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第6章第14話【晩餐会】其の1
青白い月明りに見守られながら一台の馬車が王都に敷かれた石畳の上を進む。
乗っているのは二人の男。
いや、確かに男だが、もう一人は女性に見まごうばかりの美しさを誇る金髪の青年だ。
男の方はムダ毛一本なく綺麗に剃り上げた頭部を光らせている。
年の頃は四十代後半。身の丈は百八十センチを幾らか超えている。
体つきはかなりがっしりとしていると言えるだろう。
いや、ハッキリ言えば人の形をした熊に近い。
二の腕などは女の太腿以上の太さを誇っていた。
だが、何よりも人目を引くのは右目を覆う黒革で造られた眼帯。
戦で負ったのか、額から瞼御上を通って頬まで一直線に傷痕が走っている。
普通に考えて右目の視力は絶望的だろう。
全身からにじみ出る暴力の匂いと相まって、絹製の洒落た意匠の服に身を包んではいるものの、あまりお近づきになりたいとは思えない類の人種と言える。
そんな彼が、不満そうに鼻を一つ鳴らした。
「ふむ……成り上り者の男爵風情が我らを招待しようとはな。世も末という物だ」
そう言うと、男はもう一度大きく鼻を鳴す。
男の家は、かつてローゼリア王国を起こしたとされる初代国王に仕えた騎士であり、その後は王国東部に領地を与えられ、ミスト王国に対する要を任じられてきた武勇の家柄だ。
かつてのローゼリア王国宰相エルネスト侯爵の失脚のあおりを受けて、その権勢には大分陰りが見えているのも確かに否めないが、それでも王国屈指の名門貴族と言って良いだろう。
本来であれば、何処の馬の骨とも知れない成り上りの男爵家が、突然招待状を送れるような相手ではないのだ。
大地世界における貴族社会の常識から考えれば、こういった晩餐会の招待状はあくまでも同格かそれ以下に対して送るものだ。
勿論、上位者を下位の人間が招待する場合も無い訳ではないが、それはあくまでも両者に血縁関係や婚姻関係といった親密な付き合いがあればこその結果。
男と御子柴男爵家の様に、疎遠どころか一面識もない間柄で招待状が送られる事などまず考えられないのだ。
端的に言ってしまえば、御子柴亮真という人間が、男を手紙一枚で呼びつけられると程度の人間だと見ていると判断しても間違いではないだろう。
それは、斜陽を迎えているとはいえ、名門貴族の一員である男のとって何よりの恥辱。
その不満が男の心にまるで溶岩の様に燃え盛っているのだろう。
しかし、そんな男の態度に目の前に座る青年が笑みを浮かべる。
「そんなに不満ならば招待を断れば良かったのに。我がマクマスター家は子爵の家柄。男爵位の御子柴家が持ようする晩餐会を欠席したところで大した問題にはならないでしょう?」
そう言うと青年は声を上げて笑う。
それはまるで聞くものを惑わせると言う海の魔物セイレーンの歌声にも似た美声。
そんな女性の言葉に男は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべて睨んだ。
「それで話が済まない事を分かっていながら、お前はそんな事を云うのか?」
「まぁ、確かにそれじゃぁ済まないでしょうね」
男の問いに、青年は悪びれる様子もなく肩を竦めて見せる
実際、男の言葉は正しい。
貴族社会の常識という意味から言えば、今回の御子柴男爵家の対応は横紙破りと言えるが、同時にそれが出来る程の力を御子柴男爵家は持っている証拠でもあるのだ。
何せ爵位こそ最下級でしかないが、御子柴男爵家が持つ実績と実力は比類ない物。
先の内乱時に劣勢であったルピス・ローゼリアヌスを玉座に座らせたのは、他ならぬ御子柴亮真自身だ。
オルトメア帝国の侵略によって起きたザルーダ王国の防衛戦では、エレナ・シュタイナーと共に援軍として彼の地へ赴き、両国の停戦に決定的な功績を上げたとも言われている。
その上、御子柴亮真はローゼリア北部を支配するザルツベルグ伯爵家と彼に付き従う北部十家と呼ばれる貴族達を戦で打ち破って見せた。
戦に強いというのはそれだけで有形無形を問わずに大きな力となる。
今、ローゼリア王国内で御子柴男爵家と真正面から武力抗争を行おうという貴族は余程の有力者か、さもなければ自殺願望のある愚か者だけだろう。
その上、今回はベルグストン伯爵家とゼレーフ伯爵家に加え、エレナ・シュタイナーらが連名で添え状が回している。
