フリーランス女医が教える、ワーママ活用法
女性をチヤホヤして、周囲は我慢するような「女性活躍」は破綻する
2018.01.26
2013年に、安倍総理大臣が「成長戦略スピーチ」の中で「成長戦略の中核をなすもの」と位置づけた「女性の活躍」。女性が輝く社会を実現するため、2016年4月には「女性活躍推進法(正式名称:女性の職業生活における活躍の推進に関する法律)」が施行されました。ただ、制度上の動きはあっても、普段働いていて何かが変わった実感が湧かない、という方も多いかもしれません。
今回は、「ドクターX~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日系)など医療ドラマの制作協力に携わり、医療の世界の第一線で働く女性、筒井冨美氏に、「現在の女性活躍推進のおかしさ」と、「女性が活躍するために本当に必要な環境」について、タブー無しで語っていただきます。
女性活躍の建前と本音
日本政府は「すべての女性が輝く社会」を目指しているそうで、近頃は「ワーママ」ことワーキングマザー関係が騒がしい。女性活躍推進法が施行され、「えるぼし」やら「くるみん」認定される企業は増え続け、育休は延長されたはずだが、「女性が働きやすくなった」という実感は乏しい。
ネットを検索すると「好景気でワーママ積極採用企業が増加」「時短ワーママは効率よく働く」「子育て視点をビジネスに活かす」などなど、著名な経営者による意識高い系のインタビュー記事で溢れている。
一方、匿名のネット掲示板を探すと「産休育休を繰り返して5年以上休みっぱなしワーママ」「新しい仕事を覚える気なし」「育休ヘルプに来た派遣社員の方がマシだった」などなど、ワーママ正社員に対する同僚の不満や悲鳴が溢れている。ホントのところワーママは使えるのか?使えないのか?
ワーママ2:6:2の法則
人事関係者によく知られる用語として「2:6:2の法則」がある。
働きアリを観察すると「よく働く20%:普通60%:働かない20%」に分類されるそうで、実際の会社組織においても何となく実感できる数値である。そして、「ワーママは、使える20%:制度次第60%:使えない20%」というのが、私の答えである。
ヤクルトレディに学ぶ、量産型ワーママ活用法
中間層60%の量産型ワーママを戦力化した、最も有名な事例がヤクルトレディであろう。
乳酸菌飲料などヤクルト社の製品を職場や自宅に配達し販売する女性スタッフを指し、個人的には昔ながらの「ヤクルトおばさん」の方がしっくり来る。雇用契約としては、「1本売ったら○円」の個人事業主であり、各ヤクルトレディはヤクルト本社から販売を委託された小売店のようなものである。子どもの急病などで休んだ際には同僚に配達を肩代わりしてもらうが、その場合の報酬も同僚に移動するので、家庭の事情で休みやすい。
同様の雇用形態を採用した企業として、化粧品販売のポーラレディ、学習塾の公文式、生命保険販売員などが挙げられる。ワークスタイルについて個人の裁量権が大きいが、収入は保障されない自己責任の世界であり、フリーランス医師にも共通する。
ネットの声を見ても、ヤクルトレディに関しては「産休同僚の穴埋めで大変」「働かないベテラン社員がウザい」的な日本型企業でよくあるボヤキは発見できない。「時短で働くワーママが増えすぎて、現場が吸収しきれない」というような人事部関係者のボヤキもない。
ヤクルト社のホームページでは、常時ヤクルトレディを募集しており、人の入れ替わりは頻繁そうだが、逆に言えば「向いていない人はサッサと辞める」ので、過労死や過労自殺の報道はない。
「周囲の支援」は、ワーママを窓際化する悪手
女性の社会進出やワーママ活用と言われると、「周囲の理解と支援を」的な意見が多いが、「周囲の支援」とは「周囲からの搾取」でもある。
女性活用の有識者が好んで主張する「ママ社員は残業・営業・外勤もダメ。子どもが病気で休むのは当然。でも、給与・昇進は年齢相応に。不平を言うのはマタハラ。」的な対応は、周囲の不平・不満が蓄積し、いずれ破綻するだろう。ワーママ本人も「中途半端に頑張っても給料変わらないし、使える権利は最大限使おう」と窓際人材に退化しやすい。
感謝するより金を出せ
仕事とは報酬と引き換えに自分のスキルを売る行為であり、会社とは仕事をする場所である。「会社は家族」「感謝の言葉がご褒美」のような日本型管理職が好んで口にする、美しいが中身のない言葉は、むしろ過労死の一因になる。
ヤクルトレディのように、病気だろうが休暇だろうが理由に関係なく、0.5人分しか配達しなかった者は0.5人分の報酬、その穴埋めで1.5人分働いた者は1.5人分の報酬が得られ、同期で3倍の給与差が生まれても当然とされる環境の方が、不公平感が少なく、「量産型ワーママが長く働ける職場」なのである。
