草津白根山の突然の噴火は、私たちが「火山国」の住民であることを改めて実感させました。しかし、『銃・病原菌・鉄』など世界的ベストセラーの著者で、NHK教育テレビで「ダイアモンド博士の‘ヒトの秘密’」を放映中のジャレド・ダイアモンド博士(80)は、かつてGLOBEのインタビューに答えて、「火山から受ける恩恵は、噴火の被害よりもはるかに大きい」「現代の日本が豊かで繁栄しているのは、火山があるから」と明言しています。また、最近のインタビューでは、「日本人は人口減少を気にしすぎる。日本にとって人口減はマイナス面よりもプラス面の方が大きい」としています。巨大なスケールの文明論で知られるダイアモンド博士が、日本に見いだす「希望」とは何か。2011年から博士を追い続けてきたGLOBEの太田啓之記者が、「ダイアモンドの日本論」に迫ります。
2015年、GLOBEの江渕崇記者(当時)が「火山と人類」というテーマで行ったインタビューでも、ダイアモンド博士は「資源が乏しく、天災が多い、小さな島国」という私たちの日本に対するイメージを覆し、「現代の日本が豊かで繁栄しているのは、日本に火山のあることが大きな理由」という持論を展開した。
博士によれば、火山は溶岩や火山灰を噴き出すことによって、カリウム、ナトリウム、カルシウムなど、植物の成長に重要な栄養分を地表に届け、土壌を若返らせる。その結果、「火山が集まる日本、インドネシア、イタリアは、世界の他の地よりも農地の生産性が高い」という。さらに、雨によって土壌から流れ出た養分は、川を通じて海にも注がれ、日本近海の豊富な海草や魚介類をも育んでいる。「石油や石炭などの鉱物資源には乏しいが、動植物や森林、農作物などの『生物資源』には極めて恵まれており、狭い土地で多くの人口を養える国」というのが、ダイアモンド博士の日本観だ。
ダイアモンド博士はこれまでにもたびたび、日本へのエールを送ってきた。
私は東日本大震災直後の2011年末、ロサンゼルス郊外の高級住宅街にある博士の自宅を訪れたことがある。博士は穏やかな眼差しの気さくな人物で、こちらもリラックスして話を聞くことができた。
インタビューでは、環境破壊による世界的な「文明崩壊」の危機に警鐘を鳴らしつつも、日本を襲った震災については、「一度にたくさんの人びとが死亡し、人間の力ではコントロールできないと感じる災害について、人びとはリスクを過大評価しがちだ」「(震災は)確かに大惨事だったが、社会や文明が突然の天災から受ける影響は総じて限定的」とし、日本が早期に立ち直る可能性を示唆した。私自身、震災や原発事故のショックが体の芯に残っているような状態だったが、インタビューが終わった後には少しほっとして、前向きな気持ちになれたことをよく覚えている。
さらに博士は、日本社会の「環境と共存する能力」にも高い評価を与えている。
著書『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』の中で、明治以前の日本について「江戸時代の初期には人口増と都市化で木材の需要が急増し、森林資源が破壊されかけたが、幕府が主導して森林管理の政策を徹底したことや、人口のゼロ成長をほぼ達成したことにより、自給自足で長期的に安定した社会を作り上げることができた」と分析する。古代マヤ文明やアンコール・ワットを築いたクメール帝国など、古今東西の文明・社会の多くは人口増と環境破壊によって滅びたが、江戸時代の日本は、人為的な努力によってそうした崩壊を避けられた数少ない例外だという。
では、現代の日本が直面する急速な少子高齢化について、ダイアモンド博士はどう見ているのか。
最新の著書『昨日までの世界 文明の源流と人類の未来』の中で博士は、先進国の高齢者を取り巻く一般的な状況について「高齢者がかつて社会に提供できていた価値の大半が失われ、健康なのに哀れな老後を過ごす人が多くなった」と率直に指摘する。
文字のなかった社会では高齢者は「生き字引」だったが、文字や映像が知識を蓄積してくれる現代では、高齢者の記憶や知恵に頼る必要がなくなった。また、技術の進化が遅かった時代には、高齢者の持つスキルに利用価値があったが、技術革新の加速により、いまや高齢者のスキルはあっという間に時代遅れになってしまう。さらに、健康状態が改善し寿命が伸びたことで高齢者の数が急増し、希少価値も減ってしまった。
だが、GLOBEの高橋友佳理記者が昨年末、メールのやりとりで行ったインタビューで、博士は「高齢者の相対的な地位低下は、政治と社会が適切に対応すれば、決して避けられないことではない」と明言した。「日本の場合、政府と企業が協力して定年制度を撤廃し、意欲と能力のある高齢者が働ける環境を整えれば、少子化による労働力の不足を補える上に、高齢者の地位向上にも役立つ」というのが博士の主張だ。
加齢に伴い心身の状況は下降するが、「管理や監督」「助言」「教育」「戦略の立案、とりまとめ」など、若年者よりも高齢者の方が優位なスキルも数多くある。「私自身も10代の頃は人生の頂点は20代だと思ったが、実際に自分の人生が頂点に達したのは60代から70代のはじめにかけてだった。社会全体としてなすべきは、高齢者が得意とし、かつ、やりたい仕事を高齢者に任せることだ」という。
日本で進む人口減少についても「現代文明は深刻な環境問題に直面しており、近い将来に食糧や資源の確保が難しくなる可能性が高い。そうした状況下では、人口増より人口減の方がメリットが大きい」とする。
博士はインタビューをこう締めくくった。「日本の経済力や創造力の源は、人口の多さではなく、大半の国民が高度の教育と訓練を受けていることだ。資源に乏しく輸入に依存する国だからこそ、人口が減り、必要な食糧や資源が減るのは強みになるはずだ」。
日常を生きる私たちの意識は「いま、ここにある問題」だけに集中し、近視眼的なものになりがちだ。一方、ダイアモンド博士は数千年単位・数万年単位の人類史や文明史、さらには数百万年単位の進化の歴史に立脚した視点を持つことで、まるで遠くを照らし出す灯台のように、私たちの進むべき道を指し示してくれる。だからこそ、私はダイアモンド博士に魅了され続けているのだ。
(GLOBE記者 太田啓之)
Jared Diamond 生物地理学者 1937年、米国生まれ。ハーバード大学で生物学、ケンブリッジ大学で生理学を修めた後、進化生物学、鳥類学、人類生態学も研究。『銃・病原菌・鉄』で98年度ピュリツァー賞受賞。UCLA地理学科教授。
太田啓之 1964年兵庫県生まれ。東京大学法学部・教育学部を卒業し、90年に朝日新聞入社。2002年から少子高齢化問題や、公的年金、医療などの社会保障問題を取材し、2015年からGLOBE記者。著書『いま、知らないと絶対損する年金50問50答』(文春新書)