つまみぐい人生100

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ドヤ街の寿町へ「誕生日お祝いして!」

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誕生日の過ごし方

 

明日は誕生日。

 

特に予定はない。

 

けれど予定は自ら作るものだ。
さて、何をしようか。

 

「誕生日なのでお祝いしてください」と渋谷の駅前で呼びかけてみようか。

 

いや、同じことやっている人、見たことあるわ。

 

逆に絶対にそういうことをやらなそうな場所ってどこだ?

若者がいなくて、都心じゃなくて、普段行かないところ……

 

 

――ドヤ街とか?

 

そうだ、誕生日はドヤ街へ行こう。

  

 

こうして、誕生日の夜、私はドヤ街の寿町へやってきたのだった。

 

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寿町へ

 

ドヤ街。


日雇い労働者が多く住む街のことであり、彼らが寝泊まりする簡易的な宿(やど)を逆さ言葉にしたことに由来する。

路上生活者、いわゆるホームレスや生活保護の人も暮らしている。

横浜の寿町は日本三大ドヤ街の1つだ。

 

会社を終えた19時。

JR石川駅に降り立ち、薄暗い寿町方面へ向かう。


昨夜自作した「誕生日祝ってください」という看板をもって。

 


客観的にみて危ないと言われることをしているとはわかっているつもりだ。

少し怖気づいた気持ちも正直あったが、それはそれで偏見に思える。


自分の経験上、こういうのはいうほど恐れるようなことは起きない。

 

誕生日で浮かれていた私は、滅多に行かない街の新鮮さも相まって、テンションを上げた。

目に飛び込んできた大量のゴミの山は、この町らしい迫力として映った。

 

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道行くおじちゃんへ看板を掲げながら明るく声をかけていく。

 

「今日誕生日なんですよー!!」

 

第一村人発見

 

「おめでとうー!!」


小ぎれいな上着を着た二人組のおじさんは、陽気にお祝いの言葉をかけてくれた。
とてもうれしい!

 

「おめでとう!お祝いにこの紙あげるよ」


お礼を言って受け取ったものは、某新興宗教の勧誘チラシ。

 

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「ありがた~い仏さまの話。これで幸せになれるよ」


誕生日プレゼントに宗教勧誘を受けるとは、予想外で笑ってしまった。

でも考えてみれば、生活に困った人が彷徨う街と救いの手を差し伸べる宗教は、確かに相性がいい。

 

軽く立ち話をしたところで、試しにお願いしてみた。

「何かメッセージを書いてもらえませんか」


用意していた色紙を取り出すと、二つ返事でOK。

 

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《幸せになって下さい》とマジックペンで綴られた文字に、初対面ながら愛情を感じてしまった。

 

危ないから気をつけろよと忠告を受けた去り際。

「南妙法蓮華経……」とお経を唱えてくれた。

生お経、すごく効果がありそうだ。

 

スナックでのバースデー

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雰囲気のあるスナック街へたどり着いた。

せっかくなので店に入ることを試みる。

スナックで歌を歌ってもらたりしたらサイコーだ。

 

どこに入るか見回していたところ、人の好さそうなおじちゃんが通りかかった。

おじちゃんに事情を説明すると、進んで店に交渉してくれた。

 

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「ママ、この子今日誕生日なんだって。歌ってほしいって」


1件目は断られてしまったが、2件目でOK。

 

韓国系のお姉さん2人と、真っ赤な口紅とドレスが似合うママが迎えてくれた。

 

お酒の注文をし、皆で乾杯。

「誕生日おめでとう~!」

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想像以上の歓迎っぷりに感動してしまう。

 

「すごい!今の若い人って自分で企画してイベントするんだね」とママ。

いやいや、若者のサンプルが極端すぎる。

お世辞なのか本気なのか、ともかくむずがゆい気持ちになった。 

 

リクエスト通りバースデーソングをカラオケで流してくれた。

 

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♪ハッピバースデートゥーユー
♪ハッピバースデートゥーユー

 

韓国なまりが残るお姉さんの歌声をベースに、皆で大合唱。

歌声に包まれた空間は夢のようで、スナックの非日常さが余計にそうさせた。

 

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案内をしてくれたおじさんは「いやーサイコーだ!!」と私以上に上機嫌。

持ち帰るはずだったけんちん汁を「食べな」と差し出し、さらに大好きだという沢田研二の『カサブランカ・ダンディ』を歌ってくれた。

 

「こんなオヤジに声かけてもらって嬉しかったー!」

子供のように屈託ない笑顔に、私も自然と笑顔になった。

私のわがままに付き合わせただけのに、こんなに喜んでくれて不思議なくらいだった。

 

