著: 劇団雌猫
二次元、ジャニーズ、宝塚にアイドル。次元もジャンルも異なれど、オタク女子にとって趣味は人生の重要な一部。趣味を満喫するうえで、実は大切なのが「暮らす街」。オタク女子はどんなことを考え、どんなことを重視して街と家を選ぶのか?
『浪費図鑑』『悪友』が話題の4人組オタク女子ユニット「劇団雌猫」がお届けする連載「オタ女子街図鑑」。第2回では、昨年初めて一人暮らしに踏み切ったアラサー腐女子・ユリカモメさんが「東新宿」の魅力を語ります。
本日の語り手 ユリカモメさん
「初めての実家脱出ゲーム」を成功させるために
28歳になって初めて、一人暮らしをすることになった。
場所は「東新宿」だ。
東新宿に住んでいる知り合い、あなたの周りにいるだろうか? 少なくとも私の周りでは一人も聞いたことがなかった。ずっと東京に住んでいるのに、そんな駅があるというのも去年知ったくらいだ。
実際、朝駅に行けば、東新宿にある企業に出社しようと改札を出て来る人間や、いろいろな観光スポットに繰り出そうと電車に乗らんとする外国人観光客のほうが圧倒的に多い。オフィスとホテルの街なのだ。
何より、東新宿はあっちの「ホテル」の街でもある。そう、ラブホテルである。JR新宿駅までは30分ほど歩かないと到着しないのが、歌舞伎町の裏側には徒歩7分ほどで到着してしまう。「ラブホ女子会」で有名になった高級ラブホテル「バリアン」なんか、徒歩圏内に3つもある。そのため当初は、母に治安を心配された。
そもそも、今年の7月までの私は、都内実家暮らしで特に何の不自由もなく暮らしていた。 中央線は荻窪駅そばの社宅に生まれ、幼稚園で「美少女戦士セーラームーン」にはまってから少女漫画誌を購読しだし、「なかよし」「りぼん」「花とゆめ」とステップアップを踏むうちにインターネットで二次創作SSも探し出し、「FINALFANTASY X」あたりから「カップリング」の概念を知って、その後講談社ノベルスの探偵小説群にはまってその同人誌を買い出し、人生の半分以上を実家暮らしの二次元腐女子として過ごしてきた。
その後実家が何度か移転し、また成人してからはアイドルや2.5次元ミュージカルなど、現場のあるジャンルに足を踏み入れることも増えたが、つねに約30〜40分ほどで新宿〜渋谷に出られる場所だったので、ロケーションにまったく不自由を感じたことがない。
家事も生活費もほとんどが親に負担してもらえ、自分のお金をいくらでも自分のオタク活動に注ぎ込むことができた最高オタク生活。やめるメリットはまったくないように思えたが、2度目の転職を機に、やっと家を飛び出すことになった。
それは、「自分で自分の面倒を見るのをちゃんとやってみよう」と思ったから。
2016年の私は、最悪の日々を送っていた。 3次元で失恋して以降、ちょっとした鬱状態になっており、「こいつらずっと愛だの恋だの騒ぎやがって……」とBLすらうとましくなり、毎日仕事をして睡眠をしてSNSを見るだけのマシーンと化していたのだ。
私はようやく痛感した。BLやアニメ、マンガといったオタク道を専攻しすぎて、現実の人生におけるカリキュラム履修があまりにもおろそかだったということに。
そうして、これまでも何度か思いついては失敗していた「実家脱出ゲーム」を決意したのである。
自分の意志で「住む場所を変える」——自分で家を探して、自分で面倒な手続きを踏んで、自分で自分の面倒を見る一人暮らしをしてみると、これまでに履修できていないあれこれを多少なりとも挽回できるチャンスがあるのではないかと思ったのが2017年の5月。 すごく便利な実家をきちんと出るためには、ものすごーく便利で、ものすごーく居心地のいい物件にしなければならない。そうして今回たどり着いたのが、東新宿だった。
アニメイトから伊勢丹まで、なんでも近い東新宿
東新宿に住んでみて、特に良かったのが次の3つ。
(1)渋谷・新宿・池袋に副都心線1本で行けてしまう
今まで「なんでこんなにホームが深いんだよ!」というイライラしか抱いてこなかった副都心線、使うとめっちゃ便利だった。東急東横線と乗り入れているので、何なら横浜駅だって1本である。 これまでの人生、「今死んだら多分最初に気づくのアニメイトの店員では……?」というレベルでアニメイトに日参してきた身としては、定期圏内に青いお店があるだけで心の安定が段違いだ。
