合意にも裏合意にも韓国政府が少女像を撤去・移転するという確約は無いと何度言えばわかるのか。
「安倍総理は2015年の日韓合意を超えることを、韓国政府に要求していない」と指摘されたので反論しておきます。
まあ、少ない字数で言いっぱなしのブコメよりもブログにまとめて書いてもらった方が回答はしやすくて歓迎です*1。
日韓両外相共同記者発表で、尹外交部長官は「韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し,韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する」と説明している。
http://www.anlyznews.com/2018/01/2015.html
ここまではその通りです。
公館の安寧・威厳の維持と言っていることから、ウィーン条約第22条2項に照らし合わせて適切に解決することを意図しているように読める。つまり、撤去に向けて努力する事になっている。
http://www.anlyznews.com/2018/01/2015.html
日本政府が「公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していること」というのがウィーン条約第22条2項を想起しているのもその通りでしょう。問題は、「ウィーン条約第22条2項に照らし合わせて適切に解決する」などとは合意していませんし、「ウィーン条約第22条2項に照らし合わせて適切に解決すること」が「撤去に向けて努力する事」とも限らないと言う点です。
1.「ウィーン条約第22条2項に照らし合わせて適切に解決する」とは合意していない
「公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していること」がウィーン条約を想起していたとしても、それはあくまで日本政府が懸念しているというだけの話であって、韓国政府がその懸念を共有するという合意ではありません。
(2)韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し,韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html
韓国政府は、日本政府が懸念していることを“認知”したにすぎません。合意の文言には“なぜ日本政府がそんなことを懸念するのは理解できないが、懸念しているということ自体は認知した”という含意もあります。
似たような外交的修辞の事例として日中共同声明を例示したんですけどね。
http://scopedog.hatenablog.com/entry/2018/01/19/070000三 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/nc_seimei.html
この声明で日本政府は「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であること」を理解したわけではなく、そう主張する中華人民共和国の「立場」を理解したわけです。同様に韓国政府は日韓合意で、少女像について「公館の安寧・威厳の維持の観点から」問題であると理解したわけではなく、そう懸念している日本政府の状況を認知したにすぎません。
こういった外交的修辞はサンフランシスコ平和条約や日華平和条約でも、例えば南沙諸島の取扱いという形で存在し、別に珍しいものじゃありません。今になってそれが理解できない振りをするのは誠実ではありませんね。
2.「ウィーン条約第22条2項に照らし合わせて適切に解決すること」が「撤去に向けて努力する事」とも限らない
何をもって適切な解決とみなすかについては、日韓政府間合意には明記されていません。
安倍政権の意図はそうであったろうというのはそうでしょうし、朴政権にしても出来れば撤去したいという意向があったのもそうでしょう。しかし、合意には裏合意も含めて明記されなかった。
明記されていない以上、それは合意事項じゃありません。それが外交の世界ですよね。
韓国政府が安倍政権に対して元慰安婦らへの手紙を求めた時に、日本社会は「手紙は合意に明記されてない」「手紙を要求するなら合意に含めるべきだった」と主張したじゃないですか。そして日本社会ではそれを追加要求呼ばわりしましたよね。
同様に合意に明記されてない少女像の撤去については、合意に明記されていないことを指摘されても意図は違うと言っても、“撤去を要求するなら合意に含めるべきだった”としかなりませんよ。それができないならダブスタです。
実際、合意後、韓国政府としては撤去を約束したものではないと国内で説明する一方、日本政府は慰安婦像の撤去に努力するように求めてきており、両者の見解に乖離があるように思われていたのだが、昨年の日韓合意の検証によって日本側の主張の方が合意に沿っていた事が確認された。韓国の新聞社の朝鮮日報の記事を引用しよう。
ソウルの日本大使館前に設置された少女像については、日本側が具体的な移転計画を求めたのに対し、韓国側は「適切に解決するよう努力する」と応じたという。その上で、「非公開部分で韓国側の少女像関連発言は公開部分の脈絡と違い、日本側の発言に対応する形になっている」とした。
韓国の外交部長官直属のタスクフォースによる日韓合意の検証報告書によって、日本側の主張に正当性があることが確認されたわけだ。関連団体との協議を行っていれば撤去できなくても合意を履行しているとは言えるかも知れないが、何もしていないと合意違反になる。日本側として努力を求める事は、追加措置の要求にはならない。
http://www.anlyznews.com/2018/01/2015.html
裏合意でも韓国政府は、“移転”するよう努力するとは言ってません。あくまでも「適切に解決するよう努力する」としか答えていません。韓国政府が移転についても合意したのならば、「“移転”するよう努力する」と答えるはずですね。
