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推定分野について  

関連研究者

順天堂大学 医学(系)研究科(研究院) 教授 - 2017年度
推定分野

関連研究者

東京大学 医学系研究科 特別研究員(PD) - 2014年度
推定分野

概要

順天堂大学大学院医学研究科の宮本健太郎(老人性疾患病態・治療研究センター研究員)、長田貴宏(生理学第一講座助教)、宮下保司(老人性疾患病態・治療研究センター特任教授)らによる順天堂大学・東京大学の共同研究グループは、前頭極*1と呼ばれる最も進化的に新しい大脳皮質前頭葉領域が、自分自身の“無知”に対する自己評価を司ることを、世界で初めて発見しました。前頭極の働きを実験的に不活性化すると、過去に経験していない事象に対する確信度──“無知”の確からしさに関する自己評価──の判断に障害が起こることから、前頭極は“無知”の自己意識を生み出す働きを担うことが示唆されました。この成果は、自身の思考プロセスに対して思考を加えるメタ認知*2処理を行う際に働く大脳メカニズムを解明し、脳機能の科学的根拠に基づいた効果的な教育法や、認知機能障害のリハビリテーション法の開発に貢献すると期待されます。本研究成果は米国Neuron誌電子版にて1月25日(日本時間1月26日)に発表されました。


本研究成果のポイント

  • 「無知の知」を自覚するヒトに顕著な能力の神経基盤が、霊長類(マカクサル)の大脳に進化的な起源を持つことを示した。
  •  進化的に最も新しい大脳領域である前頭極の働きは、未知の出来事に対する確信度判断に貢献するが、既知の出来事に対する確信度判断には寄与しないことがわかった。
  • 前頭極の神経活動を不活化すると、未知の出来事を「未知」だと判別する能力自体は保たれる反面、その確信度を正しく評価する能力が失われることから、前頭極は“無知”に関する自己意識を生み出す働きを担うことが示唆された。


背景

我々は日常生活の中で、日々新しい人や物に出逢い、新しい経験を獲得します。自分自身にとって未知の事柄を「新しい」と意識的に自覚する能力は、変化の激しい自然や社会環境の中で生き延びるのに必要不可欠です。しかし、この能力は、自身の記憶を網羅的かつ内省的に探索し、その結果をもとに自身の“無知”を自覚するという、高度な認知情報処理を必要とするので、ヒト特有のものだと考えられてきました(図1)。私たちの過去の研究注)で、マカクサルに遂行可能なメタ認知課題(図2)を設計し、前頭葉の9野や6野と呼ばれる領域が、記憶そのものの処理には関与せず、既知の出来事の記憶に対する確信度判断に貢献することを発見しました。さらに、これらの領域は、未知の出来事に対する確信度判断には寄与しないことが分かっていました。そこで、本研究では新たに、サルの脳において未知の出来事に対する確信度判断を担う領域の同定を試み、大脳皮質の神経回路レベルで未知および既知の事象に対するメタ認知処理がどのように行われているかを明らかにし、ヒトに顕著な能力のひとつである「無知の知」の進化的な起源を探りました。


内容

この研究で私たちは、マカクサルに対して、メタ認知課題を訓練しました(図2)。この課題では、サルはまず、再認記憶課題(或る図形を記憶しているかどうか)に回答します。その上で更に、サルは、その回答に対する自身の確信(自信)の程度を判断することが要求されます。すなわち、先行する再認記憶試行が正解の場合は「自信あり」の選択肢、不正解の場合は「自信なし」の選択肢をサルが選ぶと報酬が最大化するように課題を設計しました。するとサルは、正解時の方が不正解時より「自信あり」の選択肢を選ぶ割合を増やし、報酬を最大化するように行動したことから、言語による報告の出来ないサルも、ヒトと同様に記憶に対する主観的な確信の評価──メタ認知 ──に基づいた意思決定を行うことが裏付けられました。