その三者とも、ルピスが女王として君臨するようになってからローゼリア王国において非常に強い影響力を誇っているのは言うまでもない事だ。
家名を保つ事を考えれば、ここで彼等からの招待を断るというのはかなり難しいと言えるだろう。
たとえ相手を成り上り者の嫌な奴だと嫌っていたとしても。
(それが分かっているのなら、その先も考えてほしい物だ……な)
青年はそんな父親の態度に小さくため息をついた。
どうせ断れはしないのだ。
目の前に座る父親も理解している。
ならば、不満など口にするのは馬鹿のする事だ。
自分が不満を持っている事を相手に伝えて何の得があるだろう。
(不満を感じるなとは言わない……だが、表には出さないでほしい物だ)
よく相手の前でだけ演技すればよいという言葉を聞くが、不満を感じている人間というのは、態度や端々にその思いがにじみ出る物。
それに、人の耳目は所を選ばない。
どこで誰が聞いているのか分かりはしないのだ。
確かに千に一つ、万に一つの確率かもしれない。
だが、その不用意な一言が誰かの耳にでも入ったら、それは文字通り致命傷になり得るのだから。
(まぁ、本人に面と向かって告げないだけの分別があるだけまだマシか……)
困った人間だとは思う。
とはいえ、青年は目の前の父親を見捨てようとは思わなかった。
元々、貴族ではあっても武人よりの性格だ。
爵位を継ぐまではそれこそ近衛騎士に所属していただけあって、性格はかなり直情的。
未だに領内で怪物の被害が出れば自らが剣を取って先陣を切る武力を誇っている。
家の当主として先陣を自らるという江氏が良いかどうかはさておき、領民の為に自らが血を流そうという覚悟を持っている点だけは高く評価してよいだろう。
内政に関しても凄腕とは言わないが、実直で安定した手腕で領民からの信頼もそれなりにある。
ローゼリア王国に巣食う貴族の中でも彼の父親は及第点をやれるだけの力量があるのだ。
だが、だからこそ青年は自らの父親に己の心を隠す術を身に着けてほしかった。
(今夜の晩餐会は何かある……問題はそれが何か……だ)
ここ数日、心を占める疑問が再び湧き上がり、青年は眉間にしわを寄せて考え込んだ。
御子柴亮真が貴族院からの召喚状によって王都に呼び出されたという話は、マクマスター子爵が己の領地から王都に出向いてから直ぐに耳に入っている。
確かに状況確認の為の証人喚問という名目ではあるが、普通に考えればこれから貴族院で行われるのは裁判だ。
勝手に王国内で戦を起こし、領地を奪い取った罪。
普通であれば貴族間の領地紛争はそこまで大きな問題には発展しないが今回は別だ。
ザルツベルグ伯爵の死に加えて北部十家の半数近くが文字通りの断絶とくれば、高貴な血を自認し血縁関係を重んじる貴族社会における御子柴亮真への印象は最悪と言えるだろう。
何せ、御子柴男爵家を庇おうとする人間は今の貴族院には存在しない。
その改善策とも考えたが、今更一度ばかり晩餐会を開いたところでここまで悪化した親密度が急に上がる筈もないのだ。
極端な話、貴族の人間関係も平民の人間関係も基本は同じだ。
どれだけ相手と話をし、共に時間を共有したか。
勿論、映画に出てくるような生死を賭けた状況ならば短い時間でも無二の親友に慣れるかもしれないが、そんな特別な状況でもない限りは、費やした時間がそのまま親密度になる。
(御子柴男爵がそんな事も分からない馬鹿だという可能性もあるが……)
青年は今回の招待状を受け取ってから今日まで、マクマスター子爵家の持つ全ての伝手を頼って御子柴亮真という男の情報を集めて来た。
無論、父親の性格から分かる様にマクマスター子爵家の情報網は決して優れてはいない。
だが、数少ない情報を繋ぎ合わせ総合的に仮定した御子柴亮真の人物像はそんな愚物とはかけ離れている。
(そうすると一体……)
ジッと黙り込んだ青年へ男は心配そうな表情を浮かべながら訪ねた。
「どうした……お前、何を考えている?」
「いえ……ただ何故御子柴男爵が我らを招待したのか少し」
父親の問いに李伊作首を横に振ると、青年は馬車の窓の外に浮かぶ月を見上げる。
屋敷の門を次々と黒塗りの馬車が通り過ぎていく。
その夜、ローゼリア王国の首都ピレウスの貴族街に建てられたザルツベルグ伯爵家の別邸では、この屋敷が建てられてから二百年という歴史の中で、最も華麗な晩餐会が開かれようとしていた。
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