世界文化遺産「韮山反射炉」と、パン祖と呼ばれる幕末の才人・江川英龍の歴史を訪ねる
幕末から明治に移る激動の時代。韮山反射炉は外国の脅威に対抗するために、日本の工業技術の粋を集めて作られました。その、韮山反射炉建造に尽力した韮山代官、江川英龍(えがわひでたつ)は、日本の発展のために先見の明と才能を存分に発揮した偉人。「パン」を日本に広めた“パン祖”としても知られますが、高い功績を残しながらも、なぜか歴史の教科書に載らず、一般にあまり知られていません。いったいどんな人だったのでしょうか。その謎を知る旅に出かけました。
現存する日本唯一の実用反射炉
韮山反射炉は、2015年7月、世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産23カ所のうちの1つ。
2016年12月11日には、敷地内に韮山反射炉の情報発信拠点となる「韮山反射炉ガイダンスセンター」が完成。メインの映像ホールには、高さ約5m、幅約10mもあるスクリーンが設置され、操業当時を再現したCG映像で反射炉が稼働する様子や当時の時代背景などを分かりやすく紹介しています。耐火煉瓦や砲弾などの出土遺物や古文書の展示や、「明治日本の産業革命遺産」に含まれるほかの構成資産を紹介するコーナーもあります。
ここで反射炉の概要を学習したら、専用の通路を通っていざ、反射炉のもとへ。
反射炉建造のきっかけは、嘉永6(1853)年のペリー来航により、日本が外国の脅威にさらされたこと。幕府は、江戸湾海防の実務責任者となった江川英龍に、江戸湾への台場(砲台)築造とともに、大砲を作るための反射炉の建造を命じました。
しかし安政2(1855)年、反射炉の完成前に英龍は病気で亡くなってしまいます。後を継いだ息子の江川英敏は、着工から3年半後の安政4(1857)年、佐賀藩の助力を得るなどして、現在の静岡県伊豆の国市に反射炉を完成させたのです。
このような反射炉は、山口県萩市にも残っていますが、炉体と煙突が当時の姿のままほぼ完全な形で残っているのは、ここ「韮山反射炉」だけ。当時、実際に稼働していたのも、韮山反射炉だけだそうです。
反射炉は、銑鉄(せんてつ)を溶かして純度の高い良質な鉄を生産し、それを原料に鉄製の大砲や砲弾をつくるための施設です。反射炉の出湯口から出る溶融した鉄を鋳型に流して大砲をつくっていました。
韮山反射炉は、このような鉄製の大砲を量産し、江戸湾防備のため品川台場(現在の東京・お台場海浜公園)に配備することを目的として稼働。元治元(1864)年、幕府直営反射炉としての役割を終えるまでに、鉄製18ポンドカノン砲や青銅製野戦砲などの西洋式大砲が鋳造されたそうです。
ガイダンスセンターの映像ホールでは、今お話ししたような内容が、CGを使った映像でわかりやすく解説されていますので、歴史が苦手な人や予備知識のない人でも安心して見学できますよ。
韮山反射炉/韮山反射炉ガイダンスセンター
静岡県伊豆の国市中字鳴滝入268
[開館時間]4月1日~9月30日9:00~17:00、10月1日~3月31日9:00~16:30
[休館日]毎月第3水曜(祝日の場合は開館、翌日休み)
[観覧料]一般500円、生徒・児童50円 ※団体料金あり。伊豆の国市民の方は無料。韮山反射炉と江川邸の共通入場券700円 ※すべて税込
055‐949‐3450
幕末の才人・江川英龍の足跡を知る武家屋敷「江川邸」
この建物はテレビドラマのロケ地として、「篤姫」や「JIN-仁-」など多くの時代劇の撮影に使われているんですよ。
ここでは江川家に伝わる貴重な品々のほか、典型的な武家屋敷の建築様式も見ることができます。
母屋は釘を一本も使わない「小屋組づくり」と呼ばれる工法で建てられていて、幾何学的な屋根裏の木組みは、今で言う免震構造になっているそうです。その一番高い位置に、日蓮上人直筆の曼陀羅が納められた棟札があり、その霊験により今日まで火災に遭ったことがないと伝えられています。
英龍は蘭学の研究に力を注ぎ、高島秋帆(しゅうはん)から習得した「高島流砲術」を普及するために私塾「韮山塾」を開設したほか、日本最初の洋式船「ヘダ号」建造を指揮したことでも知られます。