日本のジェンダーギャップ指数が下がり続ける訳
一方、「正社員は定時に出勤し、早退や有休消化の権利は上司の慈悲によって与えられるもの。同年齢職員の給与は、ほとんど同じ」式の職場では、「産育休時短」する職員が複数現れただけで現場は破綻する。
政府が「育休2年」など法律で企業にワーママ支援を義務付けし強化しても、「メンドクサイから女は極力正社員にしない」と考える経営者を増やし、女性の社会進出をかえって阻害してしまう。「非正社員は悲惨だから、5年以上働けば正社員にしなければならない」という法律を作ったら、5年直前で雇い止めする企業が多発して、失職する非正規雇用者が増えた「2018年問題」のようなものである。
男女平等の指標とされる「ジェンダーギャップ指数」は、日本は先進国の中でダントツ最下位であり、政府が次々に打ち出す女性政策も虚しく下がり続け、2015年から101→111→114位(144ヶ国)と過去最低を更新し続けている。
年功序列・終身雇用から「毎朝、全員集合での社長訓話」「会議より宴会で決まる人事」まで、昭和期から漫然と続いている雇用慣行にメスを入れることなく、「女性管理職3割」のような表面的な数値目標だけを上から強要しても、現場は建前と本音のはざまで疲弊してゆき、結局のところ生産性を下げる一方なのである。
参考:男女共同参画に関する国際的な指数(内閣府男女平等参画局)
業務のスリム化・ネット化・クラウド化を推進せよ
とはいえ、現実の会社でいきなり「全社員を個人事業主に切り替え」とは実現困難だろう。
しかしながら、インターネットを活用した会議やスケジュール管理システムは日進月歩であり、本気で洗いだせばムダな朝礼・会議はかなり減らせる。資料・報告書・日報・会議録などもクラウド化の余地はあるはずだ。本気で女性が活躍できる職場を作るためには、社員を社内に拘束する時間数が最小限になるよう、業務を見直すべきである。
就業時間のフレックス化・在宅勤務も推進
多くの中小企業にとって、大企業を上回る給与を従業員に提供すること困難だが、大企業を上回る自由度のワークスタイルを提供することは比較的容易である。「給料同じでも、週1~2日は在宅勤務可能」という企業への転職は、首都圏会社員にとって魅力的だろう。
ワークスタイルの自由化は、非ブランド中小企業が優良人材を確保する有力な方策である。また、パワハラ・セクハラ・うつ病など職場に蔓延する人間関係の悩みも、赤の他人が狭い部屋に連日長時間閉じ込められるから深刻化するのであり、多少ソリが合わなくても「週3回半日ずつ」しか顔を会わせない場合にはメンタルトラブルまでには発展しにくい。
「係長→課長→部長」よりも「有期のチームリーダー制」
日本企業によくある「係長→課長→部長」という一方通行の昇進システムは、出産・育児等のライフイベントの多い女性には不向きである。また、男性でも「3ー40代はバリバリ働いて、50過ぎたらボチボチにしたい」「夜間MBA行きたい」「実家の農業を手伝いたい」という人材に対応しにくい。
女性が活躍しやすい職場にするためには、社内の組織を柔軟にして、役職はプロジェクト毎に「マネージャー、リーダー、サブリーダー、メンバー」のような数ケ月~年単位の肩書きとして、役割に応じて上下できるものにするのが良いだろう。女性の場合、「就職~妊娠まではバリバリ働き29才でリーダーに昇進→その後に産休→子育て中はメンバー→子供が小学校に入ったのでサブリーダー」的なキャリアパスを可能にする。同時に、基本給は少なめ、役職手当や成果に応じたボーナス部分が多い給与体系が望ましい。
女性活用とは「女性をチヤホヤして、周囲は我慢する」ことではない。「職員全体のワークスタイルを見直して効率化やフレックス化を推進し、成果主義的な報酬制度を導入したら、自然にワーママやら外国人やらシステムエンジニア兼農家のような、多様な人材が増えていた」という状況が、目指すべき方向ではないだろうか。
執筆者紹介
筒井冨美(つつい・ふみ) 1966年生まれ。地方の非医師家庭に生まれ、某国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、メディアでの執筆活動や、「ドクターX~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日系)など医療ドラマの制作協力にも携わる。近著に「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」がある。
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