文脈的にも「日本側が具体的な移転計画を求めたのに対し、韓国側は「適切に解決するよう努力する」と応じた」という単純なものではなく、実態はこんな感じです。
一、応答形式の非公開部分で日本側は「今回の発表により慰安婦問題は最終的かつ不可逆的に解決され「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会(挺対協)」などの団体が不満を表明した場合でも、韓国政府としては同調せず、説得するよう望む。少女像をどのように移転するか、具体的な韓国政府の計画を聞きたい」と言及した。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2017122700836&g=pol
一、これに対し、韓国側は「韓国政府は日本政府が少女像について、憂慮している点を認知し、韓国政府としても可能な対応に関し、関連団体などとの協議を通じ、適切に解決されるよう努力する」と答えた。
日本政府による具体的な移転計画の求めに対し、韓国政府は「韓国政府は日本政府が少女像について、憂慮している点を認知し、韓国政府としても可能な対応に関し、関連団体などとの協議を通じ、適切に解決されるよう努力する」と答えています。文脈として「移転計画」が直接に「適切に解決」につながってはいませんね。
そして韓国政府の回答は、公開された日韓政府間合意ほぼそのままです。
(2)韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し,韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html
裏合意のやり取りは、日本側が「少女像をどのように移転するか、具体的な韓国政府の計画を聞きたい」と求めたのに対して、韓国側はその問いに直接答えず、「韓国政府は日本政府が少女像について、憂慮している点を認知し、韓国政府としても可能な対応に関し、関連団体などとの協議を通じ、適切に解決されるよう努力する」という公開される合意内容とほぼ同じ内容をそのまま繰り返した、というものに過ぎません。
何度も言いますけど、公開された合意、非公開の裏合意のいずれにおいても、韓国政府は少女像を移転するとも撤去するとも言っていないんですよ。
それなのに、韓国政府は「撤去に向けて努力する事になっている」などという虚偽が流布されているわけです。
まあ、個人的には、もし日本社会が元慰安婦への首相の手紙を求めた時に、“もちろん合意の範囲内である”と快く応じていたのなら、韓国側にも合意を好意的に解釈するよう求めることにも道理はあろうと思いますけども、実際は酷いものでしたから。
ア 慰安婦問題は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり,かかる観点から,日本政府は責任を痛感している。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001667.html
安倍内閣総理大臣は,日本国の内閣総理大臣として改めて,慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し,心からおわびと反省の気持ちを表明する。
と合意したくせに「手紙は合意の範囲外だ」と日本政府も日本社会も主張して拒絶したわけですからねぇ。
確かに「手紙」という文言は合意には入っていませんけど、「安倍内閣総理大臣は,日本国の内閣総理大臣として改めて,慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し,心からおわびと反省の気持ちを表明する」と言う部分に基づいて手紙を要求することのどこが合意の範囲外なのか、という思い。
「TFは日本が拠出した10億円と少女像移転問題を交換したという密約がなかったということを明確にした」
韓国の外交部長官直属のタスクフォースによる日韓合意の検証報告書によって、日本側の主張に正当性があることが確認されたわけだ。関連団体との協議を行っていれば撤去できなくても合意を履行しているとは言えるかも知れないが、何もしていないと合意違反になる。日本側として努力を求める事は、追加措置の要求にはならない。
http://www.anlyznews.com/2018/01/2015.html
合意の文言、裏合意での韓国政府の発言、共に、「撤去」のための協議をするなどという約束になっていません。正直言って、日本側がそこまで撤去・移転にこだわるのなら、合意の文言として明記すべきだったとしか言いようがありませんね。そう指摘すると“韓国政府に配慮して明記を避けてやった”的な反論をする人もいるんですが、それはすなわち“撤去・移転要求を取り下げた”ということですからねぇ。
さて、TFの検証報告によって「日本側の主張に正当性があることが確認された」とのことですが、こちらでは別の評価もあります。
「文在寅(ムン・ジェイン)政権には責任がある姿勢でこの問題に終止符を打とうという考えが本当にあるのか疑わしい。TFは高く評価しなかったが、2015年の日韓慰安婦合意には日本側の責任とおわび、反省を明確に込められている。四半世紀の間、両国は一度も合意しなかったため、日本政府、しかも歴史問題に強い執着を見せる安倍政権が事実上、国家としての責任を認めたのは『歴史的な事件』だった。TF報告書では朴槿恵(パク・クネ)政権の失政を強調したいという意志が強く感じられた。ただ、TFは日本が拠出した10億円と少女像移転問題を交換したという密約がなかったということを明確にした。この問題をめぐり朝日新聞など多くの日本・韓国メディアによる不正確な報道があった」
http://japanese.joins.com/article/519/237519.html
「TFは日本が拠出した10億円と少女像移転問題を交換したという密約がなかったということを明確にした」そうです。要するに、少女像を移転するという確約はなかったことがTF検証によって明らかになったということですね*2。
そして日韓合意で明記されていない少女像の移転・撤去の要求は、追加措置の要求に他なりません。