あらきけいすけのメモ帳

あらきけいすけの雑記帳2

卵と壁?あるいは京大の音波の問題を解いてみた

今度は京大か?新聞の論調はまるで「卵と壁」(村上春樹)みたいだ。でも本当にそうか?

計算をしてみた結論として「言いがかりに近いのではないか?」という感想を持った。阪大の『解答』は露骨にヘマだったが、京大の問題は受験の問題として良問ではないかと思う。Twitterなどでの議論で最悪の点は、議論で使う語を「高校物理」の範囲に無理やり押し込めようとして、式で書いたら明快な部分を不明瞭にしてしまっていることだ。まずはきっちりと解いて、それから「高校の知識に落とし込めるか?」を考える方が良い(この点で件のSEG/河合塾の先生の議論はイマイチで大学の大先生たちを説得できないと思う)。

まずは大学の学部程度で学習する水準の知識で力任せに壁での入射波、反射波を解く

流体の基礎方程式である連続の式とオイラー方程式を念頭に置きながら解く。まず速度は回転成分を持たないから速度ポテンシャルϕ(x,y,t)を用いてu=ϕと書くことができる。このときオイラー方程式はtϕ=1ρ0pとなるので、速度ポテンシャル(のt偏導関数)と圧力が「逆向きのでこぼこを持つ関数」、つまり等高線を描くと同じ形になる関数とわかる。

ここで高校物理で「ドップラー効果」をお勉強するときに、「音源を出てから聞き取るまでに波が走る行路の長さ」を測る計算のお約束として、点音源から同心円状に広がる波面を考える。(L,0)の位置にあるずーーーっとなり続けている音源(source)から軸対称に放射される音波の速度ポテンシャルは

ϕs(x,y,t)=F((xL)2+y2)sin[2πf(t(xL)2+y2c)]

で与えらえる*1。ここで振幅Fは音源からの距離の関数であり、音源から遠いほど波面が広がっていくから、振幅Fは小さくなってゆくはずである(…が、ここではFの関数形を求めない)。

さて、壁での反射波(refrection)の速度ポテンシャルは(波面の形を描くと分かるのだが)ちょうど(L,0)に音源があるものとして出てくる波の関数形である

ϕr(x,y,t)=F((x+L)2+y2)sin[2πf(t(x+L)2+y2c)+ψ]

で与えられる(当然のことながら、音速と周波数は変わらない)。ここでψは反射で位相がずれるかもしれないので導入した定数で、「流体が壁を通り抜けて出入りしない」という条件から後で決める。速度のx成分は速度ポテンシャルのx方向の偏導関数なので

us(x,y,t)=ϕsx={F((xL)2+y2)sin[2πf(t(xL)2+y2c)][2πλF((xL)2+y2)]cos[2πf(t(xL)2+y2c)]}xL(xL)2+y2

ur(x,y,t)=ϕrx={F((x+L)2+y2)sin[2πf(t(x+L)2+y2c)+ψ][2πλF((x+L)2+y2)]cos[2πf(t(x+L)2+y2c)+ψ]}x+L(x+L)2+y2

であるから、x=0での速度のx成分は

us(0,y,t)={F(L2+y2)sin[2πf(tL2+y2c)][2πλF(L2+y2)]cos[2πf(tL2+y2c)]}LL2+y2=Gsin[2πf(tr0c)+α]Lr0

ur(0,y,t)=ϕrx={F(L2+y2)sin[2πf(tL2+y2c)+ψ][2πλF(L2+y2)]cos[2πf(tL2+y2c)+ψ]}L(x+L)2+y2=Gsin[2πf(tr0c)+ψ+α]Lr0

ここでr0=L2+y2, G=[F(r0)]2+[2πλF(r0)]2, Gcosα=F(r0)Gsinα=2πλF(r0) である。 

ここで 「流体は壁抜けをしない」すなわち速度の壁に垂直な成分uxはゼロになるur(0,y,t)+us(0,y,t)=0という条件を課すと*2

Qsin[2πf(tr0c)+ψ+α]Lr0Qsin[2πf(tr0c)+α]Lr0=0

よってψ=2nπ (nは整数)となる。これより反射波の速度ポテンシャルの関数形は

ϕr(x,y,t)=F((x+L)2+y2)sin[2πf(t(x+L)2+y2c)]