そこで、私たちは、課題遂行中のサルの全脳の神経活動を磁気共鳴機能画像法(fMRI法)*3で計測しました。すると、前頭葉の前頭極(10野)と呼ばれる領域が、記憶課題中に経験していない新規の図形に対するメタ認知課題の成績──新規の図形を「未知」だと判断し正答できている時に不正解の時よりも、より高い頻度で「自信あり」と答えられているかを示す指標──と比例して活動を強めることが明らかになりました(図3)。一方で、記憶課題中に経験した既知の図形に対するメタ認知課題の成績と前頭極の活動の間に相関はありませんでした。さらに、私たちは、fMRI法にて同定した前頭極10野の賦活領域に対してGABA-A受容体作動薬(ムシモール)*4の微量注入(マイクロインジェクション)を行い、この領域の神経活動を可逆的に抑制しました。すると、新規の図形を正しく未知だと分類する成績に変化はないものの、未知の図形への主観的な確信に基づいて報酬を最大化する行動がとれなくなりました(図4)。また既知の図形に対する記憶のメタ認知判断の成績にも影響は及びませんでした。以上の結果は、前頭極の活動が、“無知”に対する自己意識を因果的に生み出す働きを担っていることを示唆しました(図5)。


社会的意義および今後の展開

本研究は、自分自身の“無知”を自己評価する神経回路の存在を、前頭極(10野)に初めて同定しました。その領域は、自分自身の記憶を自己評価する神経回路(9野・6野)よりも前側の前頭葉の最前端に位置していました。更に、前頭極は、記憶の記銘・想起を担うことがよく知られている海馬と、課題遂行中に、活動の同期を強めていることもわかりました。この発見は、前頭葉の神経ネットワークが、未知の事象と既知の事象を異なる情報伝達系に基づいて処理し、その両方が統合されて、「既知感・未知感」という意識体験を生み出していることを示唆しています(図5)。この研究成果は、今まで全く明らかにされてこなかった「無知の知」を自覚する能力の神経基盤の存在を初めて示しました。これは、ヒトにおいて特に顕著な抽象的で概念的な思考を可能にする基礎となる能力と考えられ、将来的には、脳機能の科学的根拠に基づいた効果的な教育法や、認知機能障害のリハビリテーション法の開発に貢献すると期待されます。前頭極は、他の哺乳類と比べヒトでよく発達した進化的に新しい領域です。言語を持たないサルにおいて、この領域が自身の“無知”の評価を担っているという発見は、従来、ヒトに特有だと思われていた内省的な思索の能力の神経生物学的なメカニズムおよび、その進化論的な起源の解明を促すと期待されます。



図1: メタ認知による「無知の知」の自覚

自分自身の認知活動(主に思考や知覚など)を主観的に認知する能力はメタ認知と呼ばれます。この能力のおかげで、我々は、「自身がある事柄についてよく知らない」という事実を、内省的に評価(自己省察)し、「無知の知」の自己意識を持つことが出来ると考えられています。



図2: サルはメタ認知に基づいて確信度判断課題を行う

サルはまず4枚の図形を見て記憶し(記銘)、記憶した図形リストをもとに再認記憶課題を行います(想起)。その後、再認記憶課題試行での自身の回答に対して自信があるかどうか、確信度判断を行います。高リスク選択肢(ピンク)を選ぶと、正解だった場合には多量の報酬(ジュース)がもらえますが、不正解だった場合には全く報酬がもらえません。一方、低リスク選択肢(黄緑)を選ぶと、正解・不正解に関わらず少量の報酬がもらえます。サルは正解時の方が不正解時よりも、より多く高リスク選択肢を選び、確信度判断を、記憶に対する自信──メタ認知──に基づいて行っていることが確かめられました。



図3: 前頭極の活動は未知の図形に対する確信度判断成績を予測する

fMRI法によって計測された全脳の脳活動と未知の図形に対するメタ認知成績の関係を調べると、前頭極(10野)の活動のみが特異的に、メタ認知成績を予測することがわかりました。



