日本列島を「数年に一度」の強い寒気が覆っている。都心の25日朝の最低気温は48年ぶりとなる氷点下4度まで下がったが、23日時点では「氷点下8度」という極寒の予報が出ていた。東京で観測史上気温が最も下がった約140年も前の1876年(明治9年)の氷点下9.2度に迫る。実際の気温はそこまで届かなかったが、異常な低温の「怪予報」はなぜ出たのだろうか。
原因をたどっていくと、予想気温の計算法の問題に行き着く。どうやら、スーパーコンピューターによる計算で大雪の影響が「過大評価」され、修正されることなく一人歩きしたようだ。
「世田谷区・氷点下10度」「品川区・氷点下9度」「千代田区・氷点下8度」――。23日の日中、日本気象協会のホームページには、25日朝の最低気温として極端な予想が並んだ。同じ情報はヤフーのウェブサイト経由などでも広がった。千代田区(大手町)の観測点は2014年12月に気象庁の庁舎脇からより寒い北の丸公園に移転したが、その分を考慮しても低すぎる。
突出した怪予報を出したのは気象協会だけではない。ウェザーマップも東京都心で氷点下8度まで下がると予想していた。「そんなに冷えるの?」とびっくりした人も多いのではないだろうか。ところが気象庁のホームページの予報によると最低気温は氷点下3度で、民間気象会社の数値とずいぶんと開きがあった。24日には各社の気温は修正された。
天気予報は大気や海洋の観測結果をもとに、いくつもの物理方程式を組み合わせた数値予報モデルを使ってスーパーコンピューターで計算する。どのくらいの広さの地域について、いつの時点の予報を出すかによって数値モデルは異なる。「あさって」以降の予報には、地球全体の気象を予測する「全球モデル(GSM)」を使う。週間天気予報の主役となるモデルだ。
スパコンがはじき出す膨大な数値データは予報資料として整理され、そこから地点ごとの気温の予測値などがわかる。民間気象会社はこうして得られた予測値を気象業務支援センターから購入し、自社の予報に使う。23日に各社が出した極端な低温予想は、気象業務支援センターから提供された「生」の予測値をそのまま右から左へホームページなどに載せたものだった。
気象業務法では、ネットなどで一般向けに提供する天気予報の作成は、気象予報士が担うとされている。本来なら予報士が「東京・氷点下8度」などの数値を見て「低すぎる」と思わなければならないが、素通りしてしまった。一方、気象庁が当時出していた予想は、予報官がコンピューターの計算結果を補正していた。民間気象会社でも、ウェザーニューズのように気象庁と似た予想最低気温を出していたところもあったが、生データをそのまま出してしまったところもあった。
そもそも数値予報で極端な最低気温の予測値が出た理由は何か。その謎を解くカギは、気象庁が各地の気象台や民間気象会社、気象予報士向けに出している「短期予報解説資料」にある。一部積雪の残っていた24日午前3時40分発表の資料には「GSM気温ガイダンスについて、関東の積雪面での放射冷却が過大な傾向はほぼ解消」とある。その前日23日の全球モデルの計算では、関東地方において大きく見積もりすぎていた冷却効果、言い換えれば気温を低く計算しすぎていた傾向が、解消したといっているのだ。
24日夜から25日朝にかけては、比較的風の弱い晴天が予想されていた。静かに晴れた夜には、地表付近の熱が空へ向けて逃げていく「放射冷却」によって冷え込み、気温が下がる。雪がある程度積もっていると、あたたかい地面からの熱が遮断され、この冷却効果が上乗せされることがわかっている。地表近くには、より冷たい空気がたまり、気温が一層低くなる。
実は過去の全球モデルでは放射冷却に積雪を考慮しておらず、気温の低下をうまく予想できなかった。全球モデルは1、2年に一度の頻度で更新しており、前回の2016年3月の更新時に積雪面の効果を計算に入れるよう改められた。都心では16~17年の冬にはほとんど積雪がなく気温予測に影響しなかったので、今回の大雪で初めて更新の影響が表れたことになる。結果として、冷却を過大に計算してしまう問題が明らかになった。
気象庁数値予報課によると、北海道など雪の多い地方では今回の都心のケースと同じように、最低気温の計算結果を低めに導く例が出ている。積雪がおおむね10センチメートルを超えると冷却を促す効果がはっきりしてくるという。数センチメートルだと一部溶けて地面を覆う雪に穴が開いている場合なども多く、効果が出にくい。24日の予報で極端に低い数値が現れなくなったのは、積雪が溶けて減ったためとみている。
気象庁にはこうした全球モデルの「クセ」を、予報を出す際の研修テキストなどにも注意点として記載し、予報を担う人たち向けの講習会でも説明しているという。それでも、周知徹底が不十分だった点は否めない。気象会社もせっかく予報士がいるのに「異常」データの解釈や検討を怠っていたのはお粗末だったともいえる。
もっとも、補正自体もそう簡単ではない。「適当に2度くらい足しておこう」では済まず、コンピューターが出した数字を変えるにはそれなりの根拠がいる。北海道で気温が低く出すぎた例や、全球よりも狭い範囲でより短期の予報を出す場合に使う「メソスケールモデル」の結果を参考にするほか経験則など職人技のノウハウが必要になる。
次回の気象庁の全球モデルの更新がいつになるかは未定だが、今回の問題点の解消も課題の一つとなる見通しだ。当面は、気象庁やいくつかの気象会社の予報を見比べ、「この先のお天気」を受け止めるしかなさそうだ。