となる(どうせグラフを描いたら同じ形になるからψ=2nπは消した)。この「速度ポテンシャルは剛体壁での反射で位相が変わらない」という式は「密度、圧力の場の時間変動部分は剛体壁の反射で位相が変わらない」という式でもある(これや高校物理のジャーゴンでは「自由端反射」という)。

これに対して速度のx成分は入射波と反射波の符号が壁で逆転する。ここが問題文中の「音波の反射条件は固定端反射とみなす」という表現に相当する。ついでに言うと速度のy成分は壁では符号は変わらない。

次に波の干渉について考えよう

波の干渉で次の図を見たことがあるだろう:

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図版出典:波の干渉 ■わかりやすい高校物理の部屋■(2018年1月22日アクセス)

http://wakariyasui.sakura.ne.jp/p/wave/housoku/kannsyou.html

ここで同心円は「何」を表しているのだろうか?音波の問題の場合は「速度ポテンシャル」「圧力(∝密度)」の等高線を表している。京大入試の物理の問題の場合は、壁での反射なので、図は次のようになる(図は上図を改変したもの):

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壁があるので、壁での反射波との干渉になる。先の計算の結果を考えると、反射波のポテンシャル(や圧力)は丁度、壁の反対側に同位相の音源があるものと見なした波になっている。つまり「壁が無いと思って2個の音源の干渉を求める」問題と等価になる(図は上図を改変したもの):

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では車をy方向に動かして干渉の様子を見よう

時刻t=0に位置(L,0)にあった音源から出た音を、時刻t=Tに位置(L,UT)で聞くと、音の速度ポテンシャルの値は

ϕr(L,UT,T)=F((2L)2+(UT)2)sin[2πf(T(2L)2+(UT)2c)]

時刻t=Tに位置(L,UT)で車が出すの音の速度ポテンシャルの値は

ϕs(L,UT,T)=F(0)sin(2πfT)

これより2個の速度ポテンシャルが逆位相となる条件は2πf(2L)2+(UT)2c=(2n+1)πnは整数)となる。ここで大事な条件がもう一つあって、距離(2L)2+(UT)2は音が時間Tをかけて、えっちらおっちらやってきた距離なので(2L)2+(UT)2=cTでもある。だからT=2Lc2U2の条件がつく。逆位相の条件は2πfT=(2n+1)πでもあるから、T=2n+12fである。ゆえに2n+12f=2Lc2U2すなわちL=(n+12)c2U22fとなる。ちゃんと解ける。出題ミスはない(阪大みたいな採点ミスはあるかどうか分からない)。

固定端反射?

以上の計算では現象を記述する物理量として速度(とそのポテンシャル)と圧力と密度を用いた。音波は一つの物理量では記述できない自然現象である(ただし一つの物理量の方程式に落とし込んで解を求めるのは常套手段のひとつである)。速度の壁方向の成分は固定端反射(高校物理語)だが、圧力や速度ポテンシャルは自由端反射(高校物理語)である。しかも波が境界に対して斜めにぶつかっている。位相の条件を求めるには「(速度あるいは「変位」が)固定端反射」という表現は「ウソではないが正答を導くには厳しすぎる」気がする。

点音源と波の速度の向き

波の干渉を教えるときに、点状の振動源を2個ならべて、直進する波の行路差から位相がかみ合う場所を求めるのはお約束のメソッドである。このときに波の進む向きを気にしたことがあるだろうか?

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位相が揃うかπずれるかしか見ていない。そもそも音波の干渉で「変位」という向きを持った量(ベクトル場)で議論するのは筋が悪すぎで、スカラー量である圧力、密度、速度ポテンシャルを使う方が良い。でもこれを高校物理に落とし込むのは結構、きついかなあ。まあそんなことゆうと「固定端反射」も「天下り式」だしいwwwww

よしだひろゆき氏のPDFに「なお、直接波と反射波が運転手の位置で斜めに交差する場合は、高校物理の範囲では議論できない」と書いてあったのを見て、ボクは目が点になってしまった。この人、波の干渉で何を教えてるんだ?

*1:計算に用いる技法はなるべく高校数学に近い部分で済ませたいので、sinを使い、初期位相を固定した。

*2:この境界での条件を「変位」「圧力」で考えると、余計な考察が必要になって議論が面倒になる。速度を使い「壁抜けしない」が一番、計算も論理もすっきりする。