ほかに、種痘の普及や「天保の飢饉」の際に窮民の救済に尽力するなど、様々な功績を残しました。江戸時代後期の兵学者・思想家として有名な佐久間象山も、江川家に逗留して高島流砲術を学んだという記録が残っているそうですよ。
また英龍は多才で、書や絵をたしなむなど、芸術にも秀でた人物だったそうです。江川邸内の展示物には実際に英龍が描いた絵や書もあり、その才能の片鱗を感じることができます。
再現された「パン祖」のパンを食べてみた
英龍は、戦時の携帯食としてヨーロッパ陸軍の兵糧パンを採用しなければと考え、手代の柏木忠俊に命じ、長崎のパン職人・作太郎からパンの製造を学ばせました。
英龍たちが初めてパンを焼いたとされるのが1842(天保13)年4月12日で、現在では「パンの日」に制定されています。江川邸ではそれを記念して、毎年4月上旬に「江川邸パンフェスタ」を開催。江川英龍とパンにまつわる特別展示や地元の人気ベーカリーの即売などのほか、邸内の広い土間にある「かまど」を実際に使って焼き上げたパンを味わうことができます。
パン祖のレシピには、「焼いた後一晩かけて水分を抜くことで保存を可能にする」と記載されています。ですから、当時の味や食感が忠実に再現されているわけではありません。食べやすいよう水分を多めにして、マフィンとおやきの間のような食感に焼き上げています。
このパンは、イベントの日に江川邸でしか味わうことができないので、この日を毎年楽しみにしている方も多いそうです。
当時は保存がきく兵糧としての活用を想定していたので、ふんわりした柔らかいパンではなかったのだそうです。例えると、乾パンの固さに近く、食感は「固い甘食」のよう。
当時の食感と味に近いパンは「パン祖のパン」という名前で、反射炉横にあるお土産ショップで一年中販売されています(5個入600円・税込)。とにかく想像を上回る固さですので、ビスコッティのようにエスプレッソやコーヒーと共に楽しむか、クルトンのようにスープに浸して食べる方法が良いかもしれませんね。
パンフェスタ開催の頃は、邸内の桜が楽しめる時期にも重なります。日本のパンの原点となった味を、現地でぜひ味わってください。
重要文化財 江川邸
静岡県伊豆の国市韮山韮山1
[開館時間]9:00~16:30(受付16:15まで)ただし水曜は9:30~15:00
[休館日]毎月第3水曜と、12月31日~1月1日
[入場料]一般500円、小中学生300円(ともに税込)
055‐940-2200
史跡巡りにはレンタサイクルが便利!
ただし、時間を気にせず、ゆっくりと景色も一緒に楽しみたいなら、断然レンタサイクルがおすすめ。
伊豆長岡駅前には「観光案内所」があり、ここで自転車を借りることができます。その名も「伊豆の国レンタサイクル 狩野川ベロ」。
レンタル料金は1台1日(10:00~16:00)500円(税込)。電動アシスト付き自転車、クロスバイク、ミニベロ、ファミリーサイクル、子供用とさまざまな車種が用意されています。
伊豆の国市のサイクルステーションは、伊豆長岡駅前(観光案内所)のほか、伊豆の国市観光協会、蔵屋鳴沢(韮山反射炉前)の3カ所。
サイクルステーションでは、史跡の場所や無料の足湯、飲食店、ビュースポットなどを掲載したマップがもらえます。なんと、地図を見ながらお隣り沼津市の内浦湾あたりの遠方まで足を延ばす方もいるそうですよ。
旅のスタイルによって好みの移動手段を選び、オリジナルの楽しい旅を作ってくださいね。
伊豆の国レンタサイクル 狩野川ベロ(伊豆長岡駅前観光案内所)
静岡県伊豆の国市南条780-3
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055-944-6937(伊豆長岡駅前観光案内所)、055-948-0304(狩野川ベロ/予約・問い合わせ)
小林ノリコ
移動文筆家/伊豆在住フリーランス・ライター。東京・南青山の編集プロダクション勤務を経て2005年からフリーランスとなり、2015年より静岡県熱海市を拠点に執筆活動を開始。「ふらりと出かける、ゆる伊豆」をテーマに、地域の宝を再発見する取材活動と、伊豆地域を拠点に活動するフリーランス・クリエイターのネットワーク作りを行っている。
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