もちろんジュンク堂池袋本店・紀伊國屋新宿本店・SHIBUYA TSUTAYAといった大型書店にもすぐアクセスできるので、「あーー!新刊がほしいよ〜〜!」という発作にかられても、Amazonより早くブツを手に入れることができる。
そのうえコミックマーケットや数々の同人誌即売会の開催地である国際展示場にも、乗り換え1本で行けてしまう。後楽園・有楽町・横浜といったライブ開催多発地がだいたい乗り換え1本以内なので、つまみ食いタイプのミーハーオタクには非常に便利な土地だ。
(2)映画館でレイトショーを見てから歩いて帰れる
新宿のなかでもとくに新宿三丁目駅近辺のエリアなので、新宿バルト9、新宿ピカデリー、TOHOシネマズ新宿の3つの映画館に徒歩10〜20分ほどでアクセスできてしまう。
実家に住んでいるときは、気になっている映画があっても「この時間だと終電にギリギリ間に合わないかな……」などと悩んで諦めることも多かったので、レイトショーを見て徒歩でるんるん帰れる今の環境は非常に楽しい。最高の気分で鑑賞したあとにゴールデン街で一杯ひっかけてからでも、ぐっすり眠れるのだ。
「シン・ゴジラ」上映時に東新宿に住んでいればもっと観まくれたのに……と後悔しきりである。
(3)伊勢丹徒歩15分で「デパコスで浪費する女」にジョブチェンジ
何より生活に影響を与えたのが、新宿伊勢丹の破滅的な近さ。「生活」の履修とともにコスメの履修も始めた私にとって、そこはもはや聖地だった。
Dior、CHANEL、RMK、NARS、ALBION……。
よく「アニメキャラの顔が見分けられない」と言う人がいるが、私もかつては「コスメブランドの違いが見分けられない」人間だった。しかし今では「今日はNARS寄ってみよう」とか「BOBBI BROWNで店頭予約しよう」とか、その日の気分によっていろいろなブランドに立ち寄れる人間になってきた。財布にはダメージだが、まさに「新しいことを学ぶ」感覚で、日々伊勢丹に通っている。
仕事やプライベートで心がささくれだった日も、会社帰りに伊勢丹に寄れば、すべてはうまくいく。フロアを歩くだけでもキラキラした色とりどりの新商品が目に入ってきて幸せな気分になるし、タッチアップをお願いすれば、すてきなBA(ビューティーアドバイザー)さんたちが手取り足取りおすすめを教えてくれる。
何より、デパコスカウンターには、コスメが好きな人たちがたくさん集まって、自分のとっておきのコスメを見つけるために時間を使っているのだ。もうそれだけで気持ちがふわふわしてしまう。コミケに行くときに鮮烈に抱くあの一体感を、伊勢丹もまた感じさせてくれるのである。この年明けには、伊勢丹のクレジットカードまでつくってしまって、いよいよ本格的に課金する気満々だ。
心配していた治安も、実際は悪くない。酔っぱらっている人々はあくまで歌舞伎町の中にいて、東新宿側にはほとんど出てこないし、夜でもタクシーがバンバン通るので、夜道を帰っても安全だ。基本的に住民の帰りが遅い街なので、駅の目の前にあるタワーマンション併設のスーパーマーケットをはじめ、24時間営業している商業施設も多く、帰り道に煌々(こうこう)とした明かりを放ってくれている。
家を探す時点では、職場の家賃補助の出る範囲を踏まえ、新宿三丁目・新宿御苑・代々木・西早稲田といった駅の周辺も候補に入っていたが、
- 周囲の住人の属性(家族連れがあんまり多いエリアはイヤ)
- あたりに知り合いが住んでなさそう感(もっさりした格好で近所を歩いているのを目撃されたくない)
- 「住んでます」と周りに言ったときになんとなくおもしろそう(みんな知らないから)
- 絶妙に「終電逃したから泊めてほしい」と知人に言われないところ(新宿三丁目駅だとさすがに言われそう)
といった観点を総合した結果、東新宿になった。
実家脱出ゲーム成功の秘訣は「妥協しないこと」
現在住んでいる物件の家賃は約10万円弱。会社の家賃補助が3万円なので、実質7万円で済んでいる。とはいえ初期費用(ほぼ家賃4カ月分)はNO補助ということで最初は結構悩んだが、
- 1K25㎡以上
- バストイレ別
- 独立洗面台
- 宅配ボックス付き
- 24時間ゴミ出し可
- 角部屋で日当たり良好
……などなどを満たす築浅物件となると、東新宿以外でも似たり寄ったりの値段だったので、「どこかで妥協してなんとなくモヤモヤしてたら実家を出る意味がない!」と思って、決断することにした。
