量子コンピュータとは? 意味・背景・先進事例10選
量子コンピュータが実用化され始めた。2012年にD-wave社により商用化された量子コンピュータは、既存コンピュータの1億倍という超高速を記録。GoogleやIBMなどがしのぎを削り、MicroSoftはQ#という量子コンピュータの言語を発表した。コンピュータの世界は新たな次元に到達した。今、量子コンピュータの世界で何が起こっているのか、概観する。
量子コンピュータ登場の背景
量子コンピュータ(Quantum Computer)は1980年代に科学計算の用途で考案されたのが始まりで、理論的には明確なのにも関わらず計算機の能力が追いつかない分野を中心とした活用が期待されていた。ただ、技術的にも理論的にも難解で数々の研究者や開発者が全世界で日々切磋琢磨しながらようやく実用化の芽が出てきている状況である。その間にもハードウェア不在のまま暗号解読や検索、量子化学シミュレーション(Chemistry Simulations)などの多くのキラーアプリが考案され登場したことで、ますます大きな期待がかけられてきた。
2012年にカナダのD-wave社が商用化を行なった量子アニーリング(Quantum Annealing)という方式のマシンはこれまで考えられていた量子コンピュータとは異なる方式ではあったが、そのマシンの動作原理に一部量子効果が見られるのではないかと話題になった。2015年にGoogleとNASAが共同でその技術を使用したアプリケーションに既存計算機との比較で1億倍程度の高速化の効果が見出されたと発表したため、全世界で大きな話題となり、量子アニーリング方式だけでなく従来の量子ゲートモデルと呼ばれる方式の開発競争が再燃し、現在に至っている。
量子コンピュータの発展はめざましいものがあり、主に動作が不安定で外部環境に左右されるため、現在は開発各社が量子コンピュータを研究室に配置したままクラウド技術を使って全世界に自宅から量子コンピュータを使用できる環境を提供している。これらのクラウド技術との親和性もあり、急速に量子コンピュータアプリケーション関連の開発や研究が進んでおり、全世界で多くの企業が採用を決めている。
量子コンピュータとは
量子コンピュータとして話題に上がっているマシンは大きく分けて2方式あり、量子ゲートモデルと量子アニーリングモデルと呼ばれるものである。量子アニーリングモデルは現在では専用機として認識され始めており、ここではより汎用性の高い量子ゲートモデルを取り上げて解説したい。
原理
量子コンピュータは物理の量子力学と呼ばれる学術分野の理論をもとに組み立てられている。
最も特徴的な性質として現在のコンピュータでは実現できない0と1の重ね合わせ計算を行うことができる。物理現象を利用することで、より少ない資源で多くの計算を行うことができ、高速化も期待されている。
量子ビット
量子コンピュータは現在のコンピュータと対応する形で量子ビットと呼ばれるものが用意されている。
量子ビットは0か1の値をとるのは同じだが、計算を行う過程で0でも1でもないあいまいな状態を取るように操作でき、その状態で計算を行うことで通常では順番に行わないといけない計算を一度に行うことができる。
量子計算
量子計算は主に上記の量子ビットに対して量子ゲートと呼ばれる論理演算を行う。量子ゲートは量子コンピュータ特有の演算で、ルールが決められており、それら新しいルールに沿って計算を行うことで通常の方法では計算時間がかかってしまう問題を高速に解くことが期待されている。
量子アルゴリズム
上記量子ゲートの演算を連続で行うことにより、量子アルゴリズムを作ることができる。量子アルゴリズムは既存アルゴリズムの流用ではなく新規に考案する必要があり、暗号解読や検索システム、組み合わせ最適化問題などの新しいアルゴリズムが日々開発されており、理論的に既存のコンピュータよりも高速なことが証明されているなど期待が高い。
量子コンピュータの先進企業とその取組事例
Google(グーグル)
米Google社は特に量子コンピュータの開発に積極的な企業だ。現在はUSサンタバーバラのJohn Martinis氏のチームを迎え、積極的に量子ゲートモデルの開発を行なっており、22量子ビットの実機開発を終え、現在量子超越性(Quantum Supremacy)と呼ばれる量子コンピュータが既存スパコンを明確に計算量で超えるという議論に向かって49量子ビットの開発と測定を行なっている。
