データセンターは利用から所有する時代へ―コンテナ個人データセンター誕生秘話
2018年1月21日、東京近県の某所でデータセンターの開設式が行われた。日本国内では毎年新しいデータセンターが複数開設されており、そのこと自体はそれほどのニュースバリューはない。しかし、この日オープンしたデータセンターは企業ではなく個人が所有しており、しかもほぼ手作りで建設したデータセンターだった。しかも、ビジネス目的ではなく、趣味で作られた日本国内では初だろうし、欧米でもこんな話は聞いたことがないため、これは世界初の事件なのかも知れない。
趣味としてのデータセンター作り
このデータセンターのオーナーは宇田周平氏、27歳。外資系IT企業に勤務するいたって普通の若手エンジニアだ。勤務先は確かにデータセンターとの関わりは深いが、彼が今回のデータセンター建設に至ったのは、業務上の要請ではないし、かといってサイドビジネスを考えてのものでもなく、「コンテナなら自分でデータセンターを作れるに違いない、作ってみたい」(宇田氏)との思いからで、個人の貯金を投入し、いわば趣味としてデータセンター建設を行ったのだ。
今回の個人プロジェクトのきっかけは、宇田氏が2015年にサーバマシンを入手し、自室のベッドの下に設置したところ、騒音で眠れなくなったことだが、実は5年以上前から個人用のデータセンターを作りたくて、コンテナの価格や、購入できそうな土地を調べていたという。
ここで重要なのは、宇田氏がコンテナならデータセンターができそうだと考えた点だ。データセンターという建物を作ろうとなるとハードルは高いが、コンテナなら購入さえすればすでに器は用意されている。このため、ビル建築に比べると少ないコストで、さまざまな専門家に頼らずとも、一人でデータセンターを作ることが可能になると宇田氏は考えた。
ここで歴史をちょっと振り返っておくと、コンテナデータセンターが最初に話題になったのは、今はオラクルに買収されたサン・マイクロシステムズが2007年に米国で発表したProject Blackboxだ。汎用20フィートコンテナに19インチラック8台と、分電盤や冷却システムを積み、外部から電源と冷却水の供給、そしてネットワークを接続すればデータセンターが完成するという仕組みにデータセンター業界の関心は高まった。次いでGoogleやマイクロソフトも自社のデータセンターをコンテナを集積する形で建設していることを発表し、当時、米国ではコンテナデータセンターのブームが到来しているとニュースやYouTubeを見ながら感じていたものだ。今やコンテナと言えばDockerの名前が最初に浮かぶが、当時はデータセンターがホットだったのだ。
しかし、当時の日本ではコンテナデータセンターを建造物と判断する建築基準法の関係で、米国のようなコンテナ利用は難しいという意見が一般的だった。国内で最初にコンテナデータセンターの商用化のための実験を行ったのはIIJの「次世代のモジュール型エコ・データセンター構築に向けた実証実験」(2010年)だったが、このタイミングでは、まだ建築基準法に則して、消火設備の設置などが義務付けられていたため、米国標準での利用は困難で、導入したとしても余分なコストが必要だった。
しかし、同じ2010年には、内閣府は「新成長戦略」を発表し、政府はデータセンターの国内立地推進を進める方向で特区活用など法規制の緩和の方向性を示し、2011年3月に国土交通省は稼働時に無人となるコンテナデータセンターは建築基準法上の建築物に該当しないとする方針を発表した。これによって、多くの国内ベンダーがコンテナ型データセンターの開発や販売に乗り出した。コンテナデータセンターに関する多くのニュースが流れるこうした状況下で、宇田氏は自分で作ることを思いついたのだ。
低コストでの用地購入は競売物件利用
宇田氏が最初に調査を始めたのはコンテナの価格だった。予算には限りがあるため、プロジェクトの中心となるコンテナと土地の価格で現実性のめどを立てる必要があった。調べていくと、横浜港では年4回の中古コンテナの即売会があることや、全国の港湾に拠点を持つ「コンテナ市場」というサイトの存在などがわかってきた。コンテナにも冷蔵庫のついたリーファーコンテナなどさまざまな種類があり、設備などによって価格も変わってくる。宇田氏が狙いを定めたのは20フィートの一般貨物用のドライコンテナで、中古品が20万円くらいからの価格で売られている。
コンテナのめどが立ったので、次は土地探しだった。勤務先の品川から1時間程度の駆け付け距離で予算200万円で探していた。電気とネットワークが引き込めれば辺鄙な土地でも開設できるはずなのだが、コンテナを運び込むためには4m道路に面していないとクレーンで吊り下げての設置ができないという制限があって、いくつかの格安物件は購入に至らなかった。その時に宇田氏が情報登録した不動産サイトからは、今もメールが届くそうだ。
しかし土地を探し出して半年が経った2016年の夏に、奇跡的にコンテナ設置に向いた土地が見つかった。スペースとしては3m×20mで、駐車場として利用されていた不動産競売の物件だった。存在を知った時には入札期限は1週間後に迫っていた。宇田氏にはもちろん競売の経験はなかったが、基本的な事柄を調査し、入札参加が予想される不動産転売事業者より高額になるようにと180万+αで入札し、無事落札できた。コンテナ1台では広すぎるため、現在は半分を以前その土地を借りていた駐車場会社に貸している。
