龍角散の藤井隆太社長 創業者一族の藤井隆太社長は、病が発覚した先代社長の父に呼び戻されて、1994年、龍角散に入社した。翌95年から8代目社長に就いている。入社前は小林製薬、三菱化成工業(現三菱化学)に勤務していた。服薬補助ゼリーの開発者、福居篤子氏を執行役員に引き上げるなど数々の改革を主導。倒産寸前だった会社を立て直した。音楽の名門、桐朋学園大学出身という異色の経歴を持ち、プロの音楽家として活躍していたこともある。今もボランティアのフルート奏者としてステージに立つこともある藤井社長に、老舗を復活させたマネジメントの極意を聞いた。(前回「『龍角散』復活 左遷された女性開発者が原動力」参照)。
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■経営者は全体を把握するスコアを持っている
――企業経営はよくオーケストラに例えられます。オーナー企業の場合、小編成のアンサンブルと比較して独裁的だと批判されることもありますが、この点に関して、音楽家でもある藤井社長はどうお考えでしょうか。
「独裁で何が悪いのですか? 経営者は決断するためにいるんです。それがなかったら、いったい誰が結果責任を負うんですか?」
「オーケストラの団員と指揮者は同列ではない。なぜかといえば、情報量が圧倒的に違うから。オーケストラの団員は自分のパートの譜面しか持っていません。聞こえる音の範囲も自分の周りだけ。全体を最適化できるポジションにはないし、全体のことをああだ、こうだと言う権限はありません」
「指揮者は自分で演奏をしませんが、すべてのパートが書かれているスコア(総譜)を持っています。スコアを見ながら、どこで、誰が、どんな音を出しているかを把握している。聴衆を背負い、全体の音を均一に聞ける位置に立っているのは指揮者だけです」
「いい指揮者は独裁的ですよ。方針を決めるのはあくまで指揮者。みなさん、この曲をどう演奏したいですかとご用聞き的にやる指揮者はヘボです。みなさんの言うことを聞きました、はい、それをつなぎました、ではいい演奏にならない。そんなことをしたら、めちゃくちゃな演奏になって聴衆を満足させることはできません」
「なにも高圧的になれ、と言っているのではありません。意見は聞くし、必要なら説得もします。それと、決断するからには必ず現場にも行きます」
■新規の案件は報告を待たず、自分でプレゼン
――服薬補助ゼリーを発売する際、開発者の福居篤子氏と一緒に介護現場を訪問したと聞きました。
「現場に行くのは当たり前です。営業の現場も行くし、工場や展示会・学会にも行きます。気が短いですから、待っているのが嫌いなんです。行けばたいていわかります。ヒントもたくさんある」
「普通は社長が社員に『報告せい!』と指示しますね。当社の場合は私が自分で現場へ行ってその場で決める。戦略の組み立て方としても、それが一番早い。月に1度、幹部会議は開いていますが、新しい案件に関しては社員の報告を受けるのではなく、私がプレゼンしています。そういう意味では、おかしな会社です」
――社長が新規事業も提案するんですか?
「きっかけは社員からのこともありますが、新しいビジネスはほとんど私が提案しています。『龍角散ダイレクト』を発売するのも、『クララ』を廃止するのも、提携先との契約を解消して自社でのどあめを手がけることを決めたのも私です」
新商品の開発プランは自ら提案するという「龍角散に入社する前は三菱化成工業にいましたから、大企業との違いも理解しています。大きな会社なら、社長が全体を見るのは無理でしょうから、セクションごとの情報がタイムリーに上がってくる仕組みをつくる。当社は100人規模(2018年1月現在の社員数は103人)ですから、報告を待つより自分で行った方が早い。大手上場企業の経営者と話していると、1人あたりの生産性は当社の方が高かったということもよくあります」
「中小企業が大企業に勝るのはスピード。大企業が変わるのは大変ですが、こちらはパッと変えられる。世の中の変化に対して迅速に動けるから、高い生産性を維持できる。だから、あえて100人規模以上にはしていません」
■「音大出の社長に何ができるか」という空気を跳ね返した
――95年に社長に就任してから、2018年で24年目を迎えます。途中、改革に反対する古参役員の抵抗にもあったそうですが、最終的に売り上げを伸ばしたのは、服薬補助ゼリーの開発者で執行役員の福居氏をはじめ、藤井社長が登用した社員が奮起した結果なのでしょうか。
「そんなに甘いもんじゃありません。今はだいぶ社内も平和になりましたが、日々、怒鳴り合いの連続でした。誰もすんなり言うことを聞くわけがない。入社前にサラリーマン経験を積んだとはいえ、『音大出の社長に何ができるか』とバカにしていた古参の役員ばかりでしたから」
