◆青葉のキセキ−次代を歩む人たちへ−(5)第1部 立ち直り 大二 支援の道へ(中)
17歳だった2008年11月。暴走行為で逮捕された仲座大二(だいじ)(26)は、宜野湾署の留置場にいた。これまで何度も補導もされてきたが、逮捕は初めてのこと。2週間、薄暗い個室に寝そべり、出た後のことばかりを考えていた。
1カ月間入れられた少年鑑別所。職員と家族について話したり、部屋で本を読んだりと退屈な毎日だった。反省の気持ちなど、芽生えもしなかった。
免許が取り消されても、暴走したい気持ちは変わらない。出所してすぐバイクにまたがる。暴走の末、無免許運転で現行犯逮捕され、2度目の少年鑑別所に送られた。
09年4月に開かれた家庭裁判所の審判。裁判官から、少年院送致を言い渡された。予想通りの決定に驚きはない。その隣で、母が泣きながらひざまずいた。
「守ってあげられなくてごめんね」
悪さをするたび、学校の先生や警察官にひたすら頭を下げてきた母が、くしゃくしゃの顔で自分に謝った。
迷惑を掛けたのは俺なのに、何で−。親の前で泣くことなどなかったのに、涙があふれ出た。止まらなかった。「もう十分やった。終わりにしよう」。非行に踏ん切りをつけた瞬間だった。
更生を決意し、半年間の少年院生活は模範生として過ごした。100人を超える院生の中から、最優秀賞に選ばれた意見発表会の題目は「私の両親」。変わるきっかけとなった母の一言に触れ、「自慢の息子と思えるように頑張る」と率直な思いを語った。
院を出てから、悪さをしていた友人や先輩の誘いは極力遠ざけ、通信制高校の課題と仕事に身を入れた。卒業間際、校内にあった資格の紹介本の中で目に留まったのは税理士。「将来に生かせる。真剣にやればできるはず」。資格受験を見据え、推薦で沖縄大学に進学した。
新入生のオリエンテーションで、知らない顔の中に見覚えのある男がいた。同じように、バイクを乗り回していた1歳下の與古田亮希(24)だ。「あいつも立ち直ろうとしている」。2人はすぐに打ち解けた。
時間に余裕が出てきた大学2年の秋。「非行少年の立ち直りを支援したい」との思いが募る。「不良の気持ちを理解できるのは、不良だった自分たちだ」と確信していた。
「地元、北谷に恩返しだ!」と背中にプリントされたTシャツを作り、まずは與古田に手渡した。「あしたからボランティアやる。お前も来いよ」=敬称略(社会部・新垣卓也)
<大二 支援の道へ(下)に続く>