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豊かさのニューノーマル(紙面)

深圳で起業、中国残留孤児3世の挑戦

深圳的世界⑤

「孫正義さんを超えたい」。中国残留孤児3世の若者は、そう夢を描いて深圳へ飛び込んだ。深圳には、お金も信用もまだない若手起業家を支える「受け皿」が次々と作られているためだ。知り合いもいなかった深圳で挑むワケを、現地で聞いた。(朝日新聞広州支局長 益満雄一郎)

メイカースペースで取材に応じる荒井健一さん(中央)と塩入孔章さん(左)、胡一建さん(右)=2017年12月5日、深圳、益満雄一郎撮影

「孫さん超え」を夢見る起業家の名は、荒井健一さん(29)。昨年12月上旬、深圳の電気街・華強北で会った荒井さんは、細身の体にピンクのTシャツ姿。一見、深圳でよく見かけるカジュアルな青年だが、言葉の端々から大きなエネルギーを感じた。


荒井さんの祖母は、戦後の混乱のさなか、中国に取り残された残留孤児だ。荒井さんは1988年に中国で生まれ、9歳のときに家族と訪日。横浜で暮らし、小学校から高校まで過ごした。日本語、中国語ともに流暢だ。河北省の大学に進学、卒業した2016年に1カ月ほどアフリカを放浪。「一発当てよう」と、起業家の道を選んだ。


どこで起業するか。上海や広州なども検討しつつ、最終的に深圳を選んだ。「北京から遠く離れた深圳は、違う国のようなところ」。友人もいない未知の世界に飛び込んでみたいという好奇心もあって、スーツケースに生活に必要な荷物だけを詰めて昨年春、深圳に向かった。


そうして日本でエンジニアの経験を持つ塩入孔章さん(35)や、中国人の胡一建さん(24)と知り合い、3人で2017年9月、「深圳市丑角科技」を設立した。電子部品を調達しやすい深圳の地の利を生かし、ハードウェアの試作や量産サポートを主に請け負っている。

工具を持つ塩入孔章さん(手前)。中央は胡一建さん、奥は荒井健一さん=2017年12月5日、深圳、益満雄一郎撮影

「起業には、体力も情熱も必要。少しでも若いうちに挑戦しないと後悔する。全力疾走します」


そう熱く語る荒井さんの理想はソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義さん(60)だ。英ボーダフォン日本法人の買収に、中国のIT大手アリババグループへの出資などを次々に繰り出す孫さんに自分の未来を重ね合わせる。「将来は孫さんを超えたい」。荒井さんの夢は大きい。


荒井さんの会社は事務所を持たない。そのため今回の取材場所は、電気街・華強北のビルにある「メイカースペース」だ。壁や仕切りのない部屋にたくさんの机と椅子が並び、スタートアップ企業の若者たちが共用する。3Dプリンターやはんだなどの工具がそろった作業室もあり、試作もできる。


賃料は1席が月千元(約1万7千円)ほど。事務所を借りるよりはるかに安上りなので、資金力のない若者が入居する。同じような境遇の同世代が集まるため、互いの情報交換の場にもなっている。

3Dプリンターなどが設置された「メイカースペース」の作業場=2017年12月5日、深圳、益満雄一郎撮影

中国政府や深圳市の強力な後押しも見逃せない。李克強首相は2015年1月、深圳のメイカースペースを視察、3月には起業を後押しする「意見」を国務院(中国政府)が公表した。さらに地元の深圳市が7月に「行動計画」を策定、市内のメイカースペースを2017年までに200まで増やす、と打ち上げた。官民一体の後押しで、創業ブームに火がついた。


深圳には、ベンチャー企業を育てる「アクセラレーター」の施設も続々登場している。起業家にとって最も頭が痛い問題となる資金調達も、ここでは可能になる。


深圳で最も有名なのが、米国のベンチャーキャピタル「SOSV」が2012年につくった「HAX」だ。年間1千件の応募から30プロジェクトを選び、その企業の株式の一部を10万ドルで取得する。選ばれた人は、HAXで111日間にわたって試作に取り組み、ノウハウも教わることができる。

メイカースペース「セグメイカー」を支援する企業。9億人超のユーザーを抱える騰訊(テンセント)やスマホの華為技術(ファーウェイ)など大手企業の名前もある=2017年12月5日、深圳、益満雄一郎

かつて「世界の工場」と呼ばれた深圳は製造業の蓄積があり、中国最大級の「中国ハイテクフェア」も開催、イノベーションの潜在力があった。そこへ創業支援施設が相次ぎ整備、ユニークな発想を持った人材が集まり、斬新なイノベーションを生み出していく好循環ができている。


もちろん、成功者はわずかだ。とりわけ、一獲千金を夢見る若者が集結する深圳の創業支援施設は入居者の入れ替わりも激しい。立ち上げがうまくいかなければ、数カ月で姿を消す場合も珍しくない。だが、激しい生存競争こそが、イノベーションを生み出す原動力なのだろう。


北京の場合、中国各地から競争に勝ち抜いたエリートの若者が集まり、既存の市場を取りにいくのが特徴だ。一方、深圳は新たな市場をつくろうと粗削りな若者が集まると言われる。「中国には13億人という巨大な市場がある。あとは思い切り突っ込むだけです」。激しい生存競争の世界に飛び込んだ荒井さんの強烈な覚悟が印象的だった。




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