最後には代表してママにメッセージを書いてもらった。

《お誕生日おめでとう 幸せになってね》と女性らしい達筆が色紙に刻まれた。

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「あなたみたいな人は珍しいわよ。また来てね」

ママの笑顔に魅了され、スナックの扉を締めると寒くて静かな夜を寂しく思う自分がいた。

行きつけのスナックとはこのようにできるのか。

 

こびりついていた寿町への警戒心がすっかり溶けていった。

 

声かけは続く

人通りのある道へ戻り、声かけを再開した。

足元がふらつきゴミ捨て場につまずきそうになったおじちゃん。

「大丈夫ですか?」と声をかけたが、その辺で寝ると言い、去ってしまった。

 

笑い上戸のおじちゃんは「前もって言ってくれないとプレゼント用意できないよ~」とおどけた。

メッセージを書いてくれたあと、何度も遠慮したが自販機で80円の温かいお茶を本当にプレゼントしてくれた。

 

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「お誕生日おめでとー!!!」

看板が目に入ったのか、遠くから大きな声が届いた。


声の主へ駆け寄り、おじちゃんに誕生日の日にちを聞かれて答えると

「あいつと同じじゃん!えーと、香取慎吾!」と言い当てた。

実際に香取慎吾と同じなのだ。すごい! 

 

「俺エーべッ○スにいたから!globeの仕事してたから!」 

ウソ!?

聞くと、横浜の印刷会社で30年務めていたらしく、V6や安室奈美恵のポスターを刷っては、キャバクラに持っていきキャバ嬢を喜ばしていたという。

でもそんな人がなぜ寿へ……?

 

「お金借りて、返せなくなっちゃって。カードもって毎日20万下ろしてた。パチンコやったり、飲みに使ったり、全部で600いくらになっちゃってよ」

 

結婚もしていて子供も3人いたが、離婚しているという。

ほんの数分話しただけでも、人生の重みが伝わってきた。

 

誕生日なのに…?

 

カラオケの音が漏れるスナック前を通りがかったとき、貫禄のあるおじちゃんに出会った。

 

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傷んだサンダルを履き、肌は浅黒く、もじゃもじゃの髪と髭で顔全体が覆われ、タバコをふかしながら左脚をひきずっている。

 

看板をみるなり「ハッピバースデートゥーユー」とガラガラ声で歌ってくれた。

名前はしんちゃん。寿には10年いるらしい。

 

自分と同じ27歳のときに何していたか聞くと

「27のとき?精神病院いたよ」と内容に反してあっけらかんと言った。

 

理由はアルコール依存症だったという。

「でもアルコール依存症じゃなかったの」
「え?なんだったんですか?」
「酒好き(笑)」

寿町らしい冗談で笑い飛ばした。

 

人懐っこく、たくさん身の上話をしてくれた。


親は鉄工場を経営していて、お坊ちゃん。

17歳の時は暴走族にいて、交通事故を起こしてしまった。足が悪いのはそのせい。

親とは縁を切っている。入院時代、他の患者の14歳上のお母さんと付き合った。

 

詳しく聞きたいネタばかりだったが、大半が聞き取れず、情報が断片的になってしまう。

 

「おととし、覚せい剤で捕まっちゃったの」

今はきっぱりやめたというが、「シャブ気持ちいいよ」と常習犯だった様子。


「1つ1万だから、2人で5000円ずつ出して買ったりしてね」とシャブを割り勘した話が印象的だった。

 

話の途中に突然言い出した。

「じゃあさ、ビール買って」

誕生日におねだりされるなんて、新鮮で笑ってしまった。

この厚かましさがかわいらしく思え、承諾した。

 

近くのコンビニまで移動すると、もう一人小柄なおっちゃんがついてきた。

しんちゃんと話している間に横に現れ、声をかけたがあまり絡みたがらなかったので、そっとしておいた人だ。

なのに、ビールのおごりについてきてしまったのだ。


それならとビール買うのでメッセージを書くことをお願いすると、ペンを取ってくれた。

ささっと短く書き終えた。

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「『貧乏暇なし』だよ」

 

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自虐ネタなのか?
でも生活保護もらっているらしいけど?
シュールすぎて笑ってしまった。
座右の銘なのかもしれない。ありがたく受け取った。

 

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ビールを購入し、コンビニ前で乾杯をすると、貧乏暇なしおじちゃんは「あべしずえに似てるね」と言ってくれた。

昭和過ぎてわからなかったが褒めてくれたんだと思う。

 

缶ビールを飲み終わると、しんちゃんは居酒屋に案内してやると言ってくれた。

おそらく私に奢ってもらう魂胆かと思ったが、黙ってついていくことにした。

しんちゃんが先頭となって店に入る。

「今日ね、誕生日の子がいてね」と紹介しはじめたところで、店員の目が鋭く向いた。

 