宇田氏はデータセンター作りを体験してみたいため、可能な限りできる作業は自分でやろうと決めていたが、コンテナを置くためのコンクリ基礎の造成は、自力では無理と判断し、工務店に依頼した。ところが、この工務店がなかなか見積もりを出してこない上に、急に明日工事に伺いますと連絡してきたため、会社を急に休むこともできず、工事に立ち会って写真を撮るために「おっさんレンタル」を利用した。30万円ほどの費用で、コンテナの前後を乗せる2点のコンクリ基礎ができあがった。
ようやくコンテナの設置が可能になり、注文していたコンテナが運び込まれた。設置に要した時間は1時間ほどだったが、ついにコンテナデータセンターの器が整った。設置後、宇田氏が最初に行ったのは内装を自分で行うための細かい採寸だった。採寸データを入力したCADソフトのイメージを参考に内装の方向性と必要な資材を決定した。
自力の内装はゴールデンウィークに
内装は、断熱材のスタイロフォームとはめ込むための補強枠を作る角材、軽量石膏ボードをホームセンターで購入し軽トラックで運んでもらうことからスタートした。内装作業は2017年のゴールデンウィークの連休に行った。角材は現場で切ったためかなり時間がかかった。木材をボルトでとめ断熱材を貼り込み、石膏ボードは1/8畳の大きさをそのまま貼り込んだ。支え木を使用することで一人でも作業ができて、枠組に5日、石膏ボード貼りなどで3日くらいの作業量だった。天井の添え木には突っ張り棒を使用して仮押さえした。「石膏ボードの余りは粗大ごみなので、購入は3万円でしたが、引き取ってもらうのに2万円かかりました」と宇田氏は語るが、こうした知識と経験は独力ですべてを行っていたから得られたものだ。
内装の次は電気工事だが、電柱からの電線引き込みには電気工事士二級免許が必要なため、工務店に依頼した。電線は業者に床のベニヤに穴をあけてもらいそこから引き込む形だが、強電と弱電の穴は別にし、電気とフレッツの干渉を防いでいる。床下の地面にアースしている。電力は配電盤が50A、200Vで10kVAの200V単層で、料金は家庭のものより少し高価だ。上流は今のところ1系統だが、ビジネスとしてデータセンターサービスを提供するわけではないのでそれほどの可用性は求めないだろうし、必要になれば引けばいいだけだ。回線は住宅用のフレッツ1Gだが、やがてはダークファイバーを引きたいという希望を持っているそうだ。工務店の支払いなどには勝浦市のふるさと納税の返礼品で以前に入手していた商品券を使い、節約した。こうして2017年暮れにはデータセンターに必要な最低限の設備が完成した。
そのほかの設備では、業務用エアコンを入れたが、まだTCPの拾い方がわからずリモートできていない。ラックはシュナイダーエレクトリックのAPC製品を4基入れた。ラックは1本15万円で送料が計4万円。ラックはサーバを引き出すスペースを確保するために斜め置きしているが、この配置はIIJが特許(第5064538号)を持っているため、非営利かつ個人的な目的の範囲で利用している。
PDU4基はeBayで安価にそろえた。スイッチやルータ、ロードバランサなど標準的な構成だが、UTMのFortiGateが組み込まれているのは豪華だ。FortiGateはライセンス料金が発生している。
現在のサーバの利用方法は512GBのメモリを積んでHyper-Vを入れ、Twitterの監視などに使っている。サーバ50台は立てられる環境なので、今後はさまざまな個人検証用に使っていきたいという。また、Azure Stack Development Kitを入れて検証したいという希望はあるが、今のところは手が回りそうにないそうだ。
コンテナ個人データセンターはどこへ行くのか?
長い説明になったが、こうした膨大な調査と作業の果てに、コンテナ個人データセンターは無事オープンした。当初の目的であった、ベッドの下からのサーバ移動も実現し、宇田氏は穏やかな夜を迎えられるようになった。
コンテナデータセンター建設の総額は520万円超。通常、同規模のコンテナデータセンターのメーカー品を購入すると1億円程度のコストがかかるため、実に20分の1の価格で建設できたことになる。ランニングコストである電気料金は、従来サーバを置いていた住居でかかっていた1.6万円が、住居0.6とコンテナ1万円に分かれた形だ。しかし、このデータセンターのキャパシティーを考えると、まだ1%も使い切っていない。今後、どのような利用方法が追加され、どう発展していくのか?
「自分でやること、そして所有することに意義があるので、ホスティングやハウジングの利用は最初から考えなかった」という宇田氏だから、このデータセンターを使って次にやりたいことを見つけた時には迷いなく新しいステップを踏み出すだろう。また、自力でデータセンターを作ることが可能だったという経験は、大きな自信として宇田氏の次の挑戦の支えになっていくだろう。PCやサーバの自作派は多いが、もはやデータセンターの自作も可能な時代に入っていることを教えてくれた宇田氏に感謝したい。
<了>