この量子超越性が明確に示されれば以降スパコンを含めた既存の計算機は特定領域での計算において量子コンピュータをうわまることができなくなり、さらに量子コンピュータの開発が加速される見込みである。また、近い将来米Google社のクラウド計算サービスへの量子コンピュータの提供が発表された。
また、米Google社の親会社であるアルファベット傘下のベンチャーキャピタルであるGVは米国内での他方式のイオントラップ方式を使用したIonQという企業にも出資を行なっている。ちなみにIonQには米Amazonも出資を行なっていることで話題となっている。
IBM(アイ・ビー・エム)
米IBMは早くから量子コンピュータの開発を進めてきた企業で、現在唯一米Googleと量子超越性を含めた議論で量子コンピュータ開発のしのぎを削っている。彼らの特徴はすでにクラウド経由で全世界から量子コンピュータを使用できる状態にあることで、登録することで個人で5量子ビットのマシンを無料で使用し、計算を行うことができる。
そのため、全世界の研究者やアプリケーション開発者はそれらのサービスを利用し、議論を行なっている。また、商用での利用には企業向けのプランもありより大きな量子ビットのマシンが使用できる。
MicroSoft(マイクロソフト)
米MicroSoft社は現在量子コンピュータ本体は開発中だが、世界中に抱える膨大なWindowsの開発者向けに量子コンピュータをプログラミングできる新しいQ#言語が人気だ。
Visual Studioと呼ばれる開発環境にインストールすることで自分で量子コンピュータ向けのプログラミングを行い、シミュレータと呼ばれる量子コンピュータの挙動を再現した仕組みによって実際の量子コンピュータと同様の計算を行うことができる。ちなみに量子コンピュータがなくても簡単な問題や小さい問題は私たちの持っているPC上で量子コンピュータを模擬した形で同様の計算を行うことができる。
Intel(インテル)
半導体大手の米Intel社も最近量子コンピュータに力を入れている。ヨーロッパのデルフト工科大学と組み、超電導方式の量子コンピュータのチップの開発を加速させている。現在49量子ビットの試作を行なったとアナウンスしており、より動作の検証や周辺開発アプリケーション環境の整備とともに市販を行うなどの可能性も捨てられない。
Rigetti(リゲッティ)
カリフォルニアの米Rigetti社は注目のベンチャー企業の一つだ。IBMの量子コンピュータ開発出身の研究者が米国の最大手企業を相手にシリコンバレー方式で開発を行なっており、ITベンチャー企業らしく洗練され使いやすいソフトウェア環境が話題だったが、最近急速に技術力をつけており、19量子ビットの実機を発表した。また、アプリケーションも話題の分野をカバーしているのが特徴で、機械学習やAI、創薬、量子化学計算など既存の流行分野を的確に抑えている。
D-Wave(ディー・ウェイブ)
カナダのD-wave社は現在の量子コンピュータ開発競争に火をつけたベンチャー企業で、その他の企業とは異なる方式での開発や商用化を進めている。主に組合せ最適化問題と呼ばれる問題を得意とし、他の方式よりも消費電力が大幅に少ないのも特徴となっている。米Goldman sachs社なども出資しており、金融や機械学習、創薬への応用が期待されている。クラウド経由だけではなく本体の販売も行なっており、価格は10億から17億と言われている。
Alibaba(アリババ)
2018年に本格的に量子コンピュータ開発に参入してくるのが中国勢だ。その中でも先陣を切って話題となっているのが中Alibaba社で上海に中国科学院と共同で量子コンピュータの研究所を開くという。中国は現在10量子ビットの開発が済んでいるといわれており、かつ超電導量子ビットの開発に欠かせない希釈冷凍機などの調達を2018年に大幅に行なっているため、急速に力をつけて開発レースに参加してくるものと思われる。
Accenture(アクセンチュア)
アプリケーション開発においても多くの企業がしのぎを削り始めている。Accenture社はカナダのベンチャーで量子コンピュータソフトウェア企業の1qbit社と共同で量子コンピュータ向けのアプリケーション活用領域を研究しており、既存の量子コンピュータ向けのアプリケーションを大幅に拡大し、顧客の要望に応えられるように準備を進めている。