日本は個人の日常の買い物において、現金決済の比率が依然として高い国である。偽札が少なく紙幣の信頼性が非常に高いことや、治安が比較的良く、現金を強奪される確率がそう高くない(と思われている)こと、さらには高齢化により新しい技術の導入に慎重な人が多いことも影響しているように思われる。
最近、日本でも電子マネーなどの決済の比率を高めて、キャッシュレス化を進めるべきだという声が多く聞かれるようになった。大きな方向性としては筆者も日本で電子決済の利用が増えるような環境整備を促していくべきだと考えている。人口減少による人手不足が今後ますます深刻になるわが国では、店舗などで省力化を進める上で有力な手段となり得るからだ。
■子供への小遣いもキャッシュレス
キャッシュレス化は、単に小銭を使わないで済むといった利便性の次元にとどまらず、社会に様々な変化をもたらす。参考になるのが海外の「キャッシュレス先進国」だ。2017年12月初めにかけて訪れた北欧の状況を紹介しよう。
スウェーデンのストックホルムでは、現金を一切持たずに外出する人が多い。支払いはデビットカードやクレジットカード、またはスマートフォン(スマホ)のSwish(電話番号と銀行口座がひも付けされた送金システム)アプリで頻繁に行われる。ホットドッグの屋台、ソフトクリームの露店、市場の花屋などでの少額の支払いもカードかSwishでOKだ。
Swishは支払う際に相手の電話番号を入力するか、スマホで「QRコード」を読み取って送金する(日本のように装置にかざすだけで決済できる非接触型の国際規格NFCタイプはまだ少ない)。
親が子供に小遣いをあげるときも、スマホのSwishアプリで送金が行われていた。貧困層支援団体が発行する雑誌を街頭で販売して生計を立てていた男性も支払いにSwishが利用できるとアピールしていた。通行人の大半が現金を持ち歩いていないからである。
スウェーデンの中央銀行であるリクスバンクによると、10年は個人消費の4割近くが現金決済だったが、16年は15%へと低下した。16年の市中のATM台数(国際決済銀行資料)を見ると、100万人あたりで日本は1078台だが、スウェーデンは285台しかなく、しかもどんどん減っている。現金の市中流通高の経済規模(名目国内総生産=GDP)に対する比率は、17年末時点で日本は20.5%程度だが、スウェーデンは1.3%程度でしかない(東短リサーチ推計)。
デンマークのコペンハーゲンでも公園に来る小型三輪車のコーヒー売りでさえ電子マネーを当然のように受け付けていた。現金の扱いが減ると、商店や飲食店は、お釣りや売り上げの管理にかかかるコストを削減できる。またレジに現金があまり入っていない状況は安全でもある。
■現金の受け入れを拒む店が増加
最近のストックホルムでは(外国人観光客が多く来るエリアを除くと)現金の受け入れを拒む店が徐々に増えてきた。客から現金を受け取るとそれを銀行の支店に赴いて自分の口座に入金する必要があるが、そうした手間が煩わしいと考えるからだろう。
銀行のビジネスモデルの大きな転換がそういった動きに拍車をかけている。北欧の銀行は、人々のキャッシュレス化に合わせて、支店数を大胆に削減してきた。さらには、窓口で現金を取り扱う店舗を一部に限定するようになっている。
このため、現金を口座に入金するには遠く離れた銀行の旗艦店に行かなければならない。「不便だ」と不満をいう利用者の声も聞こえるが、現金を扱わない支店には強盗は来ないため、銀行にとっては警備費用を削減できるので利点が大きい。
なお、ストックホルム在住の日本人が苦笑しながらいっていたが、スウェーデンの銀行員は現金を数えることがもはや苦手になっているそうだ。トレーニングを受けていないため、扇状にして数えたりせず、素人っぽく一枚一枚テーブルに置きながらぎこちなくカウントするという。
■フィンテックの普及が銀行店舗を減らす
こうした事例が物語るのは、金融とIT(情報技術)が融合したフィンテックの普及は銀行の店舗数を大幅に減少させ得るということだ。米シティバンク系のCiti GPSが予測する25年時点の人口10万人あたり銀行店舗数は、米国はピーク(09年)から4割減の約22店舗、欧州連合(EU)はピーク(07年)から6割減の約15店舗だという。北欧は以前から店舗数を抑制してきたのだが、25年時点では10店舗弱になるもようだ。
日本でも大手行が自然減による長期の人員削減策を発表しているが、北欧はドラスティックだ。例えば、デンマーク最大手行のダンスク銀行は早くも16年10月に全従業員の4割にあたる8000人もの早期退職を募集した。
従業員にとっては厳しい時代ではある。しかし、そういった大胆なリストラにより、北欧の金融機関の収益率は高水準にある(失業者に対する再就職支援の社会保障が手厚い北欧では、企業はスピード感ある人員整理で競争力を高めている)。北欧の大手行の自己資本利益率(ROE)は直近で12~15%が多いのに対し、日本の大手行は6~8%程度にとどまる。
■高齢化の日本では「決済難民」の恐れ
とはいえ、電子決済になじめない人たちをどうするかという問題点はある。北欧でもITリテラシーが高くない(特に非都市部の)高齢者が電子決済に困ることがある。スウェーデンのリクスバンクは、民間側に需要がある限り現金の供給を止めるつもりはないといっている。
特に高齢化が世界で最も進んでいる日本では、支払い手段を消費者が選択できる余地を残しておかないと、「決済難民」が増える恐れがあるためバランスが必要といえる。
その一方で、リクスバンクはある一線を越えて人々が現金を使わなくなると、市中において現金を取り扱うインフラが急速に消え去る可能性がある、とも指摘している。実際、1990年代に同国ではそうした流れで小切手が市中で使えなくなった。そうした歴史的経緯も踏まえ、現在同国では法定デジタル通貨(eクローナ)を新たに開発すべきか否かが議論されている。
■個人情報保護への配慮も同時に必要
また、電子決済は何を日々購入しているのか第三者に追跡されるリスクを潜在的に有している。資金の移動に匿名性がなくなることは、脱税などの犯罪を抑える効果を持つ一方で、プライバシーの保護に敏感な人は薄気味悪さを感じてしまうだろう(かつての思想統制の記憶もあってドイツでもこの問題を気にする人は多い)。
スウェーデンの人に聞くと、彼らは驚くほど性善説で、プライバシーに関しては実にあっけらかんとしている。利便性が高まっていけば電子決済のニーズは日本でも今後徐々に高まるだろうが、個人情報の安全性をアピールしていく工夫が同時に必要であるように思われる。
1965年生まれ。88年横浜国立大学経済学部卒、同年4月東京短資入社。短期市場のブローカーとエコノミストを兼務後、2002年2月に東短リサーチ取締役、13年2月より現職。マーケットの現場の視点から日銀、FRB、ECB、中国人民銀行などの金融政策を分析する。著書に「日銀、『出口』なし!」(朝日新聞出版、14年)など。