なお、いろいろ設備を取捨選択すれば、8万円台くらいまでの物件は存在している。
初めて真面目に物件探しをして驚いたのが、内見を申し込んでも「もう空いてません」と言われることが多いこと。コミケの人気サークルかよ。長いこと住宅情報サイトを見ていると「もうここでいいかな…」と諦めそうになったこともあったが、探し抜いて本当に良かったなあと思う。 決めた物件も、住宅情報サイトで見られる情報だと1階の部屋しか空いておらず、防犯や日当たりの面で心配だったが、「それでもこのマンションがいい……」と考えた結果、管理会社を調べて直接電話してみたら、「実は1カ月後に上の階が空きますよ」と教えてもらえ、なんとか押さえることができた。
住んで半年たつが、いやだな〜と感じるところが一つもない。たまに婚活指南本などで「結婚相手探しは家探しといっしょ」という言葉を聞くけれど、もう正直この部屋と結婚したいというくらい気に入っている。
アラサーからの一人暮らし、家事が全然できなくて大変なことになるのでは……と自分でもハラハラしていたが、一人暮らしだと自分のペースでやっていいから意外と続くし、好きな空間を自分で保とうというモチベーションがあるので、毎日楽しい。引越してからどんどん本とマンガが増え続けているが、広い部屋に大きい本棚を置けたので、困ることなくオタクライフを満喫できている。
「家賃なんてむだな出費」と思っていたけれど……
街自体も毎日飽きない。 たまに新宿区役所に用事があって、日中に歌舞伎町を通りぬけようとすると、バリアンから肩を組み合った中年カップルが出てきたり、朝からホストクラブのキャッチに遭遇したり、なぜか小さな神社の前に黒塗りの車が止まっていてスーツ姿の男性たちがずらりと並んでいたりして、「ヒエ〜〜〜」と思ったりする。
しかし、別に危ないことはないので、ちょっとしたエンタメ気分(?)が味わえる。おそらく歌舞伎町至近であるために近隣エリアよりちょっと家賃相場が安いんですが、むしろオトクなのでは……? ヨネダコウ先生の大傑作BL『囀る鳥は羽ばたかない』にも出てきたミスタードーナツも至近です。
実家時代は、オタク活動やその他娯楽に注ぎ込めるお金がどれくらいあるかが一番の懸念事項で、家賃なんてこの世で最も削るべき出費だと思っていた。
でも、自分で選んだ空間で暮らし、定期的にととのえていくという作業には、BLを読んだりイベントに行ったりするのとは別のメンタル浄化作用があり、それは健全なオタクライフにもつながる。いろいろな理由で実家を出難い人もいるだろうけど、「BLを隠さないといけなくてつらい」「親がオタクをバカにしている」ということにストレスを感じている人は、思い切って引越すとBLが2倍楽しく読めると保証できます。
住む場所を変えた効果がすでに出ているとは言い難いが、仕事で病んでも人間関係で病んでもオタク事で病んでも、「とりあえず掃除しなきゃ」「とりあえず買い物行かなきゃ」「晴れたから洗濯しよう」といった思考が、私は思い煩いの沼に沈みすぎることから救ってくれている。
こうして4畳半万年床の自室を卒業した私は、伊勢丹のショッパーを持って家に帰り、無印良品のパイン材ラックに並ぶお気に入りのBLを手に取り、IDEEのソファやFrancfrancのセミダブルベッドでゴロゴロしながら堪能する「上質なオタク暮らし」を送っている。もしかしたら今日も窓から見えるあのバリアンに、終電を逃した受けと攻めが転がり込んでるかもしれないと思いながら……。
<劇団雌猫による「オタ女子街図鑑」、次回は2月後半に更新予定です!>
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著者:劇団雌猫
アラサー女4人の同人サークル。「インターネットで言えない話」をテーマに、さまざまなジャンルのオタク女性の匿名エッセイを集めた同人誌「悪友」シリーズを刊行中。浪費、美意識、恋愛に続く新刊テーマは「東京」です。「悪友 vol.1 浪費」の増補改訂版として、書籍「浪費図鑑」(小学館)が8月に発売。その他、イベントや執筆など楽しく活動中。2月7日(水)神楽坂かもめブックスにてトークイベント開催。申し込みはこちら。
Twitter:@aku__you
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