MOMENT JOON|軍隊での経験を経て 社会の壁を壊す声に

interview by HIROYUKI ICHINOKI photo by TAKAO IWASAWA

 

生まれ育った韓国を離れ、大阪でラッパーとしての活動を続けるMOMENT JOON a.k.a. MOMENT。2012年から21カ月におよんだ兵役生活などを経た今、ヒップホップゲームという名のコップの中の争いはもはや彼の興味の外にある。思うにまかせぬビザの更新など紆余曲折ありつつも今なお大阪で生活し、ラップすることを選んだ移民としての視点をさらに大きく映していくことになるだろう次回作『Passport & Garçon』(早ければ夏前には聴けそう)のことを含め、彼には今後まだまだ話すべきことがあるし、改めてそれを聞きたいと思う。

 

 

HDM:ご家族はMOMENTさんがラップしてることについて何か言ってます?

MOMENT:実は大阪で就活してるって話してるので、音楽やってるってことはたぶん知らないです(笑)。

 

HDM:ああ、そうなんですね。

MOMENT:なかなか話せないですね、生活についても考え方が違うから。愛してるのにそういうところが乗り越えられなかったのはちょっと悲しいですけど、お互い悩んだり心配して辛いよりは、嘘が必要な部分もあるんじゃないかなって思います。

 

HDM:生まれ育った韓国の環境はどんな感じだったんですか?

MOMENT:ソウルの一番北の端っこのベッドタウンとして建てられた新都心で、中産層が住む感じなんですけど、どこ見ても高いマンションや団地しか見えないところで。(周りは)みんな「いい大学いきなさい」っていう大人ばっかりで、そういう親のプレッシャーに押さえられてきたのが自分の10代でした。

 

 

HDM:LAに住んだ経験もあるんですよね。

MOMENT:家族みんなで行ったんですけど、11カ月だけですね。新聞記者だった父親がソウルに戻ったらいつでも雇うみたいな条件で(LAに)行ったんですけど、僕と弟がなかなか生活に慣れなくて大変だったんで、ソウルに戻ろうっていう話になって。

 

HDM:そこから日本で大学に通うことになるまでにはどんな経緯が?

MOMENT:大学とかいきたくなかったのに日本の大学を選んできたのも、親がとりあえず大学にいかなきゃ人間扱いされないみたいな考えを持ってるからだし、そのまま韓国の社会で生きてく自信がなくて、韓国の大学にもいきたくなかったんです。そこでたまたま出身の外国語高校で選択言語が日本語だったので、1年間だけ入試の準備して入ったのが阪大だった。親は「お前が大学いくんだったらアフリカの大学でもいい」って言ってたんで、逃げる感じで日本に来ました。

 

HDM:ラップはそもそも中学校のころに英語で始めたそうですけど。

MOMENT:親が言うことに全面的に逆らうことはできないけど、自分なりに見えないところで反抗してるのがラップだったんじゃないかなと思いますし、そういう環境じゃなかったら好きにならなかったと思いますね。でも、表現するキッカケは憧れです。「才能」っていうよりは、練習すればできる「技術」みたいなもんだから、「これ、マスターしてみたい」みたいな。最初は英語にしても韓国語にしても韻を踏むのが結構難しくてよくわからなかったですね、どうすればいいか。

 

HDM:当時、憧れて聴いてたようなラッパーはいました?

MOMENT:まわりはみんなEMINEMが好きだったんですけど、みんなが好きなものはとりあえず嫌な性格で、EMINEMは聴かないって決めて、じゃあ誰がいるって調べてみたらJAY-Zでしたね。ちょうど『BLACK ALBUM』とか出してた時期で、めちゃくちゃ聴いてました。JAY-Zは洗練されてるラップゲームのトップみたいなところあるじゃないですか。当時、僕は身長も低いですしモテモテじゃなかったんで、そういう自分を乗り越えてああいう人になりたいって憧れました。

 

HDM:その後、日本のヒップホップを聴くことになるんですよね。

MOMENT:日本語が大好きになった時期にジブさん(ZEEBRA)の『THE NEW BEGINNING』が韓国でも少し流通してたから買って、日本語の勉強のために聴いたけどぜんぜん訳せなかったんです(笑)。それがキッカケで日本にもラップがあるんだって思って、RHYMESTERのアルバムとかSEEDAとかNORIKIYOとかOZROSAURUSとか聴いて、日本語で歌詞ちょこっと書いてみたり。

 

HDM:ご自身が日本語でラップを始める上で、ヒントになったようなことはありましたか?

