彼は空手の全国大会に出るような運動神経を持ち、人懐っこい感じの性格で、東京大学を志望していて、容姿もそこそこよかった。背も高かった。
入学式が終わって教室に入った人の中で、初めて口を開いたのも彼だった。学級委員長なども積極的に立候補し、10名ほどしかいない進学クラスの中で彼は中心的な存在といえた。
そういう人が私は苦手だった。彼に優しく接される度に、「クラスの落ちこぼれにも優しく接して差し上げているかっこいい俺」のアピールに自分が使われているようで、それが嫌いだった。
クラスが嫌いになり、私は進学クラスでは当時不文律として誰も加入していなかった部活動に入り、彼には「話しかけないでほしい」と勇気を振り絞って言った。
1年の11月くらいだったと思う。
それから教室では孤立したが、部活でできた普通クラスの仲間がいたのでさして問題とは思わなかった。
受験の時期になり、3年の9月まで部活動を続けた私は国公立への進学をあきらめ、私立大学だけの対策をした。
部活で養った集中力は私の学力を大いに上げた。そのころ彼は本校初の東大受験(予定)者としてスターダムにあった。
センター試験があった。私立専願の私は受験しなかった。進学クラスの誰もは私を蔑んだが、その日は学校に誰もいなかったからよく集中できた。
2月の終わり、私は運よく早稲田大学に合格が決まり、彼はセンター試験の国語で大失敗をし、足切りで東大は受験できなかったようだった。
私は掌を返したように学校中から称賛され(早稲田でも快挙といわれる高校だった)、彼は当初の思惑とはかけ離れたレベルの私大に二次募集で合格した。
それから4年が経った。
再三にわたるクラス会の連絡をすべて断ってきた私も、就職したら二度と顔を見ないかもしれないという思いはあり、今日初めてクラス会に出席した。
彼からの誘いのLINEが、いつになく粘り強かったことも、私の罪悪感からの参加を促した。
相変わらず彼は楽しそうに、よく話を回していた。私はせっかくの食べ飲み放題を無駄にすまいと、メニューを端から制覇していた。会話は3回した。
19時から2時間が経ち、街へ出た私たちは2次会の相談を私抜きでしていた。もとより行く気はないため、4回目の発言としてさよならと言おうと思っていた矢先、彼が声をかけてきた。
「俺、ずっとお前と仲直りしたかったんだよ!」
「ね?だから2次会行こうよ!」
彼は自分の人生の汚点であるところの私を清算したかったのだと分かった。
彼からすれば私は、人生の中で唯一思い通りにいかない目の上のタンコブだったのだろう。
受験に勝敗はないが、彼にとっては敗北に見えたはずの大学受験がそれを加速したのだろうことも推察できた。
このまま、私が彼を「認めてあげる」ことで、彼の人生の汚点はすべてなくなり、思いのままに生きているという意識を絶対に持たせたくないと思ってしまった。
今日私は、初めてそんな悪意をもって、「僕は君のことが嫌いだから、いやだ」と言って帰ってきた。
何も勝っていない。誰も救われていない。むしろ、人を傷つけて帰ってきた。
でも、なんだか高校の頃の自分が、彼に比べて自分は何もいいところがないといじけていた自分が、報われたような気がした。
随分後味の悪い成仏だけれど、いい心の供養ができたような気がしている。