図4: 前頭極領域の不活化は未知の図形に対するメタ認知判断の障害を引き起こすが記憶判断には影響を及ぼさないfMRI法にて同定した前頭極領域に対してGABA-A受容体作動薬(ムシモール)を注入し、一時的に不活化しました。すると未知の図形に対するメタ認知判断へ特異的に障害が生じ(成績の悪化が生じ)、既知の図形に対するメタ認知判断および再認記憶判断自体の成績には影響が及びませんでした。



図5: 未知の出来事と既知の出来事に対して記憶の確信度判断を行う脳のはたらき

本研究により、前頭極(10野)が海馬と相互作用しながら、未知の出来事に特化して確信度判断を担うことが明らかになりました。前頭極は、既知の出来事に対する確信度判断の中枢(9野; 下頭頂小葉と呼ばれる頭頂葉領域と相互作用する)とは異なり、霊長類の脳には「無知の知」の自覚に特化した神経中枢が存在することが示唆されました。


用語解説

*1 前頭極 (Frontopolar cortex)

前頭葉の一番前方の部分(先端部)にあたる皮質で、ブロードマンの細胞構築学的分類に従うと10野に相当する進化的に新しい脳領域です。ヒトでよく発達し、マカクサルにも相同部位は存在しますが、その役割や機能については今日までにほとんど解明されていませんでした。

*2 メタ認知

自分自身の認知活動(主に思考や知覚など)を内省的に捉え認知する能力はメタ認知と呼ばれます。メタ認知能力によって、われわれは、自分自身が何をどの程度理解しているのかを主観的に評価・認識します。メタ認知能力に基づいて、ヒトは、より効果的な学習を実現していると考えられ、近年、教育分野でも重要な能力のひとつとして注目されています。

*3 磁気共鳴機能画像法(fMRI法)

MRI(磁気共鳴画像装置)を使って、脳の血流反応を計測することにより、脳の活動を非侵襲的に測定する方法。fMRI法の基礎となっているBOLD法(Blood Oxygenation Level Dependent法)は、小川誠二博士(現・東北福祉大学 特任教授)によって発見されたもので、世界で広く用いられています。

*4 GABA-A 受容体作動薬(ムシモール)

脳内の主要な神経伝達物質のひとつであるγアミノ酪酸(GABA)と構造が類似し、GABA-Aサブタイプ受容体を活性化して神経活動を抑制する薬物。注入した場所から数ミリメートルの範囲の脳活動のみを、数時間程度、可逆的に抑制できるので、神経生理学研究において広く用いられています。


原著論文

論文タイトル:

Reversible silencing of the frontopolar cortex selectively impairs metacognitive judgment on non-experience in primates

筆者:

Kentaro Miyamoto (筆頭著者), Rieko Setsuie, Takahiro Osada, Yasushi Miyashita (責任著者)

掲載誌:

Neuron(http://www.cell.com/neuron/home)2018年2月21日号に掲載

2018年1月25日(日本時間1月26日)電子版にて先行発表

DOI:

https://doi.org/10.1016/j.neuron.2017.12.040

なお本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)の研究開発領域「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」(研究開発総括:小澤瀞司教授)における研究開発課題「サル大脳認知記憶神経回路の電気生理学的研究」(研究代表者:宮下保司)の一環で行われたと共に、JSPS科研費(JP24220008、JP17H06161 共に研究代表者:宮下保司)による支援を受けて行われました。

研究期間 2012年度~2016年度 (H.24~H.28) 配分総額 217,490,000 円
代表者 宮下保司 東京大学 医学(系)研究科(研究院) 教授
研究期間 2017年度~2021年度 (H.29~H.33) 配分総額 209,300,000 円
代表者 宮下保司 順天堂大学 医学(系)研究科(研究院) 教授