好きなタイプについて女性に質問すると、「面白い人」と返ってくることは割と多い。「面白くてやさしい人」というセットも。
つい口をついて出る返答に、「そんなに笑わせてほしいか、そんなに優しくされたいか」と意地悪な見方をする人もいるだろう。
だが「笑わせてくれる人」と一緒にいればたしかに幸福度は上がるかもしれない。結婚するならそんな人がいい、きっとそうに違いない。
「もうすぐ健康診断だからね」
夫は言った。二週間先の健康診断を見据えて、「最後の絞り込み」をすると。
自分はもう十分にスマートなので最後の微調整をするまでだ、というスタンスである。だが私の記憶が正しければ、彼はこの四年間ずっと「最後の絞り込み」をしている。
二週間はあっという間だった。どこをどう絞っていたのか不明なまま、健康診断は3日後の金曜日に迫っていた。
水曜日、珍しく飲み会の予定が入っていた夫は難しい表情でこう言った。
「できるだけセーブして乗り切るよ」
自分が歓迎される会のため出席しないわけにはいかないらしい。戦場に向かうか兵士のごとく勇ましい背中で出勤していった。
翌日、夫は前職の仲間から二郎ラーメンを食べに行く会に誘われた。
「やっぱり少しだけ顔を出してくるよ」
責任感に満ちた背中で、またも戦場へと赴いた。
「ラーメンのあとにちょっとイタリアンにも行ってしまったよ」
満身創痍である。
このおしゃれブログの読者の皆さんは「二郎ラーメン」をご存知ないかもしれないが、画像検索してみれば衝撃のボリュームに打ちのめされるであろう。軽く2000kcalを超える店も多く、トッピング次第では成人男性の必要カロリーすれすれである。
そこにイタリアンという深夜の追撃を受け、もちろん昼ごはんも日本橋ランチを堪能している。食への飽くなき戦いに挑む夫である。
翌朝、彼は言った。
「ここから健康診断まで絶食するよ」
25歳で出会ってから、こんなに真剣な目を初めて見た。
木曜日、夫は会社でランチを抜き、帰宅後も頑として夕食をたべなかった。熱々の湯気立ち上るハヤシライスを美味しそうに食べる私の姿を、ソファに座ってじっと見ていた。
本気だ。
いつもならここで絶対食べる。必ず食べておかわりもする。その夫が今、本気を出している…
本気を出す場所について「ココジャナイ」感が凄まじかった。
翌朝金曜日、いよいよ決戦の日を迎えた。この日の午後2時過ぎに体重測定、もとい健康診断がある。ベルトからはみ出す肉を黒いジャケットで見事に隠し、夫は覚悟に満ちた背中で家を出て行った。
「今日もランチを抜いたよ」
「あと2時間だよ」
夫からラインで実況中継が入る。
14時過ぎ、私は満を持して質問した。
「体重どうだった?」
「80キロ台だよ」
爆笑のスタンプを送る。
「89キロだったんだね」
「余裕だよ」
夫は常に自分の体重を公表しない。妻の私にも公表しない。3年前に92キロから83キロに減量成功したことだけは知っている。そして2ヶ月で完璧なリバウンドを果たしたことも。ちなみに身長181cmの標準体重は72キロである。
健康診断終了後の午後、夫のめくるめく反撃、いや暴走が始まった。歩いて帰宅する道すがら、コンビニに寄り肉屋に寄り、両手に食料を抱えてリビングへ突進してくる。ファミチキ、鯖缶、ポテトチップ、凄まじい勢いで獣のごとく食べまくっている。
「さあ、今日は宴だよ!」
近所のイタリアンで晩御飯にするらしい。これからまだ食べるんだ…。私は暴走する夫の食欲におののいた。
初めて訪問したおしゃれイタリアンレストラン。前菜やパスタが美しい器に盛られて次々と運ばれてくる。
「なんだかデートみたい…!」
まるで素敵な夫婦のひとときに見える。
だが写真は現実を写さない。絶食ののち暴飲暴食した夫の胃は悲鳴をあげ、小洒落たレストランのトイレに長時間立てこもることとなった。ひとり呆然とフォークを動かしながら、私は思った。
健康診断。それは文字通り日頃の健康を診断するイベントではなかったか。
「コレジャナイ」感が凄まじい嵐のような数日間が幕を閉じた。
1ヶ月後のことである。
「ちょっとayakoさん、これ見てよ」
健康診断の結果を夫は見せてきた。ただし体重部分を念入りに手で覆っている。まるでテストの点数部分を三角に折り曲げている小学生のようである。
「視力が随分と落ちてたんだよ」
私は紙を奪い取って体重欄を確認した。
89.9キロ
これが「余裕の80キロ台」とのことである。
私が抱腹絶倒で笑い転げたことは言うまでもない。こんなに「笑わせてくれる」なんて、結婚してヨカッタァ…
何か違う気がしてならないが。
その範囲は海より広い。
Sweet+++ tea time
ayako
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