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「高齢者の再犯をどう防ぐか」(視点・論点)

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龍谷大学 教授 浜井 浩一

「刑務所を見れば、その国がわかる」と言われることがあります。人権を含めて、その国が抱える社会問題や課題は、その国の平均的な刑務所に表れるということです。

現在、日本の刑務所は、少子高齢化による犯罪の減少に伴って、受刑者は減少傾向にあり、刑務所の統廃合が行われています。ここ最近でも、2017年には奈良少年刑務所が廃止になり、今後、黒羽刑務所、佐世保刑務所などの刑務所が相次いで廃止される予定です。その中で唯一、大きな問題となっているのが高齢受刑者の増加です。高齢受刑者の増加が顕著になったのは、1995年頃からです。いわゆる地下鉄サリン事件をきっかけに、日本においても「もはや安全と水はただではない」と言われるようになり、厳罰化が推し進められました。当時も殺人を含め犯罪は減っていたのですが、厳罰化の影響で受刑者が突然増加し始めました。この時期、検察官は、被疑者を積極的に起訴し、求刑を重くするという形で厳罰化政策を推し進め、裁判官がそれに応えました。
刑罰には強い逆進性が存在します。逆進性とは、消費税のように一見公平な制度に見えても、一律に運用すると社会的に不利益な立場にいる人の実質的な負担が重くなることをいいます。刑罰の適用を厳しくすると、富裕層よりも、低所得者層などの社会的弱者により大きな負荷がかります。例えば、富裕層にとって10万円の罰金は大きな負担ではありませんが、生活保護世帯の人にとって10万円は簡単に納付できる金額ではありません。罰金を納付できなければ、労役場留置となり拘置所に収容されます。また、裁判で実刑を避けるためには被害弁償、示談や謝罪などが欠かせません。しかし、ホームレスの万引き犯の場合、お金も頼るべき家族や友人もいないため被害弁償や示談は困難です。加えて、知的障害や発達障害がある場合には、検察官や裁判官を納得させることができるような謝罪は難しく、実刑になりやすい傾向にあります。厳罰化の時期に刑務所の中は、仕事や家族を失った高齢者やホームレス、障害者で一杯になりました。
そして、厳罰化が少し緩んだ現在でも、高齢受刑者の増加という問題はまったく解決していません。

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2014年に新たに受刑者となった人でみると、男性の場合、60歳以上の者の割合は約17パーセント、70歳以上では約5パーセント、女性の場合、60歳以上の割合は約22パーセント、70歳以上でも約11パーセントとなっています。彼らの罪名の多くは窃盗、そのほとんどは万引きです。
万引きなどを繰り返す高齢者の中には、認知症の人も少なくありません。

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法務省が2014年末に60歳以上だった受刑者を対象に認知症の検査を実施したところ、約14パーセントに認知症の傾向が認められました。65歳以上では約17パーセントでした。厚生労働省の推計によると、日本の認知症の人の数は2012年の時点で約462万人、65歳以上の高齢者の約15パーセントと推計されています。つまり、認知症傾向のある高齢者の割合は一般社会よりも刑務所のほうが多いということです。
犯罪学の知見では、人は年齢を重ねるごとに犯罪から遠ざかります。世界一治安の良いはずの日本で、検挙人員にしめる60歳以上の割合が、20歳未満の少年の割合を超えているだけで十分異常なことですが、刑務所の高齢者の中に一般社会よりも多い割合で認知症の人がいるということは更に異常なことです。このような国は世界中探しても日本だけです。
当然、刑務所の中で死亡する高齢者も増加しています。

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1994年に刑事施設で死亡した70歳以上の人はわずか7人でしたが、2014年には120人になりました。この20年間に刑事施設内で死亡する高齢者が急増しているのです。
高齢者が実刑となりやすい理由の一つは、彼らの再犯率が高く、累犯者になってしまうからです。日本の刑罰は、初犯の人に対して特に厳しいというわけではありません。ただ、日本の刑罰は、応報的な行為責任主義が基本です。犯罪の背景には、生活困窮や孤立など、さまざまな事情が存在します。しかし、日本の刑罰は、そうしたさまざまな問題の中から、刑法上の犯罪に当たる行為を抜き出し、その責任を問うもの、つまり、個人が抱えるあらゆる問題をその人の規範の問題に還元して責任を取らせるものです。たとえば、私が知っているケースに、他人の敷地からビールの空き瓶を無断で拾ってきては、窃盗罪で何度も刑務所に入っている知的障害のある高齢者がいます。しかし、彼に刑罰を科しても、何も解決ません。再犯も防げません。どんなに反省しても、生活上の問題が解消しなければ立ち直ることはできません。現実には、多くの高齢受刑者が、実刑となることで社会とのつながりを失い、出所後、社会に戻っても居場所がなく、更に罪を重ねるという悪循環、負のスパイラルに陥っています。日本の刑事司法には、こうした悪循環を止めるための司法と福祉との連携が不足しているのです。
私は、こうした日本の刑事司法を「遠山の金さん司法」と呼んで批判しています。その理由は、さまざまな社会問題から発生した犯罪の責任を個人に負わせて、判決を言い渡して「これにて一件落着」と幕引きをしてしまうからです。人が罪を犯す原因から目をそらし、刑罰を科し、罪を犯した人を切り捨ててきたのが、これまでの日本の司法です。刑罰で人が立ち直ることはありません。
私が、皆さんに一番考えて頂きたいのは、受刑者は必ず社会に戻ってくるということです。刑罰を受けた後に、彼らが再犯することなく生きていくことのできる選択肢がなければ、犯罪は繰り返されます。社会に居場所を作れなかった高齢受刑者は、再犯を繰り返し刑務所の中で死んでいきます。再犯は、新たな犯罪被害を生むだけでなく、犯罪者を生み出すことで一人の市民を失うことを意味します。これは人権上も大きな問題ですが、経済的にも一人の受刑者を1年間収容するのに、人件費も含めると約300万円の税金がかかることを忘れないでください。
人は反省するだけでは更生できません。そして、罪を犯した人が更生するのは、刑務所の中ではなく地域社会の中なのです。イタリアでは、憲法によって刑罰の目的が更生と規定され、70歳を超えた高齢者は、原則、刑務所には収容されず、ソーシャルサービスが地域で更生を支援します。現在、日本でも政府が、各都道府県に地域生活定着支援センターを設置して、罪を犯した身寄りのない高齢者を地域の福祉につなぐなど、刑事司法の入口段階と刑務所からの出口段階で福祉につなぐ努力を始めました。しかし、刑事司法をどれだけ改革しても、地域社会が罪を犯した人たちを受け入れなければ更生も再犯防止もありえません。皆さんの多くは、犯罪者は自分たちとは異質な存在だと思っているかもしれません。しかし、受刑者の多くは、もともとは普通の市民だった人たちです。そして、彼らは、刑を終えれば社会に帰ってくるのです。刑罰を科して、反省させただけでは再犯は防げません。受刑者は毎日あなたの住む街に戻ってきているのです。反省は一人でもできるが、更生は一人ではできない。そのことを多くの方に考えていただきたいと思います。

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