MOMENT:最初は何言ってるのかよくわかんなくて、「こういう響きもあるんだ」って感じで聴いてたんですけど、日本語を勉強すればするほど韓国語と構造が近いのがわかって。もともと日常生活で「ライム」ってものが発生しない言語をどうやって変えていくかっていうところでは、基本的に抱えてる悩みも結構一致してると思いましたし。たぶん日本ではヒップホップの歴史自体が韓国より10年ぐらい早いから、そういう方法論や工夫にかなり前にたどり着いたと思いますけど、まだその方法論の議論が活発だった韓国では、極端に言うと韻を踏まないラッパーとかもいたんですよ、2006、7年以前までは。そういう状況でラップの方法論を勉強する参考資料みたいな感じに聴くと、特にジブさんは王道じゃないですか、ラップが。だから、やっぱりこういう方法が正しいんだって思いながら聴いた覚えがあります。

 

HDM:いわばZEEBRAさんから日本語のラップを学んだというわけですね。

MOMENT:今はコリアンアメリカンが多かったり研究も進んでるから、全体的に韓国のラップのレベルが高くなったと思いますけど、10年前はジブさんがアジアで一番ラップ上手いんじゃないかなみたいに思ってましたね。

 

HDM:なるほど。その後、大学進学を機に日本での活動が始まるわけですけど、2012年には徴兵で一時韓国に戻ることになって。

MOMENT:2012年に入隊して、2014年1月1日に除隊するまで21カ月間ですね。曲もちゃんと出してなかったし、考える時間が長くて、辛い2年半でした。

 

HDM:その間もミックステープなどの発表はあったし、ラップ自体は書いてたんですよね?

MOMENT:日々書いてました、日本語で。それから2016年まで日本に戻ったんですけど、半年間ビザがもらえなくてまた韓国に帰って。ある程度同じところで始めたと思ってたラッパーがバーっと上がってったのを普通に見てて、「俺はどうなんだろう、大丈夫かな…」って思ったし、ラップどころか日本で生活さえできなくなるかもしれないと思ったら、ずっと(気分が)落ちてて。

 

HDM:そこでラップに対する考え方も変わりました?

MOMENT:軍隊の経験プラス活動ができなかった経験が、今のラップに対する考え方とか立ち位置にシフトする決定的な経験になったと思います。最初は日本でもラップゲームの頂上みたいなところ狙ってたんじゃないかなって思いますけど、軍隊で日本の誰に説明してもわかってくれないような経験をしてきて、その経験プラス自分という人間をどうすれば説明できるのか、理解してもらえるのかっていう話になったら、やっぱりその人の顔が見えてくるラップをしなきゃいけないみたいな結論にたどりついて。JAY-Zだってそれこそ『BLACK ALBUM』当時はある意味でJAY-Zっていうキャラを演じてたけど、今はもっと個人的な話をしてるじゃないですか。僕も軍隊がキッカケになって考え方がそっちにどんどんシフトしていきましたね。

 

HDM:今はヒップホップゲーム的な動きに興味がないんですね。KENDRICK LAMARのヴァ―スが論争を呼んだ、BIG SEANの『CONTROL』をビートジャックして、除隊後の2014年に発表した『FIGHT CLUB(CONTROL REMIX)』については、今どう思ってるんですか?あれは日本のラッパーを名指しして、いわばガラパゴス化していくシーンやリスナーに一石を投じた曲でしたし、ヒップホップゲーム的な側面もそこには強く表れていたと思いますが。

MOMENT:あれは軍隊にいく前の自分が溜まってたエネルギーを爆発させてみたんですけど、そんなに意味ないんじゃないかってやってみてわかった。面白いと思いますよ。ただ、そういうのに向いてない人間なのに、今までの影響とか、ただ単に自分の憧れのために、自分じゃない方向に自分を走らせてきたんじゃないかなって思いますね。これ以上はそんなことしないです。もうラップゲームはしませんし、できない。

 

 

HDM:じゃあ日本のヒップホップシーンに対して考えることや言いたいことも今はない?

MOMENT:何もないです。

 

HDM:昨年はネットラジオ局『WREP』が開催した音源MCバトル『MURDER GP』で、SIMON JAPさんと対戦しましたね。あれについてはどんな考えで参加したんですか?

