東京大学法学部を首席で卒業して、財務省の官僚を経て弁護士になり、ハーバード大学のロースクールを修了した山口真由さん。米ニューヨーク(NY)州の弁護士資格を持つなど、日米の難関試験をそれぞれ一発でクリアしてきた。現在は東大大学院の博士課程で家族法を学んでいる。山口さんに対して完全無欠な才女をイメージする人もいるだろう。しかし、「テストではケアレスミスばかりのおっちょこちょいな性格。パニック寸前になったり、体調を崩したりしたこともよくある」という。どうやって難関試験を突破してきたのか。
■米国の試験会場で迷子に
「あれ、試験会場がどこだか分からない」。2016年春、マサチューセッツ州に滞在していた山口さんはパニックに陥りかけた。ニューヨーク州の弁護士資格に必要な倫理試験を受けるため、試験会場の大学のキャンパスに向かう途中で迷子になった。会場は複数のキャンパスに分かれており、指定された会場が分からない。
調べようにもスマートフォン(スマホ)は持っていなかった。試験会場への持ち込みが禁止され、保管場所も用意されていなかったからだ。ネット検索はできないし、「ウーバー」の配車サービスも使えない。偶然通りかかったランナーに必死で場所を尋ねたら、親切にスマホで調べてくれた。5分で到着することができ、試験を受けられた。
この倫理試験は切り抜けたが、本番の試験でも問題が起こった。会場はニューヨークから遠く離れた州都オールバニにあり、初めて訪れる地方の街。日ごろバスケットの試合に使う体育館に、1000人前後の受験者が詰め込まれ、入場には行列ができるほど。英語による試験は論文のほかに、マークシートの択一式問題もあり、長時間のハードなスケジュール。休憩時間にトイレに立つと、人混みで自分の席が分からず、ここでも迷子になりそうになった。
試験が始まると、多くの受験者が一斉にパソコンに打ち込むため、音がうるさくて問題に集中できない。この試験はロースクールの修了者に限られており、合格率は約70%と比較的高い。ただ、外国籍の受験者は30~40%だという。山口さんはなんとか合格にこぎつけたが、反省しきりだった。
海外での試験だったせいもあるが、子供の頃から培ってきた受験の際のルーティン(決まり事)を怠っていたからだ。
■試験会場の下見は不可欠
「私は天才ではない」。司法試験の際は1日19時間も猛勉強するなど「ガリ勉」と公言してはばからない山口さん。しかし、どんなに努力しても試験本番の対応次第ですべてが無になる。受験に勝つためのルーティン、その一つは会場の下見だという。
山口さんは「試験会場の場所、雰囲気、室内の温度、弁当をどこで食べるか、そして何よりもトイレの位置を確認するのは必要不可欠だ」という。この点、地元以外の出身者は不利だが、最低一度は試験会場を事前にチェックしないといけないという。
東大受験に開成高校や筑波大学付属駒場高校、桜蔭高校など都内の進学校が強い理由の一つには、「東大は近所の学校。たくさんの同級生が一緒に受験するので緊張しなくてすんだ」(筑駒OB)ということもある。
山口さんは、肝心の大学受験でもあと一歩で大失敗するところだった。札幌市内の中学から東大合格を目標に都内に移り住み、名門の筑波大学付属高校に通い、高校3年生の1月に大学入試センター試験に臨んだ。
■マークシート、答えがズレて危機一髪
数学の試験終了まで残り5分。「よく見返すと、1問ずつズレて解答をしていたんです。ウソでしょうと目の前が真っ暗になった」。しかし、5分あれば、解答を書き直せると自分に言い聞かせた。この際は鉛筆や消しゴムなど事前の準備が少し奏功した。「マークシートの試験ですから、鉛筆の先はとがらせず、塗りやすいものでなくてはいけません。シャープペンシルはダメです。消しゴムもうまく消えるものを選ばないといけない」。こちらもギリギリで解答を直し、東大に現役合格した。
医師である父親がマークシートの試験を受ける機会があり、とがった鉛筆をそろえているのを見たときに、「先の丸い鉛筆の方がうまく書きやすいよ」とアドバイスしたこともある。
実は、山口さんは東大時代に受験した司法試験でも重大なミスを起こしかけた。「問題を読み飛ばして、全く見当違いの解答をしていました。あわてて試験官に新しい用紙をくださいと要求し、猛スピードで書き直して、合格しました」と話す。基本的な文章を書き間違うこともしばしばある。自分で「知る」と書いたと思ったのに、読み返すと「死ぬ」と書いてあったこともある。
■自分を信じてはいけない
おっちょこちょいの山口さんはなぜ数々の「危機」を乗り越え、合格を勝ち取れたのか。「私は昔からケアレスミスが多い。解答を一通り書き終わった後、必ずこう思うことにしています。『絶対にミスしている。自分を信じてはいけない』。試験終了前に『もう大丈夫だ』と解答用紙を提出して、会場を出る人もいますが、私は最後の最後まで入念にチェックし、見直しします」と山口さんは話す。
緊張のあまり、テスト中に体調を崩すこともよくあった。「おなかが痛くなるので、いつも痛み止めなどの薬を持っていた。あるだけで安心感が生まれるからです」という。ただ、試験の度に腹痛ではネガティブ思考になりやすい。そこで発想を切り替えて、その悩みも克服した。
「ある試験で、腹痛を起こしたときに予想外に試験の成績が良かった。それを機に『おなかが痛いときの試験の方が点数がいい』と思い込むことにした」という。山口さんの得意技は脳に思い込みをさせ、ポジティブな思考に変換することだ。
尊敬する父親からも大切な助言をもらった。「テストのときは、からだが最悪の状況でも、自分の実力の最低80%はとれるように日ごろから心がけた」。学生時代は父親もテストの度に緊張で発熱していたが、常に自分をそう鼓舞していたという。そしてこう励ましてくれた。「どんなに体調を崩しても、受かる人は受かるから大丈夫」
■インフルでも受かる人は受かる
東大工学部の男子学生も、「実は家族からインフエルエンザをうつされて、東大の2次試験の2日目に発熱しました。最終試験なので他の受験生に迷惑をかけないと考え、受験しました。試験中は40度近い熱が出てもうろうとし、休憩時間に嘔吐(おうと)しましたが、『受かる人は受かる』と自分に言い聞かせ、奇跡的に合格できました」と明かす。受験失敗の理由を体調不良だったからという人もいるが、最終的に勝つ人とそうではない人の違いはマインド設定にもあるようだ。
山口さんは「試験の前には、絶対に起こってはいけない最悪の事態を想定して、イメージトレーニングするとともに、十分な備えが必要」という。答案用紙に最初に名前を書き込む、受験番号をきちんと確認するなど、チェックリストを作成して、試験の2~3日前に一つ一つ潰すといいという。鉛筆や消しゴムなど持ち物にも気を配り、会場も必ず下見をして、最悪の事態に備えておく。
社会に出れば、毎日が試験のようなものだ。ビジネスの世界でケアレスミスや言い訳は許されない。大事な商談や契約の場で体調不良で遅刻しましたといったら、信用を著しく損なうだろう。寒風が吹く冬の受験は過酷だが、自らを磨く修練の場でもある。
(代慶達也)
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