防衛・安全保障

「命が削られる音がした…」沖縄水上特攻・生還者たちの証言

時代遅れの巨大戦艦「大和」とともに
栗原 俊雄 プロフィール

水上部隊だけ何もしないわけには

ともあれ戦局の大きな節目となった1944年は、帝国海軍にとっても最悪の年になった。まず7月、前述のマリアナ諸島を守るべく出撃したマリアナ沖海戦で米海軍に惨敗。かつて世界最強だった機動部隊が壊滅した。さらに10月には、前述のレイテ島を巡る海戦で連合艦隊そのものが事実上壊滅した。「大和」とともに「浮沈艦」と言われた姉妹艦の「武蔵」も撃沈された。

為政者たちがずるずると勝ち目のない戦いを続けるうち、敵は日本本土に近づいてきた。そして1945年4月1日、米軍が沖縄に上陸した。この米軍を撃退するために出撃したのが「大和」特攻艦隊である。「大和」以下、軽巡洋艦「矢矧」、駆逐艦「磯風」「濱風」「朝霜」「霞」「冬月」「涼月」「雪風」「初霜」からなる「第二艦隊」の10隻であった。

航空機の援護を持たない艦隊は、敵の機動部隊には勝てない。勝てないどころか惨敗を喫する。そのことは、ほんの半年前、フィリピン近海で学んでいたはずだ。

 

さらに沖縄近海を遊弋する米海軍の戦力は、機動部隊以外でも「大和」艦隊を桁外れに上回っていた。たった10隻でそこに殴り込んでも、勝算はほとんどない。そもそも沖縄にたどり着くことすら極めて難しい。無謀そのものの「作戦」だった。

このため海軍内部では反対論が強かった。第二艦隊でも伊藤整一司令長官以下、なかなか賛成しなかった。

こうした、失敗の可能性が極めて高い特攻が発令されるには、いくつかの背景がある。まず、底が見えてきた燃料事情だ。開戦直後に侵攻した、東南アジアの石油産出地域は占領を続けていた。しかしそれを運ぶ補給路を連合国軍に押さえられているため、運ぶことができない。備蓄の燃料が少なくなる中、膨大な燃料を消費する巨艦は「厄介もの」扱いされつつあった。

さらに連合艦隊参謀長だった草鹿龍之介の証言によれば「一部の者は激化する敵空襲に曝して何等なすところなく潰え去るその末期を憂慮し、かつまた全軍特攻として敢闘している際、水上部隊のみが拱手傍観はその意を得ぬというような考えから、これが早期使用に焦慮していた」(『聯合艦隊』)という雰囲気があった。

つまり、このままでは敵の空襲でなにもしないままやられてしまう。あるいは航空特攻を初めとして「全軍特攻」を標榜する中、水上部隊だけがなにもしないというわけにはいかない、といった危機感だ。

昭和天皇への「忖度」

さらに、昭和天皇の影響もあった。

2014年9月、宮内庁が公開した『昭和天皇実録』(『実録』)には以下の記述がある(1945年3月26日の項)。

「御文庫において軍令部総長及川古志郎に謁を賜う。なおこの日午前十一時二分、聯合艦隊司令長官は天一号作戦の発動を令する」と記されている。「天一号作戦」とは、沖縄方面での航空特攻を主体とするもの。及川が作戦の詳細を説明したとみられる。

さらに4日後の30日、天皇は及川に会い「天一号作戦に関する御言葉への連合艦隊司令長官よりの奉答を受け」(『実録』)た。

及川が答えを言うからには、昭和天皇から何か質問されたはずだ。『実録』はその内容を記していない。しかし、その会話をうかがうヒントがある。宇垣纏(まとめ)海軍中将の日記『戦藻録』だ。1945年4月7日、つまり「大和」が撃沈されたその日に以下の記述がある。

「抑々(そもそも)茲(ここ)に至れる主因は軍令部総長奏上の際航空部隊丈の総攻撃なるやの御下問に対し、海軍の全兵力を使用致すと奉答せるに在りと伝ふ」

宇垣によれば、沖縄の作戦に関し及川から説明を受けた天皇は「航空部隊だけか」という趣旨の「御下問」をした。「水上部隊はどうするのだ。『大和』は出撃しないのか」と催促したわけではない。しかし、及川は大元帥=昭和天皇の意志を忖度した。それが第二艦隊の特攻につながったとみられる。

とはいえ、昭和天皇の言葉だけで特攻が決まったわけではない。前述のように、もともと海軍の一部には、「大和」を特攻させたい勢力があった。昭和天皇の一言は、そうした勢力を後押ししたのだ。

しかし、第二艦隊は特攻に納得しなかった。連合艦隊からは説得のため、草鹿龍之介参謀長(中将)を山口県・徳山沖に停泊する「大和」に向かわせた。納得しない伊藤らに対し、草鹿は言った。

「要するに、一億総特攻のさきがけになってもらいたい」

一億=国民すべてが本当に特攻したら、国家も民族も消滅する。それでは戦争を続ける意味がない。「一億総特攻」は比喩でしかない。草鹿の言葉はおよそ論理的ではないが、論理を超えた説得力があったようだ。「とにかく特攻したほしい」。そういう連合艦隊の本音に対し、伊藤は「そうか、それなら分かった」と応じた。

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