MOMENT:あれは完全にスポーツみたいな感じで作ったんで、自分の作品世界とは違う。『FIGHT CLUB』以降はそういうことやらないって決めた上で、今回参加するならどうやって違いを出せるかずっと考えて。頭だけで演じても面白くないですけど、芸術っていうのは主観と客観のバランスが重要だから、(例えば)上手い役者はそれが見る人にどう見えるかをちゃんと計算した上で感情をコントロールしなきゃいけない。『FIGHT CLUB』の当時は感情が前に出すぎてたので、今度はそういうのやってみようって、ほんとにライン単位で計算して、ここで語尾が上がる下がる、この単語をどういうかっていう細かいところまで全部計算して、日本語ネイティヴの何人もの人にもチェックしてもらって作ったから、ひとつの実験として凄く楽しかったです。

 

 

HDM:実際、リリック含めラッパーとしてのスキルとセンスを極めていて、曲として完成度高いし、MOMENTさんなりのサービス精神みたいなものも感じました。

MOMENT:それが一番重要かもしれない。自分が気持ちいいところで終わってしまうラップが多すぎるって気がするんですよ。別に日本に普通に住める人はラップダメになったらバイトでもしながら生活すればいいでしょうけど、自分はそうじゃない。自分の人生ここにかけてるし、これが評価されるかされないかで自分の未来が決まる。だからこそ評価されたいし、みんなにとって価値のあるものを作らなきゃいけないじゃないですか。『FIGHT CLUB』のときはそういうのは見えなかったですね。とりあえず「やりたい!」みたいな(笑)。

 

HDM:今の話を聞いてもそうなんですけど、トラップ以降の俗にいうあるがままをよしとするラップとは対極というか、突き詰めて曲にするという点ではMOMENTさんのラップは真逆ですよね。

MOMENT:ですね。ちょっと考えすぎかなとも思いますけど。「何も思わずにオートチューンかけて毎日ペースで1曲作って発信したほうがいいんじゃない?」ってスタンスの人もまわりにいて、彼らがツイッターのフォロワーが日々増えてるのを自慢してるのを聞いてると、「そういうイメージの時代だよねー」って。ただそれでも、物語の需要はおそらくなくなることはないと思うんで、そういう物語を与える人になれば生き残れるんじゃないかって希望は持ってますね。

 

HDM:それは作品のみならず、それにまつわる自分の世界や実像も含めての物語ということですか?

MOMENT:はい。楽しんだりする曲じゃなくても、何かを感じさせる物語がアルバムや曲で与えられたら可能性があるんじゃないかなって。

 

HDM:次の作品もいわばそれを形にしたものになりそうですね。

MOMENT:今準備してるアルバムは『Passport & Garçon』っていうタイトルなんですけど、自分を説明できる一番いいキーワードがこのふたつかなって。パスポートは世界から見られてる自分。在留カード持って韓国人っていうのがオフィシャルにデカく書いてあるのが自分のパスポートだけど、僕自身凄く内省的で甘えん坊で、まわりに迷惑かけるし、ぜんぜん成長してないし、すぐ落ちこむペシミストだし、自分が落ちこむ理由をずっと探って、考えが止まらなくてさらに落ちこむタイプなんですよ。そういうのがもうちょっと見えたらいいなと思いますけど。

 

HDM:それは曲をより自分に近づけるということとは違う?

MOMENT:自分に近づけるだけが目標だったらつまんないと思います。別に公開しなくてもいいじゃないですか、ただ自己満足のためだったら。僕が思ってるラップの意味は、ステレオタイプを乗り越えること。韓国人だから辛いもんが好きで、気が強くて、K-POPやドラマが好きで…とか、表面で見えてるところだけじゃなく、もっと人間として深いところからきてる感情を感じさせたら自分のラップは存在価値があると思いますし、「あ、こいつもやっぱり同じ人間なんだな」って感じさせなきゃいけないと思ってます。

 

HDM:具体的にアルバムでどんなことを曲にしていこうと?

MOMENT:普通の日本人が日常生活で感じないこと、移民者として自分が考えたこととか、凄くデリケートなんですけど、そういう話をどう聴かせたらみんなに理解させられるのかを考えてる。いろんなテーマがありますけど、例えばひとつは「英語と俺」っていうタイトルで考えてることがあって。それこそアメリカのわかりやすい差別とかと比べたら、日本はそういう差別っていうか乖離(かいり)もすごくミクロのレベルまで見ないとわかんないところが多いですよね。でも、日本はアジア諸国との歴史があって、ほかの国とちょっと違う外人に対してのヒエラルキーがある。一番上に白人、その少し下に英語話者の外人、その下に韓国人、台湾人、中国人、東南アジア人…そういうヒエラルキーに自分が入ってるっていうことを日々感じてて。

 

 

HDM:特にどういった状況でそれを感じることが多いですか?

