば火星のあいさつは「カオール」です。火星での移動に使われているのは、8本足の動物「ソート」です。短い10本の脚がある火星の犬は「キャロット」、6本脚の火星の猫は「ソラット」、10本脚の火星のライオンは「バンス」です。
火星人は卵性です。『火星のプリンセス』のラスト近く、ジョン・カーターと結婚したデジャー・ソリスは卵を産みます。産まれた卵は孵化器に入れられ、二人がそれをほのぼのと眺めているシーンがあったりします。現代の小説でも、あまり卵生のプリンセスはいない気がします(笑)。
考えてみれば、お姫様が胎生でも卵生でも、ストーリーにはたいして影響ないんですよね。「だったら卵生にしてしまえ」と思い切るバローズ、すごいです。
ペルシダーは地球内部にある空洞世界です。太陽は空洞の中心に静止しているので、日は沈まず、昼夜の区別がありません。時計もなく、時間の概念すらありません。
『時間に忘れられた国』のキャスパックは南太平洋の孤島。原始人と恐竜などの古代生物が共存している、コナン・ドイルの『失われた世界』みたいな典型的なロスト・ワールドなんですが、ドイルの二番煎じにはなっていません。話が進むにつれ、キャスパックの生物(人類も含めて)は、驚くべき生命進化の法則に支配されていることが明らかになってきます。
これらの小説はみんな1910~20年代に書かれ、ベストセラーになったもの。でも、読者が「バローズの小説は設定が難解だ」と言っているなんて聞いたことがありません。当時のアメリカの読者はみんな、こうした設定をごく普通に受け入れていたんです。
そして「現代の日本人は100年前のアメリカ人より知能が劇的に低下している」なんて証拠はどこにもありません。
つまりバローズぐらいのレベルの異世界設定なら、現代の日本人読者はすんなり受け入れられるはず、ということです。
実際、現代日本でも、小野不由美さんの〈十二国記〉シリーズ、上橋菜穂子さんの〈守り人〉シリーズなど、中華風や日本風であっても、現実世界とは異なる世界を舞台にしたシリーズが何作も書かれ、多くの読者から支持を得てベストセラーになっています。
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つまり、「異世界ファンタジーの設定は難しくて読者に受けない」という主張はまったくのデタラメ、トンデモ説だと断定していいでしょう。
だから、これから異世界ファンタジーを書くあなた、遠慮なく設定に凝ってもらってかまわないんですよ。
あと、異世界に行くのに、トラックにはねられる必要、ありませんからね(笑)。