「その時にいろいろ考えたんです。当社は新薬を開発できるような実力はないし、かといって、食品メーカーさんのようなマーケティング力もない。ではどうするかといえば、医薬品メーカーとしてのステータスを保ったまま、生活者寄りの会社になる。それがいいポジショニングだと判断しました。福居が開発した服薬補助ゼリーは、そこにぴったりはまった。大手製薬会社はそこまで手を伸ばしません。一方で、大手食品メーカーさんのなかには、同じようなことを考えた人はいるかもしれませんが、安全性や信頼性という問題を考えると、なかなか発売には踏み切れない。あれは医薬品を作る技術とそれに対する信頼がないと出せない商品であり、医療と食品の狭間を突いた商品です」
「経営的なことをいえば、服薬補助ゼリーはそれほど利益が出るわけではない。それでも、私は構わないと思いました。介護現場でみなさんのお役に立っていますと言えれば、会社のステータスは上がる。少なくとも目の前で救われる命があるだろうと。それで十分だと判断しました」
「介護現場に行ったら、お年寄りがおかゆに薬をかけて食べているわけですよ。恥ずかしながらそんな現実を知らなかったし、驚きました。当時は経営者になりたてでしたけれど、医療の目的とは何かを深く考えさせられました。江戸時代、秋田の藩医が病に苦しむ主君を助けたいと思ってつくったのが龍角散のルーツですから。その精神は今も生きている。そう考えると、当社が取り組まなくてはならないのは患者さんのQOL(クオリティー・オブ・ライフ)の改善。最後までおいしく食べていただきたいなと。それと、医療経済にも貢献したい」
「みなさんよくCS(顧客満足)が大事だと言いますが、私はCSだけではないと思っています。医薬品メーカーがCSだけを追い求めると、食べても太らない薬がいいとか、危険ドラッグ的なものに向かってしまう。消費者が欲しいものつくるのが、当社の開発の目的ではないのです」
■過去の蓄積とブランドイメージを大事にした
――入社してすぐ、約40億円の売り上げに対して負債も同額あると発覚した。その時、会社をつぶすべきかどうか悩んだそうですが、再建すると決めた理由は何だったのでしょうか。
ブランドイメージを壊さないよう、「のど」への特化を決めた「三菱化成工業に勤める以前、小林製薬でのど関連製品のプロダクトマネジャーをしていましたから、龍角散という会社の弱さは知り尽くしていたつもりです。看板商品の龍角散に関しても、こんな飲みにくい粉薬をどうしてみなさん使っているのかなと思っていました。入社してから、ユーザーにグループインタビューするなどして、改めてみなさんがこの会社をどう思っているのか、残すとすればどこに可能性があるのかを調べました」
「龍角散のヘビーユーザーは『店になかったら何軒でも探しに行く』と言いました。こんな古くさい、時代から取り残されたような会社をどう思いますかと聞いたら、『何を言うか。古いということは歴史があって、過去の蓄積があるということじゃないか』と言われました。それを聞いて、龍角散はかけがえのないブランドイメージを持っていることを知りましたし、これを大切にしなきゃいかんと思った。このブランドイメージを壊さぬよう、余計なことをやらずにのどに特化しようと思い、ほかを切ったんです」
「私はもともと音楽家ですから。音楽家は自分のよさを出すことが必要なんです。10人のフルート奏者がいて、同じ演奏をしたら負ける。今もステージに立って吹くことがありますが、『どうしてそんなクリアで繊細な音が出せるのか』と言われます。それは、そういうふうに音づくりをしているから。経営でいえばそれがポジショニングであり、戦略です。おかげさまで龍角散は今、よく売れています」
■「神薬」ブームは事前に情報をつかみ、仕掛けた結果
――龍角散は「神薬」の一つとして中国人観光客にも人気ですが、これは会社として何か仕掛けた結果なのでしょうか。
「もちろんですよ。中国人に対するビザの発給要件が緩和されることが発表され、これはチャンスだと思った。当社は台湾・韓国に輸出してすでに50年以上になります。だから、中国人もある程度、龍角散のことは知っていたでしょう」
「沖縄や北海道で龍角散が異常に売れているのはすでに把握していましたから、よし、仕掛けてやろうと思い、2010年ごろから現地の旅行会社店に置くフリーペーパーに広告を打ち始めました。私は日本家庭薬協会の未来事業推進委員長でもあり、加盟各社にも呼びかけて、共同で取り組んだのです」
「観光客は来日する前から何を買うかを決め、家族や友人へのお土産も含めて買っていく。知らないものは誰だって買いません。だから、龍角散が中国人観光客の間で人気になったのは、マーケティングの結果です。ただし、当社には中国国内と直接取引できる体力はありません。日本や台湾、香港で買ってもらう。生産も国内です」
「工場に関しては、将来予想される人手不足に合わせて少ない人数でも回るよう、自動化を推し進めているところです。その点でセンスのいい人を採用する。製造業としてのレベルを上げるために、元自動車メーカーの役員を顧問に招き改革を進めています」
(ライター 曲沼美恵)
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