MOMENT:英語話者の人々と一緒の職場にいると、たまたま英語が喋れるってだけで、英語が喋れる俺と英語が喋れないただの韓国人としての俺っていうのは待遇が全く違うなって何回も気づかされるんです。英語が喋れるっていう能力を証明した瞬間に自分のヒエラルキーがジャンプする、「あいつはほかの韓国人とは違うよ」みたいな。そういうのが大嫌いなはずなのに、便利だからそれをどうにか使ってる自分が見えてきて、「俺クズやな」って感じたり。あと僕の彼女はロシア人なんですけど、彼女が白人っていうだけで「凄い」って言われたりとかして、そのこと自体もある意味じゃ僕がこういうヒエラルキーを利用してるみたいな感じがしたり。普通に人間同士で恋に落ちて愛してるだけで、それで人間がレベルアップするわけでもないし、英語ができるば人間の価値が高いってわけでもないのに、そう見られるじゃないですか。空港にしても、日本に居住する日本人にとってこれから行く新しい土地にワクワクするところだとしたら、僕にとっての空港はいつも悲しくてちょっと怖いところ、お別れの場所みたいなところなんですね。なんかトラブルがあって日本に入国できないかもしれないとか、無事に帰ってこれるのかっていう不安もいっぱいあるし、逆に彼女がロシアに帰ったりするときには、ロシア遠いし無事に帰ってこれるかなあとか。そういう話もアルバムに入れたいです。

 

HDM:制作はもう始まってるんですか?

MOMENT:例えば英語に関する話とかは客観性を獲得にしたいから、その確認作業を今やってますね、曲を作る前に。それで今、日本人の人々といっぱい話してるんですよ。それこそラップと関係ない大学の教授とか、普通に会社通ってる友達とか、僕に見えない日本社会を経験してる人と。

 

HDM:つまり、先ほど話にあった主観と客観のバランスを、自分と人の意見を照らし合わせることで見直すっていう作業ですね。

MOMENT:それこそ空港の話とか少年(=Garçon)として感じてたことの曲は、最初から最後まで誰にも相談せず自分で作りますけどね。僕は従来の日本社会の一部になることはできないと思うんですよ。それは韓国でもそうでしたけど。でも、そこでただ不満ばっかり言う外国人になるんじゃなくて、そういう不満を持ってる人々、疑問を持ってる人々の声になれれば日本に長く残れるんじゃないかと思います。もちろん自分はこんな人ですっていうこともしたいんですけど、自己表現のための自己表現じゃなくて、違う人でも同じこと感じてるんだとか、違う経験をした人でも僕の感情が伝わることで、日本の人も外国の人に対しての壁をひとつ乗り越えるじゃないですか。そういうツールに自分がなれたら嬉しいですし、それができれば日本で長く住もうと思っている移民者、外国人の人々にも役に立つ何かになるんじゃないかなと思います。

 

HDM:ということは、これからも状況が許すかぎり日本にいて、音楽を続けたいと。

MOMENT:はい。ほかのところは知らないんですよ、高校卒業してずっと日本で、社会人として韓国を経験したこともありませんし。

 

HDM:改めてこれから活動していく上での抱負みたいなものがあったら聞かせてほしいです。

MOMENT:昔から自分の信念として、「ラップは日本社会を変えられる」って思ってて。MCバトルも今まで日本社会にまったく無かった何かが現れた感じで、『少年ジャンプ』が好きだったりするようなナラティヴ(物語)が好きな人の欲望を違う形で満たしてるじゃないですか。僕はそういうところにまで挑戦してやっていきたいと思う。まあ、いち外国人としての立ち位置は凄く危なくなってきますけどね。実際に入国管理局でこの前ビザもらったときに、(審査官が)普通に僕の曲知ってて、向こうから「こんな曲出したやろ」って言われてむっちゃ怖かったんですけど。でも、そういうところまで聴かれないと意味がない。なので、みんなが見てないレベルまで見てこれから走っていきますので、見ててください。

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