「なんだよ!?お断りです!お前なんか帰れ!来んじゃないよ、このやろう!金払わないだろう」

 

どうやら出禁になっているらしい。

仕方なく店を出たが、彼にとってはよくあることなのだろうか。

特にダメージもなさそうな顔をしていた。

 

「俺の顔写真はインターネットに載せていいよ。それが誕生日プレゼント」と決め台詞っぽい言葉を残して別れた。(とはいっても念のためモザイク)

 

法律を守らないのではなく、守れない人なのだと少し甘い見方をしたくなった。

  

 

警察沙汰に遭遇

 

時刻は22時を回っていた。

 

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そろそろ帰ろうかと駅方面へ向かうと、居酒屋前にパトカーが3台。警官が群がっていた。

 

寄れる範囲で近づき、見守る4人のおじちゃんに事情を聞いてみた。

「何もないよ。ちょっと手癖が悪いやつが暴れちゃって」


何もないよといった警官が囲む中心には、頭から血を流しているおじちゃんがいた。

「てめぇ馬鹿野郎!根性ないな!さっきの元気どうなったー!?チンピラぁよぉー!!」


警官の外側にいる喧嘩相手に怒鳴り散らしている。

警察はこんな喧嘩は慣れっこのようで、落ち着いて対応にあたっていた。

 

おじちゃんたちも喧嘩は慣れっこのようで話題は自然と私へ移った。


様子を伺いつつメッセージをお願いすると面白がってOKしてくれた。

 

書いてもらいながら、ガタイのいいおじちゃんからは「道路許可証をもってないでしょ?許可証ないところで君みたいな広告とか宣伝しちゃだめなの」と真面目にお叱りを受けたりもした。

 

にんまり笑うおじちゃんは「誕生日おめでと~」と千円札をくれた。

 

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びっくり!!


後にわかったことだが、このおじちゃんはこの辺で仕事を与える立場にいるらしいので、比較的金銭に余裕があるらしい。

だとしても躊躇したが、孫を見るような嬉しそうな表情に負け、受け取ってしまった。

 

 

一方の流血おじちゃんだが、ふと私と目が合った。

何を言い出すかと思ったら、

「誕生日ぃ!?……ハッピバースデーーぇ!」

血を流しながら祝福なんてファンキーすぎる。ありがとうっ!

流血おじちゃんはパトカーで運ばれてしまった。

 

落ち着いたところで一人の警官が言った。

「ちなみになんですけど、僕も今日誕生日なんですよ」

えーー!!

これにはおじちゃんたちと大いに盛り上がり一緒に祝福した。

 

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4人のおじちゃんと居酒屋で一緒に飲む流れになった。

 

「27歳の時?これになっちゃったね」

手首をくっつけて手錠のジェスチャーをした。

「悪いことしてなくてもね、法を犯しちゃうと捕まっちゃうの(笑)」

寿町らしいブラックジョークをかました。

覚せい剤をやっていたらしい。

「辞めるのは苦労する。頭ばかになっちゃって、またやりたくなっちゃう。あと女が欲しくなっちゃう(笑)」

「それはいつもじゃないですか?(笑)」

私が冗談を言うと笑ってくれた。

 

酒場らしい女いじりや下ネタを交えながら酒は進んだ。

 

「俺が童貞卒業したのは中学1年生。12だったよ。中学生で同棲してたの。家出少女と付き合ってて、一緒にシンナーをやった。シンナー、新宿で“買える”んだよ」

「俺は新宿で“売って”たわ!」 

「がはははは」と大盛り上がり。


おじちゃんたちはとても楽しそうだった。

最後は飲み代までおごってもらい、深くお礼言った。

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ハードな人生を語る、少し後悔が混じった冗談口調は、一日一日を楽しく生きていく術だ。


人生いろいろあったけどな、と酒をかわして笑い合う場は、その辺の繁華街の姿と変わらなかった。

 

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寿町の帰路で色紙いっぱいに書かれた誕生日メッセージを見ながら祝福に浸っていた。

声をかけたのは15人くらい。色紙は9人に書いてもらった。


同時に、たくさんの忠告も受けた。

「こんな町、来ちゃだめだよ」

「荷物をよく見ておいたほうがいいよ」

「そこらへん連れていかれて川の中ぶち込まれるよ」

 

何も起きなかったのはたまたま運がよかっただけかもしれない。

 

けれど、怖気づいていた自分が申し訳なくなるくらい、寿町の温かい人々のおかげでとびきりの誕生日を過ごすことができた。

 

寒空の中、離れるのが名残惜しくなるほど心が温かい。


感謝の思いがこみ上げてきた。

 

 

「この町に恩返しがしたい」

 


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